結成編16(解決:裏)

 月崎による推理で無事に表向きの事件が解決した翌日。


 世間一般、特に学生にとっては休日を意味する日曜日に、俺達四人はバイト先であるアネモネ七王子支部に集まっていた。事件の真犯人と会うということで、昨日の悶着を無視して月崎も来ている。


 昼過ぎから琴乃の机周辺に集まり、全員で監視カメラを確認していた。


「ほんとだ! シノッチ、もはやロリコンに次ぐ変態だよ」


「良かったわね、変質者としてそろそろ警察に突き出せるレベルよ」


「お前ら、真犯人を補足した功労者に対する言葉じゃないだろ……」


「でも、よく思いつくよね。『監視カメラに映っている社会人っぽい人が全員違う人』だなんて」


 そう、樹人の言うように、俺が琴乃に頼んだのは監視カメラに映っている人物の重複の確認だった。


 過去一か月の平日における早朝と夕方、つまり社会人の通勤時間のみに時間を合わせて曜日ごとに同一人物かどうか早送りで確認する。


 その結果、数人を覗いて通行した人物の大半が異なる顔立ちにもかかわらず、若物で、同じようなスーツを着ていた。


「これってどういうこと?」


 琴乃の問いに月崎が悔しそうに答える。


「普通なら通勤ルートを毎日変えたりはしない。まして、この人数がそんなことをしているとは思えないわ。つまり、変装して繰り返し通行することで監視カメラを探していたのね」


「ああ。小学生が一人で全ての監視カメラを調べるなんて、到底できることではないからな」


「気付いていたなら、昨日言ってくれれば良かったじゃない」


「お前が『たとえば』って付けていたから気付いているもんだと思ってたんだよ」


 悔しそうに口を結ぶ月崎に答えつつ、俺はポケットにしまっていた懐中時計を確認した。


「そろそろ約束の時間だな」


「桃ちゃんが言ってたのは17時からだっけ?」


「黄昏時ってやつだね」


 琴乃の言う通り、土浦桃に頼んで、この件を仕組んだ真犯人に合わせてもらうことになった。樹人の言う黄昏時が選ばれた理由は不明だが、そもそも人柄が分からない以上は考えるだけ無駄というものだろう。


 もっとも、本人曰く知恵を貸してもらっただけらしいが。


 上着を羽織り行く準備をしていると琴野が手を振ってきた。


「それじゃあシノッチ、お土産よろしく!」


「近場の公園行くだけなのに何を買って来いと?」


「うーん、甘そうなもの?」


「確か待ち合わせの公園近くに川が流れてたな。石チョコっぽい石くらいなら拾ってこれるぞ」


「いや、確かに甘そうだけど食べられないから!」


 そう叫ぶ琴乃の声を聞き流して無事に部屋の外に出る。


 逃げ切り勝ちだな。


 恐らく琴乃の欲しいものリストが送られてきたと思われるスマホのバイブレーションを無視して俺は振り返った。


「で、お前ら二人は来るのか?」


 そこにいたのは白いコートを羽織った月崎とオレンジ色のジャケットを羽織った樹人の二人。


「ええ。真実を視るためにも、最後まで付き合うわ」


「勝負の一件もあるしね」


「そうね。これで違っていたら私の勝ちだもの」


「合っていたら僕らの勝ちだけどね」


 お前は菓子を買ってきただけだろ……とはさすがに口にできなかった。


 樹人の表情に曇りがある気がしたのだ。


 おそらく本人も自覚があるのだろう。


 それでも飄々と言ってのけるタフさは、多少は見習ってもいいかと思った。


「さて、行きますか」


 二人が頷くのを確認して、俺たちは約束の公園へと向かった。




 夕日が沈みかける公園は確かに黄昏時と呼ぶに相応しかった。


 赤く染まった地面を眺め、一人の少女がブランコに腰かけ、膝にテディベアを乗せて何やら雑誌に鉛筆で書きこんでいた。ちなみに、顔の見えないその人物が少女と分かったのは背まである長い黒髪を紫色のバレッタで留めていることと、ややゴシック調のひらひらとした服装ゆえだった。幼げな外見に反し、どこか大人びたというか達観した雰囲気を感じる。


