委員会編6

 同日の昼休み、俺は図書室の貸し出しカウンターに深く腰掛けていた。


 食堂で手早く昼食を済ませて、この図書室のある特別棟二階へ来たのだ。


 昼飯を誰と食べたか?


 そんなの一人で何が悪い。そもそも友人とは個々が弱い人間が強者に立ち向かうすべとして相利的利益を得るための方便であり……。


 いや、本当に原因を追究するなら、本来俺と交代で図書当番をするはずだったあの少女だろう。


 あの後、橋本は授業には出なかった。


 体調不良で早退したと言っていた月野先生の鋭い眼光が「知っていることがあれば教えろ」と語っていたが、向こうから接触してくるまではこちらも報告するつもりはない。


 月野先生なら多少の職権乱用をしてでも犯人を特定し、停学処分なりそれなりの処置はしてくれるだろうが、別の言い方をすれば学校側の介入は決定打になってしまう。どれだけ秘密裏に処理しようとも噂は立つ。処分を受けた学生も、被害者すらも今後の学生生活でそのこびり付いたレッテルの中で生活しなければならないのだ。


 逆に言えば、学校側の介入なしに、つまり学生のみで事を処理すれば、喧嘩で終わらせることができれば……。まあ、そんなことができればイジメなど社会問題にならないか。


 幸い、今朝の件を知っているのは被害者、加害者を除いて、俺、琴乃、それと琴乃と一緒に日直だった須藤という男子生徒だけだ。彼は出入口で橋本とぶつかった後、橋本の机を拭く手伝いをしてくれた。彼が「こういうのはアルコールの方が良く落ちる」といって手際よく掃除の準備をしてくれたで、噂が広まる前に片付け終えることができ、俺は今朝の図書当番に遅れずに済んだのだ。


 それにしても、大して忙しくもないというのが謳い文句の図書委員も、一人で業務するとさすがにオーバーワークだ。図書委員の業務は本の整理と本の貸し借りの手続き、昼休みの終わり頃には机の片づけなど。ただ、特に本の貸し借り手続きは、本のバーコード以外にも学生証をスキャンする必要があり、この仕事が労働時間の大半を占めた。


 司書の先生が昼食のために外しているので、一人列の処理に追われるコンビニ店員の気分を味わいながらも思考を回す。


 これまで大して橋本と話したことはなかったが、昨日も言った通り橋本は交友関係が広いという訳ではなさそうだ。それを踏まえればやはり昨日絡んできた将棋部の部長による逆恨みが最も可能性として高いだろう。さすがに高2にもなって幼稚過ぎると思わないでもないが……。


「貸与でお願いします」


 この時間なら返却ばかりだから珍しいな。


 俺は思考を戻し、専用PCを操作してふと顔を上げる。そこにいたのは、ちょうど先ほどまで容疑者筆頭だった男子生徒、将棋部の部長だった。


 向こうも少し目を見開いた後、気まずそうに目を逸らしたのは、俺のことに気付いたからだろう。後ろに数人の列があることも踏まえてか特に話しかけてはこないし、こちらも話しかけようとは思わない。


 学生証をスキャンするとPCに5年C組、九重裕也という名前が表示された。どうやらそれがこの将棋部部長の名前らしい。


 ちなみに穎稜学院は中高一貫のため、高校一年を4年と表記する習わしだ。


 続いて貸し出し上限数である五冊の本をバーコードに通す。羽根の頭脳やら四間飛車を極めつくす本など将棋関連の本が四冊、そして最後の一冊は『部下に謝る方法』というビジネス新書だった。


 橋本の入部に関して部内で揉め事にでもなったのだろうか?


 それから特に会話も無く去り行く九重先輩を見送り、ちょうど列の最後の一人で事件は起きた。


 それはクラスの女子生徒だった……はずだ。


 やや茶がかった髪に薄い化粧は背伸びした印象を受けた。


 その人物は挙動不審に近づいてくると、事前に取り出していたカードと本をだして小さく「貸し出しで」と呟いた。


そして俺が学生証をスキャンした瞬間、PCが完全にフリーズした。


「お?」


 カタカタとキーボードを叩いても全く音沙汰がない。


 叩いても反応しない、ただの屍のようだ……などと言っている場合ではなかった。


 出来れば強制再起動したいところだが、貸し出し履歴が蒸発しても困る。


 司書の先生がそろそろ昼休憩から帰ってくる時間だが、訊いてどうにかなるものだろうか。どうにも文句の多い人で、今日も昼飯へ行く前に「本を自分で返すとか、下らない規約多すぎるよね」とぼやいていた。


 いや、何はともあれ、貸し出し履歴が消えた時の責任転嫁のためにもいてもらった方が……。


 俺がそんな埋められそうなゴミ人間の思考をしていると、まるで神の使いのごときタイミングで入口から今もっとも必要な人材が歩いてきた。


「琴乃先生、PCがフリーズしました」

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