結成編8
「情報交換はどうかしら?」
俺が無視するかどうか悩みながら結局嫌味の一つくらいは言うべきか、と結論を出しかけたところで、例の死神にして、現在の俺たちの勝負相手である月崎蛍はそう口にした。
そして、特に言葉を交わすことも無く、彼女の背中を追って喫茶店に入った。
いや、一応焼き鳥を片方食べるか聞いたが「毒かもしれないから要らないわ」と断られた。毒はお前の方が潤沢だと思うんだがな。
ちなみに、妙な緊張であまり味わえなかったとだけ感想を述べておく。
街道の角に店を構えるこの有名チェーンの喫茶店は、昨日入った隠れ家的な雰囲気とは異なり、こじゃれた音楽に明るい空間で店舗もそこそこに広かった。
ロイヤルミルクティーを注文して座席へ向かうと、月崎が座る机の対面へ腰かける。
サンドイッチを小さな口で食べるその姿を眺め続けても良かったのだが、ある程度食べ進めたところで月崎が話始めた。
「先に言っておくけれど、私は人を信じないわ」
「はぁ」
話の先が見えず、思わず変な声を上げてしまった。
「だから、貴方の言葉も信じないけれど、悪く思わないでね」
なにやら挑発かと思ったが、どうやら単に前置きをしていただけらしい。
そんなこと言われなくても、数回あっただけの人間を信用しないのは自然なことだと思うがな。
先日の一件で、見事に俺を誘導してくれた樹人を思い出す。
とはいえ、それなら俺が呼ばれた要件はどういうことなのだろうか。
「人の発言を信用しないなら、情報交換は意味がないんじゃないか? それともアレか、俺は人じゃない、みたいな婉曲な罵倒か?」
「被害妄想が過ぎるわね。人語を正しく話す生物は今のところホモサピエンスしか確認されていないわ。よってあなたは人間よ」
「極めて腑に落ちない証明なんだが……」
「いいじゃない。真実が導けるのなら」
そう区切ると、一度カップに口を付けて、再度月崎は話始めた。
「それと同じことよ。あなた個人は信用に値しなくても、複数人の発言を集めて篩に掛けることで、真実が見えてくるわ」
「ご高説もっともで」
おそらくそれがコイツの信条なんだろう。
まあいい。俺も自分の信条に照らすなら、利益にならない、こういう非生産的な時間は嫌いだ。
「それで、そんな信用ならない人物から何を訊きたいんだ? でもって、そちらは何の情報を提供してくれるんだ?」
月崎は相変わらず小さな口で食べているサンドウィッチを飲み込むと、その真直ぐな瞳でこちらを覗いてきた。
「私は先ほど追加で聞いた調査情報を渡すわ。その代わり、あの二人について、貴方が知っている範囲での情報が欲しい」
「俺の情報は?」
「いらない」
「さいですか……」
いや、別に欲しいと言われても話す内容もないんだが、そうもキッパリと断られるとな……。
傷心を誤魔化すように一つ浮かんだ疑問を尋ねた。
「さっきは要らないっていいていただろ。どうして急に方針を変えたんだ?」
「だから、言ったじゃない。人の発言は信用できないのよ。……特に自分を語る言葉はね」
「一理あるな」
「とはいえ、あなたたちが足手まといになるという事象にはなにも疑問はないのだけれどね」
「一言余計だ」
要するに、あの時は個人に興味が無いから聞かなかった訳ではなく、信憑性が薄いから聞くだけ無駄だと判断したということか。確かに自分話だと盛る奴は多いので納得できる。
互いに軽口を叩くと、月崎は飲み物にその桜色の唇を付けてから話始めた。
食べるペースが明らかに落ちてきている気がするが、今は気にしないことにしよう。
「私が訊き込みを行ったのは、先程あなたがいた焼鳥屋の亭主と古本屋のレジをしていた女性、そして、この喫茶店の従業員よ」
俺が予定したところを既に回っていたらしい。
「その人物たちはいずれも、毎週二回ほど少女は目撃していたそうだけれど、不審な人物を見た覚えはないと言っていたわ」
「週二回、それが習い事の回数か。それにしても数週間前から視線を感じていたのなら、ストーカー辺りの目撃証言は期待できるかと思ったんだがな」
「残念ながらそのような人物はいなかったそうよ。ただ……」
「ただ?」
妙に溜めるな。それと、完全にサンドウィッチに手が伸びなくなってますよ、月崎さん。
月崎はやはり飲み物だけを口にして、やや声を潜めてその言葉を口にした。
「先週の始め当たりに、被害者が男性に話しかけられていたらしいわ」
「それは怪しすぎるだろ」
「ええ。だから今、監視カメラにその映像が映っていないか探してもらっている」
そう言って、話は終わりとこちらを見てきた。どうやら、今度はこちらの番らしい。サンドウィッチは見捨てられたのか、と思いきや、かなりスローペースだが、再度手を伸ばしている。
その姿をやや微笑ましく思いながらも、俺は情報の対価を払うことにした。
「あの二人の情報だったな。俺もまだ会って二日だから詳細は知らんぞ?」
「構わないわ」
「まず、琴野だが……」
そう言いかけた瞬間、俺と月崎のスマホが同時に鳴り始めた。
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