結成編10
月崎に続いて大通りへ出ると、一台の外車が停まっていた。車にエンブレムが付いており、明らかな高級車であることは、車に疎い俺でも分かる。
運転席から執事のような男性が下りてきて、後部座席を開く。そこからやや痩せ気味のスーツ姿で、カイゼル髭を蓄えた男性が下りてきた。
若干距離のある間に月崎に尋ねる。
「絵にかいた金持ちだな。知り合いか?」
「土浦竜馬、被害者の父親よ」
「ああ、IT系の社長か」
それにしても凄まじい貫禄だ。そして、あの髭は歴史の教科書以外で拝めるものだったのか……。
月崎が踏み出したのを確認して俺も続く。
こちらを見た土浦氏はやや慌てたような声を上げた。
「月崎君、娘の誘拐された目的が分かったというのは本当かね?」
「はい。ですが、今は桃さんの元へ向かうことを優先しましょう」
「そうだな」
月崎の巧妙な言い回しに感服しながら、頷く土浦氏に自己紹介する。
「お初にお目にかかります、東雲大和です」
「ふむ。君もアネモネの探偵か?」
「はい」
目を合わせること数秒、髭をゆっくりと撫でながら土浦氏は口を開いた。
「私は人を見る目には自信がある。君を信じてみよう」
本物の探偵から適性を否定されているのだが……残念ながら節穴ですか、と言える雰囲気ではない。
俺は黙って頷くと、月崎の方を向いた。
この後はどうするのか、という問いだ。
銀髪の少女はその美貌をもって土浦氏と交渉を始めた。
「私たちが同行することはできませんか?」
月崎に見つめられて若干動揺している土浦氏。
そのプレッシャーは分かる。
「……君たちのことは信用しているが、桃に万が一のことがあってはな。知らんものが乗っていては明らかに不審だろう?」
通報するなと言われなかったから通報した人間でも、やはりここまでくれば慎重になるらしい。
顎に手を当てて思案する月崎かわり、俺も案を出す。
「娘さんの知り合いで中学生か高校生の方はいませんか? 習い事先でも何でもいいです」
俺の問いに、今度は土浦氏が唸り始めた。
そこへ先ほどから土浦氏の背後に立っていた執事らしき男性が口を開く。
「僭越ながら、時見様と奏様としてはいかがでしょう。いろいろと相談に乗ってくださる桃様の高校生のご友人とおっしゃっていました」
知らない人が出てきたが、なんでもいいだろう。どちらも中性的な名前だから性別について言及しなければバレまい。
「それで行くか」
「はい」
土浦氏と月崎が了承して、大体の方向性が決まった。
後は金だが……。
「金はすでに用意してある」
さすが、資産家だな。
感心していたのも束の間、まるでどこかで聞き耳を立てていたかのように土浦氏の携帯が鳴り始めた。
険しい表情で取り出されたのは、スマホではなく、折り畳み式の携帯電話だった。
幸いなことに周囲の車通りが少なく、耳を澄ませば、わずかながら相手の男の声が聞き取れた。
「金は容易できたんだろうな」
「ああ。もちろんだ。本当に桃は帰ってくるんだろうな?」
「ちゃんと金を持ってきたら、桃……嬢ちゃんの安全は保障してやる」
「分かった。ただ、一つ条件を付けくわえさせてもらいたい」
「……なんだ?」
やや低い声に緊張が滲んでいたが、電話先の声を聞いて土浦市は俺と月崎に目配せをする。恐らく確認のつもりだろう。
俺達は迷わず首肯した。
「桃の知り合いの高校生が心配しているみたいでな。同行を強く願っているのだが、連れて行ってもいいだろうか?」
「ああ、それぐらいなら構わない……ああ? うっせえな。お前は黙ってろ!」
そこで音が途切れた。どうやら通話が切れたらしいが、ただならぬ雰囲気だ。
「くそ、待っていろ、桃!」
悔しそうに携帯をしまうと土浦市は助手席に飛び乗った。
「おい、行くぞ。君たちは後ろに乗れ!」
そうして間もなく、車と共に事件は静かに走り始めた。
しばらく車を走らせていると、周囲から都会の喧騒も消え去り、完全に山に囲まれた道となった。
土浦氏の話しによれば、犯人はトランクに金を積んでおくように指示したらしい。
前列では助手席の土浦氏が呪文のように娘の名前を唱えつつ、運転席から執事が声を掛けて慰めるという光景が繰り広げられていた。
月崎は相も変わらぬ表情で、美術品の様に綺麗な手を覆う薄い手袋を直しながら外の風景を見つめている。
春先で、まだ冬の名残のある木々の風景と少女の銀髪が美しい絵になっていた。
「なにかしら?」
どうやらこちらが見つめていたことに気付いたらしい。
「いや……」
どう説明したものか。
いや、これはアレだ。困った時の話題すり替えってやつだな。ゴロが悪いけど。
「この事件、犯人の動機はなんだと思う?」
「ホワイダニット、ね。人は善人であり悪人である。だから信用できないし、考えるだけ無駄だと思っているわ」
「その善悪論には同意だな。ただ、俺は人の利益は価値観によって異なるからだと思っている。だから犯人の価値観が分からない以上は不明だが、逆に犯人の価値観が分かれば推測できるものだと思う」
「それで、分かったの?」
「分からないから訊いたんだろうが。犯人の情報が少なすぎるんだよ」
「そうかしら? 追加で教えてあげるなら犯人は非常に短時間で犯行を行ったそうよ」
なんのヒントだろうか、まさか……。
俺は違和感を覚えたので、揺さぶりをかけてみる。
「動機だがな、俺は、この事件、少なくともただの愉快犯のしわさではないと思っている」
「……当たり前でしょう?」
何を言っているの?
そう疑いを通り越して哀れみすら感じる視線だった。
大変腹立たしいが、一つ収穫はあった。
どうやらこの事件、俺と月崎で推理が異なるらしい。
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