委員会編8

 我らが穎稜学院は中高一貫校であるが、高校から全寮制である。その結果、寮に帰ってもやることが無いのだろう。大抵の学生は部活動に所属して忙しない放課後を過ごしているか、いつもつるむメンバーと一緒に、青春という時間に追い立てられるように街に繰り出すかだ。


 例えば剣道部に所属している樹人は早速、胴着を持って体育館に併設されている道場へ向かうべく準備をしている。


 と同僚の行動を観察していると剣道部のクラスメイトに急かされている樹人と視線が合った。


「おい、遅刻確定だぞ! あの鬼顧問に怒られたら樹人のせいだからな?」


「そのときはその時だよ……あ、怒られると思ったら急に腹痛が……」


「お前なぁ!」


 そんな放課後の些細なやり取りすら、このクラスで起きている影を知っている俺には能天気な人々に見える。


「僕はトイレに寄るから先に行っててよ」


「はいよ。仮病で苦しんでるって伝えとくぜ」


「せめて精神的ストレスとかにしといて⁉」


 余程顧問が怖かったのか、樹人の都合を察したのかは知らないが、そんなやり取りを契機に樹人の部活仲間たちは足早に教室から出て行った。


 一方で教室に残った樹人は日直の仕事で忙しなく動き回っている琴乃を一瞥してから、自分の席でぼんやりとペンを回している俺の方に寄ってくる。


「樹人、トイレはあっちだ」


「分かってるって。人を躾のなってないペットみたいに扱わないでくれるかい?」


「以前飼い主に文句を言ったらはぐらかされたからな」


 俺の言葉に何を言っているのか分からないというように、アメリカンなジェスチャーを交えて首を横に振ると、それより、と声を潜めて訊いてきた。


「何かあったの? 琴乃ちゃんピリピリしてない?」


「ああ。ちょっとな」


 当の琴乃は表面上は笑顔を絶やさずいつも通りに過ごしつつも、何やら話しかけてきた女子生徒数名と雑談しつつ、話を切るタイミングを伺っているようだった。


「僕にも教えてくれたっていいじゃないか。仲間だろ? 一応リーダーでもあるし」


 そう言えば前回の事件の後、コイツが第三課のリーダーになったんだったな。

俺は仲間という単語に、何事も無かったかのように即帰路についた後ろの空席の銀髪少女を思い浮かべながら、話すべきかどうか躊躇う。


 この手の案件は対応の素早さと如何に内々に処理するかが重要だ。


 まだ短い付き合いではあるが、恐らく内容を話せば樹人は迷わず協力してくれるだろう。……部活を放り出してでも。


 その結果、部活の面々に何かを察せられる可能性は高い。


 俺は得られる協力と情報流出の懸念を秤にかけて、樹人にはこの件の詳細を伝えないことに決めた。


「個人的な案件だから守秘義務で詳細は話せない」


「それは残念。なら、なにか欲しい情報はある?」


 この辺りの適度にドライな対応に好感を持ちつつも俺は逡巡する。


「なら、昨日の放課後なんだが、何時頃まで校内に残っていた?」


「確か17:30だね。部活が終って戻ってきた時に疲れたーって言って時計見たから間違いないよ。ちなみに一緒に帰った子もいるから裏は取れるけど?」


「お前は容疑者じゃないから大丈夫だ。ちなみに、その時に教室に誰がいたか分かるか?」


「教室いいた訳じゃないけど、荷物的にまだいたのは須藤君と厚木さんかな」


「……誰だ?」


 一瞬間を置いたのはどこかで聞き覚えがあったからだが、思い出せないので素直に尋ねることにした。


 俺の問いに「そろそろ一月経つよ?」とぼやきながらも樹人が説明してくれる。


「須藤君は今日の日直の人。厚木さんは今、琴乃ちゃんと話してるグループの中心の子」


 ああ、机の掃除を手伝ってくれたヤツと図書室のPCを壊したヤツか。


 俺は気になった点が腑に落ち、樹人に貰った情報を解釈する。


 樹人の座席は俺の右となりで被害者の橋本の席は俺の前。いくら疲れていたとはいえ、机にあれだけのことが書いてあれば気付くだろう。そして、樹人の性格的にこの件に関して知っていれば匂わせるような文言を並べるはず。


 つまり、犯行時刻は17:30以降、最終下校時間である18:00までの30分だ。そして容疑者のラインに須藤と厚木という二人の生徒が上がった。


 ここまで絞れたのは想像以上に大きな成果だ。


「ありがとう樹人、参考になった」


「それはなにより。それじゃあ僕はそろそろ行くよ。うちの顧問は遅刻に厳しいんだよ」


「お大事にな」


 俺の投げやりな応報に苦笑いを浮かべた樹人は足早に部活へ向かった。金の後ろ髪を見送っていたら教室を出た辺りで廊下から女子生徒の悲鳴が聞こえた気がしたが大丈夫だろうか……。


 俺は手短に盗難防止を兼ねて荷物をまとめると、荷物はそのままに教室を出る。廊下の端にある階段に差し掛かったあたりで、タッタっと小走りで近寄る足音が止まり、背後から声を掛けられた。


「シノッチ、どこ行くの?」


 下校のピークが去り、人のいない寂しげな階段ではそのどこか嬉しそうな声音がよく響く。それにしても、その呼び方もどうにかして欲しいものだ。


「ちょっと保健室にな」


「どうしたの? 頭が悪いの?」


「まあそんなところだ。琴乃は?」


「適当だなぁ。アタシは……そう、日誌の提出! 仕方ないから私も保健室まで付き添ってあげるよ」


 適当さに関してはお前も大概だがな。


 一応保健室は職員室横に併設されているので主張は通っている。


 何を思ったか鼻歌を歌う姿にため息を憑きつつも、話しもほどほどに、適度な距離を取りながら保健室へ向かった。

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