結成編9
「悪い、少し待ってくれ」
「ええ。こちらも急ぎだから」
そう言って互いに声を潜めてスマホを手にする。
やや熱を持ったその画面には、「琴乃春音」と表示されていた。
……アイツとアドレス交換した覚えが無いんだが。
戦々恐々として受話器の表示を押すと、やはり琴乃の声が耳に飛び込んできた。
「ふっふっふっ、シノッチがアタシを語るのは百年早いよ!」
「百年は腐れ縁が過ぎるだろ」
「べ、別に告白じゃないんだからね‼」
「安いツンデレどうも。それでなんの用だ、ハッカーさん? 人のスマホを使って盗聴とは悪趣味だと思うんだが」
「もう、連れないなぁ」
俺の冷たい反応に、口をとがらせている様子が目に浮かぶ。
この浅い付き合いで話そうとした俺にも非がないことはないだろうが、それにしたって、同級生のスマホをハッキングはやりすぎだろう。おかげさまでまだ日中なのにスマホの充電が10%を切っている。
「シノッチは検索履歴も事件のことばかりでつまらなかったよ。まあ天ちゃんは色々収穫が……って、あたしのケーキ! 分かった、話さないから!」
何やら向こうで荒れた音が聞こえてきた。どうやら樹人はカワイソウなことになったらしい。
一人の男子として樹人に同情していると、一段落したのか、琴野が戻ってきた。
「それで、シノッチ。聞き込みはどうしたの? まさかほーちゃんとデートするために分かれたとは思わなかったよ」
そのほーちゃんとやらは何やら真剣な眼差しで電話をしている。どうやら何か進展があったらしい。
それにしても見られているのを完全に忘れていた。
俺は動揺を悟られないように、極めて冷たい声を意識して問う。
「べ、別に俺にそんな下らない話をするために電話しちぇ……てきたんじゃないだろ。本題は?」
「お、おお。そこまで露骨に動揺されると揶揄いがいがあるよっ! ……ゴメン、本当に邪魔しちゃった?」
「違う。そういう気遣いは要らないからさっさと本題に入れ。さっきから目の前の月崎が睨みつけてくるんだよ」
「そうだった! 実はね、例の誘拐された女の子、土浦桃さんのお父さんに身代金要求の電話がかかって来たんだって」
「なっ、もっと早く言え! 詳細は?」
「あと三時間で
場所を忘れたのか言い淀む琴乃。今からそれだけの金額を用意するとなると、時間的にもかなりギリギリだ。
「で、犯人が警察に連絡したら娘の命は……とか言い忘れたのをいいことに、関係各所に連絡してるらしいよ」
したたかだな、被害者のおじさん。
それにしても、誘拐は4日前なのに、この半端なタイミングで身代金要求か。
ふむ。パーツが揃った気がする。
俺は無意識に足を組み、右手を丸めてその中に息を吹き込む。何やら琴野が騒いでいるが、スマホは机に放置だ。
ピアノの習い事だけ徒歩で行く少女。
話しかけてきた男性。
監視カメラの死角を突いた誘拐。
半端なタイミングでの身代金要求。
……なるほど? これなら犯人の利益は説明できるが、それにしては出来過ぎているような……。
ということは……。
思考が高速で回転し、熱を帯びる。
そうして、長いようで短い時間を経て、ようやく真実にたどり着いた。
顔を上げた瞬間、ハッとしたように目を見開いた月崎と視線がぶつかった。
「「この事件の真相が分かった」」
大きな声でもないが、完全に声が重なりチラホラと周囲の視線が向く。
不敵な笑みを浮かべた二人が同じ言葉を放ったのだから不思議に思ったのだろう。
互いにこの場で推理を確認することはせず、月崎はどこかに電話をかけ始め、俺は急いでスマホを手に取ると、いつのまにか不自然に静かになった琴乃に問うた。
「この件に関するアネモネの方針は? 何か指示があるだろ」
しばしの沈黙。
「私からの指示はただ一つ。真実を見つけること。正義は問わないわ」
その大人びた、妖艶な声には聞き覚えがあった。
「月野……いや黒崎支部長ですか?」
「残念。支部長の時は白崎でした!」
「すいません、区別は百年かかっても無理そうです。それで、月野先生は何故そこに?」
再度しばしの沈黙、そして……。
「ああ、シノッチ聞こえる? 月野先生は仕事があるって言って、もう行っちゃった……」
次に聞えてきたのは、呆然とした琴乃の声だった。
相変わらず、暇なのか忙しいのか分からない人だな。
それにしても真実を見つけ出せ、正義は問わない、ね。
粋な指示をくれるものだ。
俺が早口で琴野にある指示をしたのと同時に、ついにスマホのバッテリーが切れた。
何か聞きたそうな琴乃の声が耳に残るが……自業自得ということにしておこう。
問題はこれからどう動くかだが……。
月崎はスマホをスカートにしまい、こちらを向いた。
俺が問うより早く、月崎が口を開く。
「行くわよ」
「どこへ?」
「決まっているじゃない」
そう言って怪しげな笑みを浮かべて立ち上がった月崎が、席を離れる前に立ち止まる。
「どうした?」
「その……」
頬を朱く染め、何やら恥じらうように顔を伏せている。
いや、決まっていないし早く行き先を教えて欲しいんだが……。
何か説明するのが恥ずかしい場所にでも……いや、そんなベタな。
俺が脳内に浮かぶいかがわしい店舗を次々に思考から排除していると、ついに月崎が動いた。
「残り、手伝ってくれないかしら」
そう言って差し出されたのは数個残されたサンドウィッチ。
ああ、食べきれなかったのか。
自分の妄想を恥じながら、これを見た俺の感想はただ一つ。
締まらないな、これ。
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