結成編 幕間 ~side M・T~

 時刻は少し前に遡る。


 僕、天藤樹人が琴乃ちゃんからの頼まれたスイーツの数々を買い集めてアネモネへ帰りスタッフルームのドアを開けると、部屋にはスイーツの依頼主と受付の青木さんがいた。


 僕は躊躇いなく、いや、むしろねぎらって欲しいと思いながら声を掛けた。


「はい、琴乃ちゃん、頼まれてたスイーツだよ。それで今は何してるの?」


 僕の声……というよりもスイーツという単語に反応して、琴乃ちゃんがバッと振り向いた。


「待ってました!」


 トットッと嬉しそうに寄ってきたおかげで見えるようになった琴乃ちゃんの机には、なんとトリプルディスプレイのPCが設置されていた。琴乃ちゃんの端末が繋がれて、画面に何か大量の文字が流れてるからデータ移行中かな?


 それにしても、一応、アネモネ側は勉強机ってことで置いたと思うんだけどね……。


 僕の視線に気づいたのか、疲れたような青木さんが事情を説明してくれる。


「実は、琴乃さんの要望で、中古でいいからPCが3台欲しいということでして、倉庫に眠っていたものを持ってきました」


「別に画質は気にしないし、CPUに関しては自分で最新のに代えればいいからね」


 女子力満点の甘いものを頬張る姿から語られる、深いPC知識の構見える発言。


 翡翠姉さんがどうして大和を気に掛けるのかも謎だけど、彼女もやっぱり不思議な子だなあ。


 折角なので僕は訊いてみた。


「琴乃ちゃんって、いつ頃から機械触ってるの?」


「うーん、あんまり覚えてないんだけど、聞いた話だと私が3歳の時、ピアノを覚えさせようと思ってグランドピアノ買ったんだって。でも、それと同時に届いたパパのPCばっかり触って全然ピアノ触らなかったから育て方間違えたって言ってた」


 英才教育のためにグランドピアノ買ってもらうということはもしかしてお嬢様かな?


「ちなみに、検索履歴復元してママに褒められたのと、パパがかわいそうなことになってたのは覚えてるよ」


 おっと、パパさん、まさかの「娘に検索履歴を復元される」を経験しているとは。


 ご愁傷さまです。


 と、ここで青木さんも話に入ってきた。


「琴乃さん、ハッキングってどうやってやるんですか? 実は実際に見たことが無くて……」


「あたしはオリジナルのツール組んでるから我流だよ?」


「何でも構いません。是非見せてください!」


「……そろそろデータの移植も終わったみたいだしいっか!」


 つられて琴乃ちゃんの机を見てみると、確かにPCが起動していた。


 ふんふーん、と鼻歌を歌いながらシュークリームを手に自分の机へ向かう琴乃ちゃん。


 ちなみにそのシュークリームは僕の昼食より高かったよ……。


「えっと、まずはこの子を起動して……」


 何やら始まったらしく、青木さんも覗き込んでるけど、残念ながら僕はあんまり興味がない。そんなことより剣道したいな。アメリカにいた頃、いろんな武道を仕込まれたけどアレが一番楽しかった。いっそのこと剣道部に入ってみるのも……。


 僕が高校から入る部活に思いを馳せていると、キャッキャと女子会の声が聞こえてくる。


「ここをこうして、こうすると……ほらロックが出て来るでしょ? でもこのままだと本人に通知が行くからここで一工夫しないと行けなくて……」


「おお、すごいです琴乃さん! まるで魔法みたいです」


「ふっふっふ。今日から私は大魔導士春音様と拝みなさい」


「ははー。春音様素敵です」


 なんかお嬢様学校の先輩後輩みたいになってるけど、年逆だよね? 後、肝心な大魔導士が抜けてるし、そもそも今日からって、君たち今日が初対面だろうに。


 思わず脳内でツッコミの羅列をしていると、それに構わず二人の声が響いてくる。


「はい、これでハッキング完成! 今これで天ちゃんのスマホを捜査しているのと同じ状態になったわけ」


 そんな楽しそうにハッキングなんてしたらダメだと思うんだけど……って、なんだって⁉


「琴乃ちゃん、聞き間違えだよね? 今僕のスマホをハッキングしたって聞こえたんだけど?」


「うるさい! そんなこと言う子はこうだ!」


 どこか楽しそうな掛け声とともにカタッと捜査する音が聞こえてくる。


 直後、青木さんの悲鳴が聞こえてきた。


「きゃあぁぁ、琴乃さん、なんて画像出してるんですか!」


「いやいや青木さん、男の子ってみんなこうですよ。まったく、最低ですよね」


 恐る恐る足を忍ばせて近づきディスプレイを覗き込むと……そこには見覚えのある写真たちが並んでいて……いや、僕は知らない。こんな破廉恥な画像初めて見た!


 そんなボクに気付いてか、琴乃ちゃんが不敵な笑みを浮かべて語る。


「ふーん。天ちゃんの好みは黒髪でお姉さんタイプか。ということは青木さんも守備範囲?」


「えっと私、ちゃんと責任を取ってくれるなら天藤さんでも……」


「私は好みじゃないからパスで」


 なんか好き放題言われてるような。


 ちなみに、青木さんはもうちょっと目つきが鋭い方が僕の好みだし、琴乃ちゃんは童顔だから論外なんだけどね。というかそもそも僕には心に決めた人が……。


 内心で仕返しに色々毒ついていると、琴乃ちゃんが悟り顔で続きを語った。


「それにしても隠し方が下手だね、天ちゃん。本当に隠したい画像は秘匿フォルダーに入れるんじゃなくて、さぞ普通のファイル名を、画像を圧縮した状態で入れるんだよ。そうじゃないと容量で分かっちゃうからねっ」


 語尾にキランと付きそうな感じで言う琴乃ちゃん。


 僕にとってはただただ腹立たしいんだけど……まあ、午前に話した銀髪ちゃんよりはマシかな? 何せあの女は事もあろうに翡翠姉さんを……いや、今は考えないようにしよう。


 翡翠姉さんのためにも、割り切って絶対にチームを作らなければ。


 そんな僕の決心を茶化すように琴乃ちゃんが口を開いた。


「おお、天ちゃん、ちゃんと圧縮ファイルのマル秘フォルダー作ってるじゃん、どれどれ……」


「それはダメ!」


 僕の静止が背中を押したようにニマリと笑って解凍を始めようとする琴乃ちゃん。


 そこには翡翠姉さんの隠し撮り写真がぁぁぁ。


 いろいろと社会的な死を防ぐためにアネモネ殺人事件が起きる直前、勢いよくドアが開かれた。


 背まである黒い髪に、すべての人を魅了する瞳。女性らしい体つきもさることながら、しっかりとした芯の強さをうかがわせる美貌。


 入ってきたのは僕の女神こと、月崎翡翠姉さんだった。


「琴乃ちゃん! 大変、大和君と蛍が喫茶店でデートしてるみたい! 盗聴したいからハッキングして。でもってタイミング見て、さっき土浦さんに身代金要求の電話がきたこと伝えて」


 うん、この公的な義務よりも私欲を優先するあたり翡翠姉さんだ。


 僕のファイルなんか一瞬で頭の隅から消え去ったように、喜々として大和のスマホをハッキングし始める琴乃ちゃん。


 それにしても、どうやら事件が動いたみたいだ。



 頼んだよ大和。翡翠姉さんのためにもね。

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