結成編13(解決1)
「そうね、どこから話せばいいのかしら」
ここまでは同じ結論に至っているので、どこからでも俺は理解できる。
だが、この少女がどのように推理を披露するのか、その方法に興味があったので、やや離れた場所から彼女の話に耳を傾けることにした。
顎に小さな手を当て、少し考えた後、月崎は口を開いた。
「まず、前提の共有からね。警察はどこまで掴んでいるのかしら?」
この問いに、すぐ答えたのは手帳を開いた松本刑事だった。
「被害者はIT会社の社長令嬢である土浦桃。先週の火曜日に誘拐され、今日の昼に身代金要求の電話がかかって来た。被害者は事件の数週間前に視線を感じると話しているが、監視カメラに不審な人物は映っていなかった。ただし、匿名の情報提供によると、先週、亀田容疑者と思われる男性が被害者に話しかけているのが目撃されており、情報を確かめるため監視カメラを確認している途中で連絡を受けてここへ来たところだ」
「そう、やっぱり無能ね。さっさと証拠の映像を見つけていれば真実にたどり着けたでしょうに」
その言葉に強く睨みつけながら文句を言っている松本刑事を眺め、俺は感想を漏らす。
「刑事個人の情報整理能力なら優秀だと思うがな」
「ふっ。ただ、情報管理の徹底は仕込み直さにゃならんな。今回は月崎の嬢ちゃんだからいいが」
そう言って隣に歩み寄ってきたのは無爾警部だった。
確かに、仮にも容疑者の目の前で捜査情報を公開するのは得策とは言えない。
その容疑者たる亀田氏は運転席から静かにその様子を見守っているが……。
俺が黙っていると、月崎の推理ショーが再開した。
「今回の事件の鍵となるのは監視カメラよ」
「それは当たり前だ。映像さえしっかりと見つけられればそれ以上の証拠は……」
「逆よ。監視カメラに映っていなかった、その事実が重要なのよ」
月崎は退屈そうに腕組みをしながら続ける。
「あの通りは決して監視カメラの少ない穴場という訳では無かったわ」
そう言ってこちらを見て来るので隣の無爾警部共々補助証言をする。
「ああ。ビルのガラス戸の内側やら、オフィスの二階やら無数にあっただろうな」
「嬢ちゃんの言う通りだ。だからワシらも証拠探しに苦労している」
「つまり、数少ない死角を正確に選んで犯行が行われた、即ちこれは計画的な犯行ということよ」
その断言にすぐさま松本刑事が反論する。
「それは当たり前だ。何しろ数週間前から視線を感じると被害者に相談された人がいるんだ。事前にストーキングして調べていたはずだ」
「なら、なぜ彼の姿は監視カメラに映っていなかったのかしら? なぜ不審な人物として目撃証言がほぼ皆無なのかしら? 自分が映りこむことなく監視カメラの配置を把握するなんてそんな容易いことではないと思うのだけれど」
「……」
悔しそうに反論の言葉を探す刑事を追い詰めるように、月崎が決定的な一言を告げた。
「監視カメラの位置を把握するためには不審な行動で繰り返し通行する必要があるにもかかわらず、そのような人物は目撃されていなかった。なら、結論は一つ」
「不審ではない人間が調べたのよ。例えば、小学生とかね」
その直後、沈黙が場を覆った。
最初から気付いている俺やこの事件の真の被害者に等しい亀田氏からすれば、春になって桜が咲いたくらい当たり前の発言に聞こえるのだが、それを知らない外の人からすれば意外に聞こえるらしい。
「……確かにそれなら辻褄が合う。ということは亀田が被害者に話しかけたのではなく、話しかけられたのか?」
無爾警部の言葉に、どこか安堵したような亀田氏が首肯する。
「そうです。私が彼女に初めて会ったのは今からおよそ一週間前。桃……さんに誘拐してくれと頼まれました。始めは子供の冗談かと思っていたのですが、強引にメアドを交換させられた後、送られてきた計画を見て驚きました。何しろ具体的な犯行時刻や監視カメラの死角となる場所まで指定されていたのですから」
ポツポツと話始めた亀田氏の言葉を遮る様に松本刑事が叫ぶ。
「嘘だ! それなら被害者の視線を感じたという言葉は……」
「いい加減、その被害者という言葉をやめたらどうかしら。訴えた人、誘拐された人が必ずしも被害者とは限らないわ」
実に人間不信らしいセリフに俺は思わず唸る。最初からすべての人を疑って行動しているから彼女はこの結論に至れたのだろう。最初から小学生かつ被害者として容疑者と区分けしていた警察との差がそこだった。
そして、月崎の言葉で認めざるを得なかったのか、松本刑事も小さく口にした。
「……被害者の自作自演か?」
「そうよ。つまりこの事件は、桃さんが周到に計画し、亀田さんはただ計画に利用されただけ」
月崎は勝ちを確信したように宣言する一方で未だに刑事の方は諦めていなかった。
「だが、証拠は……証拠は何だ?」
もはや犯人のように探偵少女に食って掛かる松本刑事。
それすら醜いと一蹴するように、月崎は告げた。
「証拠なら三つあるわ。一つは状況証拠。最初から身代金目的の誘拐なら四日も期間を空けたのは不自然よ。恐らくあまりにも見つからないから不安になって桃さんが発案したとかじゃないかしら?」
「その通りです。……まるで見てきたようだ」
感心する亀田が思わず敬語になっていたが、この空気で笑う度胸は俺にはなかった。
「二つ目は桃さんの手首に何も跡が残されていなかったこと。これも有用な証拠の一つね。何しろ、被害者なら何かしら抵抗はするもの」
そう言ってこちらを見てくる月崎に俺は黙って頷いた。犯行時間が短かったという話を車内で月崎がしていたからそこで睡眠薬の可能性は下がるし、脅迫されていたなら久々に親と会ってあんな不安な顔をしないだろう。
「そして、実際に法廷で使うなら話しかけられた瞬間の映像と桃さんの証言ね。どちらも現時点では得られていないけれど、探せば絶対に出てくる情報よ」
「それでも現時点で証拠はないだろ!」
その瞬間、月崎のスマホが鳴りだした。短く話すと直ぐにこちらを見据える。
「ちょうど今アネモネから連絡があったわ。桃さんが話しかけた瞬間の映像が見つかったそうよ」
不服そうにこちらを一瞥する当たり、おそらく琴乃が俺の指示通りに見つけてくれたのだろう。
疲れてぐったりと背もたれにもたれ掛かる琴野を想像して、思わず口角が上がってしまった。
「他に、何か質問はあるかしら?」
だが、月崎がこれで終わり、というように宣言をした瞬間、松本刑事の目がギラりと光った。
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