結成編14(解決2)

 だが、月崎がこれで終わり、というように宣言をした瞬間、松本刑事の目がギラりと光った。


「なら……なら、どうしてお前の背後にいる、運転席に座ったままの男はそれを俺達警察に話さなかったんだ? 小学生の遊びを利用して、本当は大金を得ようとたくらんでいたんじゃないか?」


「それは本人に訊けばいいじゃない」


「いや、本人の発言は信用ならないな」


 口を開きかけた亀田氏の口がやっぱりと小さく動く。


 月崎はおそらく亀田氏の発言を聞いても微塵も信用しないだろう。


 だが、それで問題はないのだ。それが本当であろうと嘘であろうと、この事件の真実には大して影響しないのだから。


 しかし、松本刑事はあくまで信用できる発言を所望している。


 そこに価値はないのに。


 月崎も無駄に気づいているのか、どのように子供をあやすか悩む保育士のように疲れた表情をしている。知らない、と言ってもいいのだろうが、それだけでこの話を有耶無耶にされるのは業腹といったところだろうな。


 どう対応するのか興味深く、俺が静観していると……月崎がこちらを向いてきた。


 バッチリと視線がぶつかる。


 闇の奥を覗いてきたような麗しい瞳に見つめられ、石のように固まりかけた体を強引に動かす。


 仕方ない、少し頭を動かすか。


 まずは亀田氏の人物像を考える。


 自動車の自動車は幾らか傷もついており、どうみても中古車で正直に言ってボロい。サングラスで覆われた髪もボサボサで、マスクを外した顔は痩せ気味に見える。腕時計などの装飾品もなく、大学生と言っても通りそうなほどに若い。そして、極めつけは車のナンバーが1729。様々な可能性は考えられるが……。


「亀田さん、あなたはどこか都立の理系大学生と言ったところですか?」


 俺の唐突な問いかけに動揺しながらも頬を書きながら、亀田氏は口を開く。


「いや、正確にはこの春で卒業した。だけど就活浪人していて……」


 俺の発言に戸惑ったのは隣にいた無爾警部のも同じだったらしい。


「君、面白い特技持ってるね。考えた理由を教えてもらえるかい?」


 別に人間観察は特技でもない。幼少期から本物の探偵である兄と一緒に遊びとしてやっていた成果だ。


「まず、比較的若いことから二十代と考えます。中古車や腕時計などの社会人に必要な装飾品が無いこと、雑な髪型からやや細い生活をしている大学生と考えました。もっとも、就職浪人という発想が無かったのは人生が浅いのでお許しいただきたいところですね」


「ちなみに理系というのは?」


「ナンバーがラマジャンヌ数でしたので。まあ、詳細はネットで調べてください」


 それにしても日頃からあまり敬語を使わないせいで不自然な言葉使いになっていないか不安だ。不敬罪とかで逮捕されないよな?


 そんな俺の不安と裏腹に、月崎が睨め付けてきた。


「それで、その情報になんの意味があるのかしら?」


 その言葉を待っていた……というほどではないが、自分の思想を語れるのは、人として楽しいものだ。


 俺は喜々として語った。


「人は利益に従って行動する。その利益は価値観によって変わるので、逆に言ってしまえば価値観を理解できれば人の行動は予測できる。例えば……」


 そう言って俺は真っ直ぐに亀田氏を見て告げる。


「例えば、メディアでよく冤罪で捕まった後、警察に強制的に自白させられるという話が取り上げられる。SNSやメディアの情報による影響を受けやすい学生だった人物なら、実際に警察に連れていかれそうになった時こう考えるだろう。


 『ここで正直に話しても無理やり自白させられ、犯罪にされる。それなら黙って逃げてから、証言を待った方がいいだろう』とかな。


 事前知識が無ければ直ぐに事実を伝えた方が疑われずに済む、という利益に気付けるはずだが、このように先入観があるとここで真実を話すよりも逃げるほうが大きな利益に感じる。これが価値観による利益の違いだ」


 大人相手に高校生が長々と語ってしまっただろうか?


 そう思ったが、亀田氏が強く頷いていた。


 無爾警部がその渋みのある声でまとめる。


「つまり、警察は信じてくれないだろうから正直に話すよりも逃げた方が良いと思った、ということか。なんとも詮無い話だねぇ」


 俺は少々気まずさを感じながら頷くと、誤魔化すように告げた。


「そもそも、亀田さんの場合はお金がないのでこの御飯事おままごとに付き合ったという経緯があります。このまま本当にお金が貰えれば、という欲とそれに対する罪悪感があったからでしょう。どこまで御飯事にするつもりだったのかは知りませんがね」


 面倒なので続きは任せたぞ、月崎。


 俺の意図が伝わったのか、月崎が静かに振り向き、亀田氏を見据える。


「現状では、貴方は小学生のお遊びに付き合わされたかわいそうな大学生ということになっているわ。でも、そこに積まれているお金は本物よ」


 そこで言葉を区切るあたり月崎も人が悪い。いや、探偵としては優秀なのかもしれないが。



「このままお金を持って逃げた場合、貴方は本物の犯罪者になるわ。この意味分かるでしょう?」



 ハッとしたように息を飲む亀田氏。


 いつの間にか黙っていた松本刑事も静かに見守っている。


 逡巡の後、亀田氏はハッキリと口を開いた。


「本当は桃も誘拐してくれたら報酬として現金を渡すと言っていたんだが、やっぱりこんな金要らないよ。俺はちゃんと就職して真っ当に稼ぐんだ!」


「聞いたわね。これでこの事件は終わりよ」


 こうして、唐突に始まった長い推理ショーは無事に終了を迎えた。


 その言葉を合図に無爾警部の指示の元、現金を回収したりバリケードを外したりと各々が事後処理へ動き出している。


 最後の発言が無ければ現金を持っていたという現行犯で一時的な逮捕も可能だっただろう。


 だが、本人の宣言と実際に現金を引き渡していることから、完全に小学生の遊びに大人が振り回された構図となった。


 亀田氏は参考人として話を聞くために、警察に連絡先を訊かれているがそれ位は仕方ないだろう。一方でこちらの事後処理は琴野に任せてあるので問題ない。


 さて、残るは俺と月崎の推理の相違点だが……。


 それから、特にその場で話すことも無く、俺と月崎はアネモネから来た社用車に乗って帰路に就いた。



 いや、本当の意味でまだこの事件は解決していないのだが。

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