結成編6

 犯人はもう一度現場に現る。


 現場百遍。


 レインボーブリッジ封鎖します!


 このように、現場の重要性を語る格言はいくらでもある。


 ……最後のは何か違う気がするが、気にしないことにしよう。


 まあ、とにかく何が言いたいかというと、

「現場は見に行かなきゃね」

 という樹人の言葉が全てを示していた。


 そんなこんなで、アネモネを出て歩くこと二十分強、無事に現場に月崎が示していた場所に着いた。


 青木さんに車も出せるがどうするか、と訊かれて一応断ったものの、悲鳴を上げる両足が頼めばよかったと主張している。


 日差しが出てポカポカと暖かい気候なのは不幸中の幸いだった。


 日向ぼっこの感覚でぼんやりと路地を眺めていると、ため息交じりに琴野が口を開いた。


「それで天ちゃん、自信満々に宣戦布告してたけど、何か作戦でもあるの?」


「それなんだけどね」


 待ってました、と言わんばかりに口を開く樹人。


 そう言えば青木さんを絶望させないために訊いていなかったな。


「琴乃ちゃん、ハッキングできたでしょ?」


 ちゃん付けって女子同士だと二人でも姦しく見えるが、男子がするとチャラ印象を受けるだけだな、と率直な感想を抱きつつ何気なく口を挟んだ。


「月崎を追って、アイツが犯人を捕まえる直前で妨害して搔っ攫う、とか言うなよ?」


「大和……」


「シノッチ……、それはない、それはないよ……」


 やや引かれながら言われると数倍傷つくんだが。


「まあ、アレだ。冗談だ。疲れたし、適当にその辺の喫茶店でも入って聞き込みがてら離さないか?」


「うん、賛成!」


 苦し紛れの話題替えに、琴野が真っ先に飛びついてくれたおかげで話が逸れた。


 まあ、実際に本気ではないのだから、攻められるいわれも無いんだがな。


 気付けば時刻は11時を回っており、ちょっと早めの昼食と称して、喫茶店ではなく近くのファミレスに入った。



 まだ人の少ない店内はシフトの都合か従業も少なく、その従業員すら窓の外の通りをぼんやりと眺めているほどだった。


 適当に案内された窓辺のボックス席に座ると、隣に座る樹人が間にメニュー表を置いてくれる。


 軽く礼を言ってから、ゆっくりと捲られるページを見て注文を思考していると、メニュー表を持った琴野が困ったように、けれども楽しそうに口を開いた。


「アタシ、こういうところで食べるのって初めてなんだよね。美味しそうな絵が多くて迷うなー」


「親御さんが厳しかったのかい?」


「うーん、まあそんな所かな。こういう所に来れるって家出冥利に尽きるよ!」


「「家出⁉」」


 嬉しそうに語る何気ない会話にとんでもない単語混ざっていた。

 0.5のシャー芯を買ったと思ったら0.3だったような驚きだ。

 毎回なんであれに気付けないんだろうか……。


 俺がシャーペン会社の陰謀を疑っていると、俺達の反応が過剰だったためか、琴野が慌てたように手を振った。


「ああ、別に喧嘩してきたとかじゃないよ? ただ、寮に入るのを入学手続きが終わるまで教えなかったから怒られたくらいで」


 なるほど。確かに家出だな。ただ、思ったより平和そうで何より。


 地雷ではないと踏んでもう少し訊いてみることにする。


「何でギリギリまで言わなかったんだ?」


「まあ……あれだね。娘の行くところくらい知ってて欲しかった、ってところかな。パパもママも忙しいのは分かってたんだけどね」


 どこか寂し気に話す琴乃。


 ……どうやら地雷を踏み抜いたらしい。


 昔から爆発物処理班的な節があると兄を含めた知人には繰り返し言われてきたという実績は伊達ではないらしい。毎回、踏み抜くという意味でだが。


 もっとも俺からすると、子供特有の発想が不思議でならないのだ。今回なら親に寮に入ることを伝えないメリットが分からない。伝えるメリットなら五万と思いつくのに。


 まあ、俺も未成年という意味では子供なんだがな。


 とはいえ、爆発させてしまったからには責任は取らないといけない。が、琴乃の意見に同意することもできない。


 よって何か思う所でもあったように、ポーカーフェイスのままメニュー表を眺めている樹人に話を振る。


「樹人はどうだったんだ?」


「そうだね。天ちゃん、アメリカに居たんでしょ?」


 琴野も暗くなった雰囲気を変えようと思ったのか、話題に乗ってきた。


 樹人は相も変わらず微動だにしないポーカーフェイスと作り物であろう笑みを浮かべて俺達の問いに応える。


「僕のところは……まあ、普通だったかな。父さんが日本人だったのと、両親の仲があまり良くなかった程度で」


 雰囲気が更に暗くなる。


 今日は散々だな。


 更なる悪化を防ぐためか、琴野が期待を向けた様に俺の方を向いた。


「シノッチはどうだったの!」


 やめろ。その期待に応えられるような過去は持ってないんだよ。


 頼みの樹人は諦めた様にお子様ランチのメニューに目を向けていた。


 救援は望めないと判断し、俺はやむなく、何事も無かったように平然と、淡々と語る。


「……うちは両親が三年前に事件に巻き込まれて他界してるからな。祖父母は優しくしてくれたが……」


 そこまで言ったところで琴野は限界が来たように絞り出すように謝ってきた。


「何かごめんなさい」


「いや、メンバーが悪かっただけだろう。これに関しては誰も悪くない」


「そうだね。そういうことにしよう」


「二人ともメニューは決まったかい?」


 会話はこれで終わり、というように樹人が俺達に訊いてきた。


 視線の先を視ると、なぜか店員が目元にハンカチを当てている。


 店員の呼びベルに手を掛ける樹人に待ったを掛けながら、慌ててメニューを選ぶ面々だった。

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