委員編 ~図書館の語り事~
委員会編1
前の誘拐事件から二週間、桜も若緑色に変容し、気候の差も激しい。春の変化を肌身で感じる一因として、クラスの様子もこれに加えられるだろう。具体的にはクラス内にグループができ始めたのだ。最初は小さな二人組が四人、六人と大きくなっていく様子は、さながら孤独という恐怖を栄養に植物が成長しているようだった。
彼らは今頃、全員が日の光を浴びられるように互いに被らないキャラを模索しているのだろう。そんな関係は茶番だと言い張る猛者もいるだろうが、この前と比べればだいぶんマシな
さて、何故俺がこんな他人事のように話しているかと言えば、無派閥、中立を保っているからだ。が、それイコールボッチという訳でもなく、隣の席の樹人や斜め後ろの琴乃とは気ままに話すし、体育や音楽などの移動教室では移動先の周囲の人間とも普通に話す。
以前、青木さんから探偵の件は表向き隠すようにとの厳命を受けていたせものあって、アネモネ七王子支部第3課こと「アビーズ」の面々は学校も放課後も一緒な暑苦しい集団にはならなかった。
……とはいえ、同僚がどのような学校生活を送っているのか気になるのも事実。俺は午後の授業までの暇つぶしを兼ねて、少しずつ物が増えてきた教室を眺めながら簡単な人間観察を行っていた。
例えば樹人は剣道部に所属し、その他の剣道部員一名とサッカー部の二人とつるんでいる。樹人の金髪やたまに良く知らない女子三人グループと樹人のグループがつるんでいる点からも我らがJ組最高カーストに位置するとして間違いないだろう。
次に琴乃だが、彼女は特定のメンバーと一緒にいるという訳ではなく、気分で適当なグループを移動している放浪の民……いや、どちらかと言うと自由の民をしている。パソコン部に入り、入部数日で顧問に琴乃先生と呼ばれて困っている姿を目撃したが、特に意外性はないので詳細は割愛する。
ボンヤリと眺めていただけにもかかわらず、茶髪の少女とその取り巻きと思われる面々と話していた琴乃がこちらを向いたので慌てて視線を逸らす。その先にいたのは流れる銀髪とその美貌で、クラスのマドンナと呼ぶことすら
この表現からも察せられるように、月崎は孤高派だ。
ここ最近になってようやく気付いたのだが、本人の性格云々より、周囲の人間が彼女を畏敬の念を込めて遠ざけているのが正確な所である。クラスで最もモテるのは一番ではなく二番目にかわいい人間だという俗説が現在進行形で証明されていた。
「……」
「……」
ちなみに月崎だが、俺の背後の席に座っているので、振り返ると目が合うことが多い。そうして沈黙が続き、お互い黙って目を逸らすのだ、今の様に。
まあ若干気まずいだけで探偵という業務上、人間観察は必須技能だから見るなとは言わない。月崎の行動に付け加えるなら、基本的に本が常備されていることから、休み時間は読書をしているのだろう。
そんな穏やかな昼下がり、授業まで10分程度であることから昼寝でもして時間を潰そうかと悩んでいると、急にドア付近からざわめきが上がった。
反射的にそちらを見ると、背丈は180センチ程度でしっかりと制服を着用し、清潔感を保った眼鏡の男子生徒が教室に入ってきた。堂々とした振る舞いの一方で、このクラス人間でない人物。これらを総合して考えるに、おそらく上級生だろう。
その人物は入学式以来、入口に貼りっぱなしになっている座席表で確認したのか、迷うことなくこちらへ歩いてきた。基本的に上級生が後輩の教室へ来る用事としては部活関連か委員会関連と思われる。
筋肉の少ない四肢とやや猫背気味な背から部活なら文化部と予想。今、蛍光灯の光がやや青く反射したからおそらく眼鏡はブルーライトカットだ。瞬きも多いからドライアイの可能性がある。これらを総合して考えれば、恐らくパソコンを長時間見る必要のある男子生徒がいる文化部、新聞部、文芸部、パソコン部、囲碁将棋部あたりが有力か。委員会は知らん。
現時点で俺の座席周辺にいるのは背後の月崎と前の席で本を読んでいる黒髪の女子生徒のみ。名前は……なんだったかな。楽だと聞いて入った同じ図書委員のはずなのだが、残念ながら記憶から
俺が他の生徒たちと同様静観していると、その先輩は俺の前の席で立ち止まり、女子生徒に声を掛けた。
「橋本雪奈さんだよね」
そうだ、橋本だ。
橋本と呼ばれた少女は唐突に声を掛けられ、あわあわとした仕草で本を閉じ顔を上げた。隙間から一瞬見えたが、ドラマ二期決定とかで人気の医療ミステリー最新7巻だ。汚れ防止のフィルムが貼ってあるので図書館で借りたのだろう。
俺が本に気を取られている間、橋本が何か口を開こうとするよりも先に先輩が口を開いた。
「本当に将棋部に入る気は無いのかい? 君がいれば全国だって」
「えっと……どちら様で……いえ、そのごめんなさい。私は……」
正解は将棋部だったか。もう少し観察眼を鍛えないとな。
消え入るような声で答える橋本に対して、その先輩はなおも続ける。
「その実力を放っておくのはもったいないよ! それに、君とも対等に戦える子も入ってくれたから橋本さんの勉強にもなるし」
「いえ、私は……」
徐々に弱くなる返事にもう一押しと意気込む将棋部の先輩と困ったように俯く橋本。
事情は良く分からんが、そろそろダメそうだな。
ボンヤリと眺めていた俺にも唐突に始まった劇は早くも終わりが見えてきた。構図としては強めの部員勧誘と、どうにかしてそれを断りたい一年生といったところか。位置的には目の前で行われているやり取りであるから介入もできなくはないが、何よりメリットがない。あるとすれば橋本に好かれるかもという程度だが、そんなものは見知らぬ先輩に喧嘩を売るデメリットと到底釣り合わない。
まあ部活に入ってのみ得られるメリットもあるだろう。どうしても嫌なら辞めるという選択肢もある。
俺がそんな風に傍観を決め込んでいる間も言葉を尽くす名称不明のメガネ先輩。
そろそろ折れそうだ、そう思いながらぼんやりと聞き耳を立てていた時だった。
「ちょっと待った!」
どこからともなく颯爽と現れて助けに入ったのは……背まである紺色の髪と瞳に、若干制服を着崩した少女、琴乃春音だった。
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