委員会編3
「あの態度見ていたら普通分かるだろ。明確に根拠を挙げるなら、あの先輩と橋本さんが初対面にもかかわらず、向こうが一方的に橋本さんを知っていたこどだ。初対面で一方的に知っているということは誰かから情報を得たということになる」
俺がそこまで言った時、偶然視界の端の男子生徒が視線を逸らした様子が映り込んだ。というか、他の面々はこちらを見過ぎである。
俺の思考が脱線していたせいで口が止まったのを不満に思ったのか、琴乃が口をとがらせて追及してくる。
「で、誰かから聞いてことが、どうして将棋を辞めたことにつながるの?」
「……誰かから聞いたということは、橋本さんが将棋部に行っていないということ、そしてそれなりの実力者であることを意味する。大して強くもなければ話題にすら上がらないし、わざわざ勧誘に来ないからな」
本人の前で話すのもどうかと思うのだが、当人も両手の人差し指を回しながら聞き耳を立てているからまあ良いだろう。
「実力があるのに将棋部に行っていないということは、例えば自分と勝負になる相手がいないなど部活に入るメリットが見当たらないというようなことか、他に入りたい部活があるように関心が無いこと、そもそも将棋部に入ることにデメリットがあるくらいが候補にあがるが……」
こんな面倒なことを考えなくても分かりそうなものだがな。恐らく直感と論理が結びつかないとかそんな所だろう。数学で適当に数字を書いたら当たってたとかそんな落ち着かない心境なのかもしれない。
「部活に入るメリットが見当たらない、というだけならここまで勧誘されれば見学にくらいは行くだろう。だが、それに乗り気ではない様子からその可能性は除外される」
「確かに。見に行けば何か見つかるかもしれないもんね」
「……はい。せめて見学に行ってからお断りした方が良かったのかも」
「入る気が無いなら最初から行かない方が互いのためだ。強引に入部させられる危険もなくなるし、相手も余計な期待をせずにすむ」
申し訳なさそうに呟く橋本に俺は持論をぶつけた。
橋本がこくりと頷いたのを確認して、話を続ける。
「それで、次に他の部活に入りたい場合だが……頻繁に図書室に出入りしているようだし、交友関係があまりできていないように思った。このことから……」
「ストーップ! なんでそんなこと知ってるの? ストーカー⁉」
「す、す、ストー……」
「違う」
「でも、当たってます……」
怯えるようにやや椅子を引く橋本と汚物を見るように睨んでくる琴乃。ついでに背後から漏れ来る冷気を回避するためにも、俺は橋本の机の上に載っているものを眺めて図書委員としての知識を活用し弁明する。
「借りている本だ。その本は新刊で図書室に入荷されたばかりで、しかも新刊の7巻。うちの図書室では一般的な本の返却期限は二週間だが、新刊は二日。比較的人気作だからそこそこ通いつめないと借りられない」
「あ、これアタシ全巻持ってるよ! 新しいの出てたんだ……」
なんかこのまま話題が変わっていいんじゃないかと思ったが、琴乃がそれを許さなかった。
「それで、図書館に出入りが多くて友達が少ない雪ちゃんの何が悪いの?」
琴乃の容赦ないもの言いに橋本が涙目になっているが、話しが進まないので無視する。
「部活に入るメリットは先もあの名前の無い先輩が言っていたように人脈作りだ。よってクラス内にグループができ始めている今に交友関係が広がっていないなら他の部に入っている可能性も下がる」
「別に名前が無いんじゃなくてシノッチが知らないだけだけどね」
ご丁寧なツッコミどうも。だが、ここでツッコむ余裕がある辺り琴野も話の本筋が理解できたのだろう。
「それにしても、そうか。これで残る可能性は将棋部に入るデメリット、つまり、将棋部に入りたくない何かがあったって考えたんだね?」
「ああ。ここで最初に戻るが、橋本は将棋の腕が立つらしい。にもかかわらず将棋部に入りたくない理由、いうなれば将棋を避けたいと思う理由があるはず。例のプロに行くための道場は鬼門だっていうのは有名な話だからな。自分の意思か、周囲に何か言われたのかまでは知らないし、知る必要もないが、大方退会でもしたのだろうと考えた。以上、俺が橋本が将棋を辞めたと考えた根拠だ」
「なるほどね」
「納得です」
これで終わり、というように残りを一気に言い切り、二人の理解が得られたと同時、午後の授業開始を告げる鐘が鳴って数学科の教師が入ってきた。
実にタイミングが良いことだ。
「それじゃあ雪ちゃん、アタシもすぐ読むから、今度感想話そうね!」
琴野が楽しそうにそう告げて自分の席へ小走りで駆けていく。
嬉しそうに頬を染める橋本の姿を微笑ましく眺めながら、俺はどこか背筋を撫でられるような悪寒を感じていた。
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