 こちらが歩み寄ると、気配に気づいたのかふと顔を上げた。


 先に口を開いたのは少女の方だった。


「正義って何だろうね」


 唐突に何を……。


 混乱する俺の横で、厭世感の漂う少女の声に月崎が鋭く答える。


「正義を決めるのは法で、守るのは警察よ。私達探偵は真実を求めるの」


「真実が求まれば正義なんてどうでも良いって聞こえるけど?」


「そこまでは言っていないわ。ただ、真実と正義がぶつかったら真実を選ぶだけよ」


 いきなり哲学的な論争が始まってしまった。


 この議論に価値を見出せない俺は、そこへ割って入る。


「お前が奏か?」


「おお、いきなり女の子をファーストネームで呼ぶとは、手馴れてるね!」


「悪いな。名字を知らないんだよ」


「ということは、桃ちゃんから私のアドレスは教えてもらってないのか。あの子も律儀だなあ」


 何やらブツブツと一人で納得している様子だが、こちらはまだ聞きたいことがある。


「時見も一緒に来ると聞いたが、そいつは?」


「あの子は帰っちゃったよ。シャイな子だから許してあげてね」


 そう語る目は消して目には映らない、どこか遠くを眺めているようだった。


 今度は樹人が問う。


「単刀直入に訊かせてもらうけど、君が今回の事件を桃ちゃんに吹き込んだのかい?」


「そうだよ」


 全く悪びれる様子もなく、少女は楽しげに語る。


「時見が監視カメラの位置を把握して、私が計画と指示だしして、時見がそれとなく使えそうな人を探してきて、私がサポートしたの。どう? 楽しかった? 私は楽しかったよ、警察とか探偵とかが手のひらで踊ってて」


「お前、ろくな死に方しないぞ……」


「君にそう言われるのは不服だな、東雲大和君。唯一私達の遊び相手になってくれそうだったのに」


 まったく、俺の個人情報はどこから洩れているんだ?


 俺のため息に変わって今度は樹人が尋ねた。


「なんでこんな手の込んだことをしたんだい?」


 奏は樹人を上から下まで軽く流し見すると、相変わらずの笑顔で答えた。


「決まってるでしょ? 楽しいからだよ」


「人が思い通りに動くのがそんなに面白いかしら?」


「面白いね。自分の意思で動いていると思い込んで、懸命に行動する彼らを眺めながら、実は全部私の手の上だった。みんなが道化で私がそれを動かす黒子。こんなに楽しい人形遊びはないでしょ?」


「くっ、あなた……」


「何か言い返せる? 蛍ちゃん。これまで何度も遊ばせてくれた、おまけの分際で」


 顔に笑みを浮かべて挑発する奏を月崎が睨みつける。


 月崎がこのような安い挑発に乗るとは思えないが、これ以上は良くない気がして、俺は止めに入ることにした。


「これ以上はやめろ。さっきから気になっていたが、お前これが初犯じゃないな?」


「もう、連れないね。私のことは奏って呼んでいいのに」


「名前なんてどうでもいいだろ?」


「良くない。名は体を表す。奏って呼んでくれたら答えてあげるよ」


 こうやって人に自分の思い通りの行動をさせ、何が楽しいのだろうか。


 俺にはさっぱりわからないが、これ位で情報が手に入るなら行動する価値はある。


 ため息を飲みこみ、改めて奏に問うた。


「分かった。奏、今後も同じようなことを繰り返すのか?」


「もちろん! だって面白いし」


「それは教唆という完全な犯罪よ」


「刑法61条だったかな? 別に私は犯罪をしろって指示したわけじゃない。ただ、困ってる女の子に救いの手を差し伸べたんだよ。これであの子の悩みは解決されたし、亀田って人も真っ当な仕事を探すはず。ただの人助けだね」


 人の行動を予想、誘導するのはある意味で人を信用しなければできない芸当だ。


 それに対して月崎は人を完全に信用していないので奏の行動が理解できないのだろう。


 どうやら奏という少女は月崎にとって相当に相性の悪い人物らしい。


 俺が口を開くより早く、奏はブランコから立ち上がった。


「それじゃあまたね、大和君。また遊べるのを楽しみにしているよ」


 そう言い残し悠々と歩き去る奏。


 去り行く黒髪は夜闇に溶けるように消えていった。


 いつの間にか暗くなった公園の街灯に照らされて、ブランコの上に小さな石で重しを引かれた紙切れが乗っていた。


「これは……」


 俺は慎重にその紙を拾い上げる。


 それは俺が愛してやまないゲーム、空白の数独だった。

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