結成編11
「着きました。ここが引き渡し場所です」
そう運転席から告げられた声を合図に、車は川沿いの崖ともいえるパーキングスペースに止まった。
川側の木に紛れて咲きかけの桜がシンボルの様に激しく主張しており、それを守る様に、転落防止用の木製の柵が作られていた。
砂利の敷き詰められた駐車場には、既に一台の黒い自動車が止まっていた。恐らくアレが犯人が利用している自動車だろう。遮光マットが惹かれていて仲間で覗き込むことはできない。
俺と月崎が下りる準備をしていると、土浦氏の携帯が鳴り始めた。
焦っているのか、男らしい、しっかりとした手が震えている。
「着いたぞ。早く桃を返せ!」
「まあ待って……待て。まず、自動車から降りるな。降りた瞬間少女の命はないものと思え?」
「……分かった」
そう言って土浦氏はこちらに視線を向けてきた。
俺と月崎は動じることも無く頷く。
「それで、どうしたらいい?」
「金は約束通り自動車のトランクに積んできたか?」
「ああ」
「なら、こちらが金を受け取り次第、娘を返してやる。だが、それまでに妙な動きを見せたら……」
「分かっている。いいから早くしろ」
苛立ちが募っているのか、慎重さを見せる犯人に対して土浦氏は大きな声を上げた。
その声に気圧されたのか、例の自動車がバックして使い出来たかと思うと、人一人分の空間を空けて停車し、運転席から一人の男が下りてきた。
顔を覆うマスクにニット帽にサングラス。完全に身元を隠す装いだ。
その男はこちらのトランクを開け、こちらからは姿が見えなくなる。
こちらの車内は完全に沈黙を保っていた。
無言の緊張が場を包む。
桜の花びらがひらひらと舞う姿がスローモーションに見えた。
それから、トランクは開いたまま、助手席のドアがコンコンと控えめに叩かれた。
土浦氏は緊張した面持ちでゆっくりとドアを開ける。
そうして、驚愕のような、安堵のような様子で声を上げた。
「桃!」
「お父さん!」
そう言って飛び乗ってきたのは小学生の少女。父親に小学生らしい綺麗な手首を回して抱き着いている。
土浦氏はそのまま娘を抱き抱えて助手席のドアを閉めると直ぐに声を上げた。
「出せ!」
「はい!」
その直後、凄まじいGに全身を襲われ、俺は慌てて頭上の持ち的に捕まる。
そして、何やら右腕に倒れかかって来た。
トランクも開いたまま、自動車が急発進したのだ。で、おそらく捕まる場所が無かったのだろう。
非常時だったので仕方ないが……二重で心臓に悪いので是非お止めいただきたい。
俺が冷ややかな視線を向けていると、隣の銀髪少女は慌ててただずまいを直し、頬をやや朱らめながら、乱れた髪に触っていた。
後部座席でそんな寿命の縮むやり取りをしている一歩で、
「えっ、あっ」
悲痛な表情で何か言いたげな少女を強く抱きしめ、土浦氏は勝ち誇ったように告げた。
「さあ、大人しくお縄に付くがいい!」
パーキングをでると、待ち構えていたように数台のパトカーがやってくる。どうやら死角で待ち伏せしていたようだ。
「ねえ、お父さん!」
「怖かっただろう? もう大丈夫だ。家でゆっくり休もう」
「そうじゃなくて!」
娘の呼びかけには全く動じず、完全に自分の言動が正しいと思い込んでいる。
そこへ、先の一件は完全に無かったものとしたのか、月崎が剣呑な口調で告げた。
「自動車を止めなさい。私たちにはまだやらなければならないことがあるわ」
「いいや、ここから先は警察の仕事だ。桃を無事に取り返せたことには感謝しているが……」
カチャ。
「止めなさい、と言っているでしょう?」
月崎はその手にしっかりと銃を握ると、土浦氏に突き付けた。
これを見てさすがに驚いたのか、執事が静かに車を停止させる。
「では、私は行くわ」
流れるようにシートベルトを外すと、月崎は迷わずドアを開けて降りた。
俺も遅れぬよう、慌ててシートベルトを外して降りようとした時、助手席の桃少女が声を上げた。
「わ、私も!」
「ダメだ」
が、その声は一瞬で父親の声にかき消されてしまった。
俺は内心でため息をつきながら、少女に言い聞かせる。
「君、奇麗な手してるね?」
「……ロリコン?」
「……まさか小学生女児にそう問われる日が来るとは思ってなかったよ」
ロリコンという単語に反応したのか、慌てて娘を俺から隠すようにする土浦市に、俺は苦笑いを浮かべて告げた。
「せっかく娘さんを奪還できたんです。すぐに記念写真を撮っておいてください。その奇麗な手を写して、ね」
自動車から降りると、意外なことに月崎が待っていた。
春先の冷たい風が俺達を吹き付ける。
「それじゃあ、行きましょうかロリコンさん」
「おい、お前だって目的を分かっていただろ」
「私ならさっさと写真を撮って終わるわね」
「どっかのバカのせいでスマホの充電が無いんだよ」
「自分の不出来を人のせいにするのはどうかと思うのだけれど?」
相変わらずの減らず愚痴だ。妙に毒の切れがないのは幾ら冷静にみえても年相応に動揺しているということだろう。
それにしても、自分なら写真を撮って終わり、ね。
そうしなかったということは……。
「お前、アレが証拠になるって気づかなかったのか?」
「っ!」
悔しそうに顔を背け、事件現場に目を向ける月崎。
遠目に見るに、現場は自動車に立て籠った犯人と、動き出されると危ないため慎重になっている警察とで膠着状態に陥っているようだった。
「あんなことに気付くなんてやっぱりオカシイわ。変態よ。だからやっぱり幼女趣味だわ」
「素直に洞察力がすぐれているって言え。さっさと行くぞ!」
「そうね。行きましょう。この
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