結成編7

 無事に昼食を取り終えたところで、琴野がふと思い出したように口を開いた。


「ところで、入る前に言ってたほーちゃんに勝つための作戦ってなに?」


 ……そう言えば俺が余計なことを言って、話題を強引に逸らすために入ったんだったな。


 口を拭いた紙を丁寧に折り畳み、今度こそ、と言わんばかりに樹人は自信ありげに告げる。


「犯人は監視カメラの死角で犯行を行ったと言っていただろう? なら、監視カメラの位置までしっかりと把握していたと思うんだ」


 これに関しては同意だ。被害者の女の子が二週間前に視線を感じたという点を踏まえても納得できる。


「だから、この辺りの監視カメラを数週間単位で確認して、共通して映っている人物を探すのはどうだい?」


「そっか。そこでアタシの出番なんだね!」


「その通り! 直接言って説明して見せてもらう手間も省けて、彼女よりも早く真相にたどり着けるって手筈さ」


 名案でしょ? という様に語る樹人と楽しそうに頷く琴乃。


 まあ、捜査としては妥当な所だろう。なんなら顔を特定した後も警察やら政府機関やらのハッキングをして氏名の特定までしてくれたら完璧だ。


 そんなことを考えながら水を口に運ぶ。


 ただ、この作戦だと一つ疑問が残った。


 無垢な顔で、同じ疑問を琴乃が口にする。


「それで、天ちゃんとシノッチは何するの?」


「僕たちは……どうする大和?」


「決めてないのかよ……」


「琴乃ちゃんが頑張れるように」


「どう応援してくれるの?」


「……」


 いや、こっちを見るな。


 さすがに頭を使う作業の背後で騒ぐわけにもいかんしな。


 脳内でチアガール姿の樹人を想像しかけ、慌てて現実にもどる。


 虫をデザートに使うような発想をしてしまった。

 ……デザート?


「なら、甘いものでも差し入れで持っていってやる」


「おお! それはちょっと嬉しいかも……」


「なら僕もそれで」


「うん。ありがと!」


「食べすぎて太るなよ?」


 過度な注文をするな、と冗談交じりに釘を刺したつもりだったが、まるで縫い固められてしまったように琴乃が硬直する。


「……ねえ大和、デリカシーがないとモテないよ?」


 別にモテたいとは思わないが、こんな些細なことで嫌われるのは損だな。


 仕方なく謝罪をしようとした時、琴野が壊れたようにブツブツ呟き始めた。


「……肥満……Ⅱ型糖尿病。神経障害に始まって、網膜症、最後には腎臓がやられて透析に……」


 地味に詳しいな。


「あれ、琴乃ちゃん健康オタク?」


「違う。アタシは健全なオタク!」


「健全なオタクってなんだよ……」


 健全じゃないオタクにいくらか心当たりもあるが、今は深堀しない。それよりも続く琴乃の発言の方が問題だった。


「まあ、大丈夫! アタシまだ若いから! だからたくさん差し入れお願いね?」


 そう人を引き付ける可愛らしい笑みと同時に、俺と樹人が貢物みつぎもの係に就任した。


 だが、出費が多いと踏んだ俺はすぐに辞任を申し上げる。


「ああ、そう言えば誰かしら直接、人からの聞き込みが必要だな。やっぱり俺はそちらを担当させてもらおう」


「えっ?」


「了解! そっちも頑張ってね。じゃあえっと、天ちゃんに差し入れて欲しいのはね……」


 そう言って楽しそうにリストを挙げ連ねる琴乃。


 なにやら店名まで指定していらっしゃった。


 端から見ている分にはかぐや姫の欲しいものリストを一人が押し付けられている感じだ。


 樹人が仲間になりたそうな目で見つめているが、人の案を横取りした罰だろう。


 少々晴々とした気持ちで俺は聞き込みの方針について考え始めた。




 やや込んできた店内を後にして、早速アネモネの部屋へ戻った琴乃と、貢物を探しに行く樹人を見送りながら、俺は現場である路地へ向かった。


 サボっても良いが、そうするとこれからハッキングされるであろう監視カメラたちに俺の同行が目撃されてしまうのだ。


 そんなことを考えつつ気付けば現場へ着いていた。


 路地、と言えば薄暗い壁の間の道を思い浮かべるが、実際には車が一台通れる程度の道路だ。道沿いには昼間だからか、シャッターの閉じられた飲み屋が並んでおり、勿論人気ひとけはない。ただ、意識して監視カメラを探すと、ビルの入口など思いのほか取り付けられていたため、死角を探すのは苦労しそうだった。


 適当に歩いている人がいれば話を聞けるかと思ったんだが……。


 ここから見える範囲で日中に開いている商業施設は、少し離れた角にある喫茶店と、古本屋と入口で小窓を設けている焼鳥屋。最有力はここか。


「いらっしゃい! ご注文は?」


「……もものタレとネギまの塩で」


「はいよ」


 俺が近づくと、白いタオルを頭に巻いた、若干無精ひげを生やした職人らしき格好の中年店主に注文を訊かれた。


 俺は適当に目に付いた二本を選んでから店主に尋ねる。


「先週、この辺りを小学生の女の子が通りませんでしたか?」


「ああ、先月くらいからチラホラ見かけたね。何やらキョロキョロして不思議な子だったよ」


 店主は器用に焼き鳥にたれを塗りながら、大して思い出す素振りも無く答える。


 周囲を見回していた、ということはその時点で視線を感じて、ストーカーを探していたのか?


「初めて見かけたのはいつか覚えていますか?」


「いや、だいぶ前だからなぁ」


 ということは、視線を感じて犯人をおびき出すために入った訳ではなく、純粋に帰り道だったのか。


 そこまで話を聞いたところで、中央を厚紙で仕切られた紙コップに刺された、二本の焼き鳥が差し出された。先ほどやや早めの昼食を取ったはずだが、香ばしい匂いに鼻孔をくすぐられてしまう。


 お礼を言って立ち去ると、食べ歩きながらも次の古本屋へ向かおうとしていたところで、人影が視界に入った。


 理屈の上ではここに居ても不思議はない、ただ、その存在そのものが違和感のある、銀髪の少女が。

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