委員会編2

 どこからともなく颯爽と現れて助けに入ったのは……背まである紺色の髪と瞳に、若干制服を着崩した少女、琴乃春音だった。


「雪ちゃん嫌がってるでしょ?」


「君は?」


「琴乃春音。雪ちゃんの友達よ」


 ない胸を張って語るその姿は、窮地の姫を助ける王子の絵だ。


 実際に一部の女子生徒が憧れを含んだ目で眺めている。


 構図的には完全に悪役になっているが、そのことに気付いていないのか先輩との口論はなおも続いた。


「君には関係ないだろ?」


「関係あるに決まってるでしょ? 友達なんだから!」


「俺は彼女の為を思って言っているんだ」


「本人が嫌がってるでしょ!」


「嫌ならもっとはっきりと言うだろう? 彼女は迷っているんだ、だから俺が先輩らしくより良い道へ誘っているんだ!」


「え、先輩?」


 気付いてなかったのか。まあ確かに、アニメの世界よろしくネクタイの色とかじゃ学年は分からないからな。


 一瞬戸惑ったように口ごもる琴乃。だが、年上は敬うものというくだらない価値観を無視してしっかりと反論を始める姿は好感を持てる。


「別に先輩だって関係ないでしょ! 何が良いかは自分で決めればいいじゃん」


「本人が迷っているから、先輩としてより良い道を示してあげているんだ!」


 どうやら自分が絶対に正しいと思い込むタイプらしい。橋本も厄介なのに目を付けられたものだ。


 俺が同情の目を向けていると、ちらっとこちらを向いた琴乃と目が合った。


 ……マズい。


 慌てて目を逸らしたが既に手遅れ。互いに相手の主張を聞かないので膠着した状態になっている。


 この場合求められるのは第三者の意見……という論理的な思考をしているかどうかは知らないが、機会があれば味方を増やすというのは自然な発想だろう。


「シノッチはどう思う?」


 琴乃の問いに、どうにか今朝のLHRに巻き戻って席替えとかできないだろうかと現実逃避を始める思考を抑え込み、周囲の奇異と緊張の視線を無視して、慎重に理屈と言葉を選び出した。


「先輩は部活に入るメリットは何だと思いますか?」


 もうこれ以上部外者が増えようと気にならないのか、やや興奮気味に俺の質問に食いついた。


「部活に入れば楽しいし、友達もできるし、縦のつながりもできる。将棋の勉強もできるし大会にも出られる、つまり青春できるんだ!」


 案の定、主観と偏見に歪んだ発想だ。


 これを客観性というフィルターに掛けるとこうなる。


「楽しいは主観、将棋の勉強は今時ネットでもできそうなので保留で。青春は……まあ放課後に買い食いするのも、川沿いを走るのも青春でしょう。ただ、人脈ができるのは他では得難いメリットですよね」


 実際に川沿いを走る高校生を見たことはないが。


 基本は否定していたのに、最後の肯定的な意見を聞いて琴乃が慌てる。


「ちょっとシノッチ、どっちの味方なの⁉」


「まあいいから最後まで聞け」


 文句ありげに頬を膨らます琴乃にフグを連想しながら、俺は先ほどから当事者にもかかわらずいつのまにか空気に溶け込んでいた橋本に問いかけた。


「部活に入るメリットは人脈ができることだ。入らないメリットは時間の束縛を受けないこと、そして……将棋に関わらなくて良いこと」


 俺の最後の言葉に、橋本の瞳が揺らいだ。


 だが、彼女より先に色眼鏡を掛けたメガネ先輩が口を開く。


「将棋に関わらないことがメリット? 何を言っているんだ。彼女は将棋のプロを目指す選ばれた人しか行けない道場に……」


「今も所属しているのか?」


「当たり前だろう? そんなすごい所、簡単にやめる訳が……」


「お前に訊いてない」


 二度も言葉を遮られ腹が立ったのか、お前呼ばわりされたことが気に障ったのかは知らないが、先輩は閉口してこちらを睨みつけてくる。


 ……だから関わりたくなかったのに。


 やがて、俯いた橋本がポツポツと口を開いた。


「……辞めました。高校に入るのと同時に」


「えっ⁉ どうしてそんな勿体ないことを」


「私には才能が無かったんです」


 縁の薄い相手の重い話を聞くほど億劫なことはない。


 俺はこれ以上非生産的な問答が広げられる前に、話をまとめることにした。


「橋本さん、改めて聞くが、入るメリットと入らないメリット、どちらが大きい? どちらを選ぶ?」


 その時、初めてこちらに向けられた瞳には、決意とわずかな笑みが浮かべられている気がした。


「私はもう将棋とは関わりません。だから、部活にも入りません!」


 それまでと一転してハッキリと宣言した橋本に先輩も肩を落として追及を諦め、そうして何も言い残すことなく、スゴスゴと教室を出て行った。


「その……お二人とも、ありがとうございました」


「どもども。アタシは大したことしてないけどね」


 琴乃は照れるように手を振っているが、あの場面で乱入できるメンタリティの持ち主は早々いないだろう。


 しかしながら、なぜか先ほどからどう考えても興味を向けられる対象であるはずの琴乃ではなく、俺に向けられた視線の数々が気になった。


 程なくして琴乃の口からその理由が語られる。


「ところでシノッチ、なんで雪ちゃんが将棋辞めたって分かったの?」


「その……私も気になりました」



 あまりこの場で探偵ごっこはしたくないんだがな。何しろ得るものがない。


 俺は金取るぞという言葉の代わりにため息を憑きながら手短に脳内で説明する順番を整理した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る