結成編15

 行きと比べてゆっくりと山道を進むアネモネの社用車。


 運転手は提携しているタクシー会社から派遣されているらしい。


 俺が黙って窓の外を眺めていると、隣に座る月崎が口を開いた。


「何を話していたのかしら?」


「ちょっとな」


 コイツが言っているのは、別れ際に俺が亀田氏と話していたことについてだろう。


「幼女愛好会でも作るつもりだったのかしら?」


「お前、証拠能を認めていたくせに、なんでまだ引きずるんだよ……」


 俺のため息交じりの答えを無視し、膝の上に手を乗せて座る隣の少女は流れる窓の外を眺めながら言った。


「今回の勝負はドロー、かしら?」


「勝負……?」


 何の話か短い間を置いて困惑から抜け出す。


「そんな話し合ったな」


 そう言えば樹人が吹っ掛けたのだ。アイツも少しは落ち着いただろうか。


 チームを組むかどうか、メリットデメリット微妙なところだ。ただ、経験者がいた方が、間違いなく仕事はしやすいという点で、月崎がいた方が利益となる。


 ただ、それ以前に一つ気になる問題があった。


「なあ、お前はいつから探偵をしているんだ?」


「……そうね」


 その小さな声を合図にトンネルに入った。


 目が慣れないせいか、うまく月崎の表情が見えない。


「小学生の時、ある事件に巻き込まれて、その時に誘われたわ。実際に活動始めたのは中学生になってからだけれど」


「それで刑事の知り合いがいた訳か」


 その冷たい声音に深堀すべき話題ではない気がして、話題を止める。だが、俺を見た時の無爾刑事の驚いた表情が脳裏に浮かんだ。


「一人で解決してきたのか?」


「ええ。始めの頃は手解きをしてくれた先輩がいたけれど、面倒になって一人で活動し始めたわ」


「チームは?」


「一人の方が楽だもの。探偵の業務に関係なくね」


「……本当に一人の方が楽だと思っているのか」


 月崎のシルエットが小さく頷くのが見える。


 独りのほう色々と都合が良い。これはある一面の事実だ。


 他人と接触しないから自分のペースで作業を進められるし、相手に気を遣うなど対人関係のストレスが無いメリットは計り知れない。なんなら、その理由で俺も集団で戯れるよりも一人の時間を好む側だ。


 だが、彼女のそれは本当に望んだものなのだろうか。


「孤高を表すなら胸を張れ、そうでなければ孤独なだけだ」


「えっ?」


 思わず口を突いた言葉は、何かの小説で読んだか自分の抱いた感想か。


 意外そうな年相応の少女の声に俺は思わず苦笑いした。


「お前、なんで情報交換なんて面倒なもの持ち掛けてきたんだ?」


「言ったでしょう? 本人の発言は信用ならないと」


「なら自分で見ればいいじゃないか。どうせ俺の話も信用しないんだろ?」


「ダメよ、その一挙一動が信用ならないもの」


「それで、疑い続けたら一人になってたってか」


 俺の指摘に月崎がくやしそうに唇を噛む。


 やはりそうだ。こいつは孤高を選んだのではなく、孤独になったのだ。


 その病的なまでの人間不信のせいで。


 信用できない人間と一緒に居るのはつらく、疑われる側も気分が悪い。そうして独りになった結果、周囲の人間は自分の足を引っ張る存在だと思い込み、自分は他人に興味がないと思い込んできた。


 だが、俺はこの死神の、いや一人の少女の行動の矛盾に気付いていた。


 人の行動から矛盾を見つけ出すのは探偵の十八番なのだから、新人ながら職業病が始まっているのかもしれない。


「そもそも、お前はどうして俺に情報交換なんて面倒なことしてまであいつらの情報を聞きたかったんだ?」


「それは……」


「足を引っ張ると決めつけ、チームは不要と言っていたくせに、なんでそいつらが気になったんだ?」


 月崎は完全に口を閉ざした。


 意地悪が過ぎただろうか、その表情には困惑すら浮かんでいる。


 やがて彼女は小さく言った。


「人は信用できないもの。いくら信用していても必ず裏切られる。だから……」


 月崎の言葉が途切れる。


 俺が紡ぐならココだろう。


「なら、人の一挙一動を見て、それを積み重ねればいいんだ。そうして自分なりにその人物を捕えればいい。お前が言ったことじゃないか」


「っ! でも……疑われながら過ごすのは不快よ。積み重ねる前に人が去って行くのが自然ではないかしら?」


「自覚はあるんだな。まあ、少なくとも去って行かない例がここにいるから練習してみろよ」


 そう言ったところで、ようやく長かったトンネルを抜けた。


 こちらを向いた月崎としっかりと視線がぶつかる。


 整った顔立ちに綺麗な銀髪。その唇が小さく動いていたが、果たしてなんと言っていたのか。


 唐突に客観的に事実を見渡す自分が帰ってきて、視線を外し、ビルが生え始めた風景を眺める。


 ちょっと格好を付け過ぎただろうか。既に後悔が滲み始めていた。


 今晩喚きながら寝るんだろうな……。


 俺は現実から目を背けるように、敢えて口調を変えて尋ねた。


「で、お前はこの事件の犯人をどう思う?」


「亀田さんのこと? 彼は……」


「いや、そうじゃなくて」


 俺はそこで言葉を区切った。……まさか、気付いてないのか?



「この事件を企てた、時見と奏っていう二人の高校生だよ」



 窓ガラスに映る少女の驚きを含んだ表情は、光の加減で見えなかった。

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