結成編 後日談

 完全に日が落ち、夕空に浮かぶ星のような空腹感がチラホラと見え隠れし始めた頃、ようやくアネモネに着いた。


 琴乃の事件の顛末を伝えることと、何やら書類を書かないといけないらしいと聞いたのだ。


「お帰り! お土産は?」


 部屋のドアを開けると、中央の机に散らばったケーキの空箱をかたずけている琴乃がいた。


 こいつ、樹人に散々頼んだケーキを全て消費しきったらしい。


「紙なら貰って来たぞ?」


「アタシはヤギじゃない!」


「そうだな。これだけ食べたらどちらかと言うと豚……」


「シノッチ、それ以上いうと、スマホを再起不能にするよ?」


「……悪かったよ。というか、俺が謝るのか」


 軽口の応酬の間、月崎は部屋の右奥にある自分の机に座り、何やら書類仕事を始めた。


 他三名は部屋中央にある雑談ようのソファーに座る。


 それにしても書類仕事……チームリーダーがするとかそんな話だったな。


 まあ、帰り道で月崎も大変不本意そうに勝負に負けたことを認めていたし、是非ともリーダーをやってもらうとしよう。


 ちょうど同じようなことを考えていたのか、樹人が声を上げた。


「そういえば、チーム名決めてなかったね」


「チーム名? そんなのいるのか」


「ええ。暗号的な意味合いも含めて、基本的にアネモネでチームを組む場合は正式名称の課の他にチーム名で呼ばれるの」


 そう言って月崎は身支度を済ませて立ち上がると、俺達の前に一枚のプリントを裏返しで乗せた。


「後は任せたわ。変更の手続きは手間だからちゃんと考えなさい。それではね」


 それから俺達の誰もがその紙に注目している間に、月崎はさっさと帰ってしまった。


 その紙は例のチーム結成届け。


 リーダー枠を空けて書いてある樹人の名前の更に下に流麗な字で月崎蛍と書かれている。


「……アイツがリーダーじゃないのか」


「うん。満足だね」


 俺とは逆に、言葉通り満足そうに頷く樹人。


 事件後もやはり樹人の月崎に対する当たりは強かった。今後の関係改善に期待である。


「で、チーム名だけどどうするの?」


「そうだねえ」


 琴乃の問いに樹人が唸る。


「拳銃少女と愉快な仲間たち、とか?」


「物騒だな」


 それはおそらく探偵に捕まる側の集団だ。


 やれやれと言った雰囲気の琴乃が代案を出す。


春天なる月の雲スプリングクラウンズとか?」


「お前、高校生だろ、いい加減厨二は卒業しろ。第一、全員の名前から取ったんだろうが、その読み方だと天と月が入ってないぞ」


「ええ、カッコよければなんでも良いじゃん……」


 琴乃が文句を言っているのを無視して、俺も必死に頭を回す。


「そう言えばアネモネってなんでこの名前が付いたんだ?」


「花言葉じゃない?」


「見捨てられるだったか?」


「なんでそんなネガティブなのさ」


 俺の答えに両手を横に広げてやれやれと言ったジェスチャーをする樹人。正直イラっときた。


「探偵会社アネモネの由来は白いアネモネの花言葉『真実』から来てるらしいよ」


「真実ね」


「なら、アタシ達も真実の花言葉の何かでいいんじゃない?」


 琴乃はそう提案するが早いか、素早くタブレットを取り出して検索し始めた。程なくして植物名を列挙する。


「えーっと、『真実』の花言葉は、アネモネ、菊系、それから……モミ!」


 琴野はモミが気に入ったらしいが、流石にチーム『モミ』はマッサージ集団と間違えられそうだ。


 樹人も同意見だったのか、少し考えてから口を開く。


「学術名は?」


「アビーズ……フィル、マ?だって」


 たどたどしい琴乃の発音を聞いて全員が頷いた。


「アビーズか」


「アビーズね」


「いいね、アビーズ」


 場の雰囲気がこれでいいと告げていた。


 というか、ここで蒸し返してもろくな意見がでない気がする。


 樹人がチーム名の所へカタカナで『アビーズ』と記入してペンを置いた。


「それじゃあ後の記入よろしく!」


 どうやら樹人の中で俺がリーダーをすることは確定しているらしい。


 書類仕事は面倒だしどうにか避けられないだろうか……。


 俺が必死に逃げ道を探していると、樹人がため息交じりに呟いた。


「それにしても、今回は二人に任せっきりだったね」


「天ちゃんは良い子だよ。シノッチと違ってちゃんとケーキ勝ってきてくれたんだから」


「世間一般ではそれを餌付けっていうんだがな」


 励ましているのか微妙なラインの琴乃の言葉の棘を適当にあしらう。


 その瞬間、とてつもない妙案を思いついた。


「樹人、お前本当に俺達の役に立ちたいか?」


「もちろんだよ!」


 断言したな、樹人よ。これで言質は取った。


 俺の意図を察したのか、琴乃「なるほどね」と呟く。


 それから俺と琴乃の行動は早かった。


 樹人が事態を理解するまでの一瞬で手早く申請書類に名前を記入する。


 月崎蛍の下に琴乃春音、そしてその下に東雲大和。


 つまり、リーダーに当たる一番上の名前は……。


「「それじゃあリーダー、書類仕事よろしく!」」


「えっ⁉ 二人ともそれは無いよぉ」


 樹人の悲痛な叫びと共にアネモネ第三課ことチームアビーズの結成届けが完成したのだった。

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