結成編5
琴野が諦めたようにタブレットペンを取り出すのを確認して、下らない茶番というように彼女のやり取りを眺めていた月崎が小さくコホンと咳払いしてから再度話始めた。
「私が訊き込みをした結果、現時点で大まかな誘拐現場と思われる場所は判明したわ」
そう言って、地図アプリを起動させると、拡大してある路地を示してくる。
周囲には喫茶店やビルが立ち並ぶ一方でやや寂れた雰囲気があり、人通りは少なそうだ。確かにここなら自動車でも使えば簡単に誘拐できるかもしれない。
「近くの目立った監視カメラは確認したけれど、完全にカメラの死角を突いた形で誘拐されていたから犯人の特徴は不明ね」
「車のナンバーは分からなかったのか?」
「ええ。匿名の垂れ込みをしておいたから、今頃、警察が血眼で探しているんじゃないかしら?」
確かに警察だけだと心もとない……とか書いてあったな。普通に誘拐事件だし、警察が動いているのも当然か。
アネモネは警察の下部組織として計画されていたというのは公然の事実だが、独立した現状で対立しているのか共闘しているのかは地域によって違う。匿名ということはあまり協力的ではないのかもしれない。
「他に何か質問はあるかしら?」
月崎の問いに俺は依頼書を読んだ時点で気になっていた点を尋ねた。
「依頼人の土浦だが、職業は?」
「IT会社の社長ね。10年前に創業して以来、営業実績は良好だわ」
さすがに調べてあったか。
それにしても親が社長ということは被害者の少女は社長令嬢ということになる。
「犯人側の動き、例えば身代金の要求はきたのか?」
「今のところ無し。けれど、被害者が2週間くらい前に誰かに見られているという話をしていたそうよ」
週単位で監視していたとすると、計画的な個人を特定した誘拐だが、社長令嬢とは知らずに誘拐したのかということか。
……何か引っかかるな。
「それにしても、十二才の女の子を誘拐するなんて、よっぽどのロリコンか変態だよね。いや、ロリコンは変態か」
何気ない琴乃の言葉に同意しかけるが、そもそも犯人が男性と決まった訳ではない。まあ、ロリコン=変態かどうかについては、議論しないでおく。
とはいえ、犯人の目的が、犯行による利益が分からない以上、監視カメラから自動車の特定を急ぐくらいしかなさそうだ。
今後の方針について考えていると、質問がないと判断したのか月崎は静かに立ち上がった。
「どこへ行くんだ?」
「捜査に決まっているでしょう?」
「ならアタシ達も……」
その琴乃の言葉に月崎が顔をしかめる。
完全に仕事の邪魔をするなという感じだな。
落ちていく花びらのように、雰囲気の悪化は止まらない。
パン。
そこに決着を着けるように樹人が自分の頬を叩いて立ち上がった。
月崎をハッキリと見据えて樹人は宣言する。
「今回の事件、月崎さんと僕ら三人で競うのはどうかな?」
「競う? 何をかしら」
「事件の解決を、だね。要するに僕らの実力を見せつければいいわけだろう?」
「なるほど。なら、私が勝ったらチームは即解散ということでいいかしら?」
負けることなど微塵も想定していないように、不敵な笑みを浮かべた月崎が告げる。
「もちろん。ただ、この件が片付いたら僕らのチームに入ってもらうけどね」
売り言葉に買い言葉という形式で樹人も間髪を入れずに返した。
一見二人の相性が悪いだけに見えるが、その実、樹人が執拗に月崎に絡んでいるだけだ。樹人にとって何が癇に障ったのか知らないが、これで一段落ついてくれることを祈るとしよう。
「手間が省けて助かるわ。では、お先に失礼するわね」
ドアの向こうへ進む少女の姿は凛々しさすら感じさせるものだったが、その輝きは自信からくるのか、彼女の積み上げた経験から来るのかは分からなかった。
去り行く銀髪を見送って、青木さんが思い出したように慌てて口を開く。
「ああ、もう! 皆さん絶対に勝ってくださいね! じゃないと私が怒られるんですから……」
「任せてください! 僕たちが絶対に犯人を捕まえて見せますよ!」
「本当にお願いしますよ……」
すがる様に樹人を見る青木さんの表情をみて、その発言は明らかに捕まえられない人の発言だ、と指摘するのを堪える。ここで不安を煽るのは百害あって一利なしだ。
そうして、部屋の中央で俺達が出発の準備をしていると、青木さんが樹人に一枚の用紙を渡した。
「これはチームの申請用紙です。一番上がリーダーで他は順番に関係ありませんが、絶対に直筆でお願いします。どうか、無事にケイちゃんを捕まえてくださいね!」
なんだか、月崎が犯人みたいな言われ方をしているが、間違えても犯人を捕まえる直前の月崎を捕まえたりするなよ……?
勿論です!と張り切る樹人は早速用紙に自分の名前を書いた。
上に一人分の空白を空けて。
「お前がリーダーじゃないのか?」
「いや、リーダーは大和がいいと思う」
「は?」
なんで俺がそんな面倒なことをしないといけないんだ?
俺が苛立ちの籠った視線を突きさすと樹人は口角を上げると爽やかな笑顔で言った。
「だって、面倒な書類仕事とか得意そうだし!」
「そうだね!」
思わずその言葉に唖然としてしまった。
理由を聞いて真っ先に同意した琴乃も同罪だな。
……コイツ等、絶対に痛い目に合わせてやる。
そう誓いつつもすぐに署名する気になれなかったので、紙は部屋に置いたまま、適当に今後の方針について話しながら部屋を出て行く。
こうして、勝手に無意味な勝負が始まってしまった。
実に不毛だが、険悪なまま誘拐事件を調べるよりは幾分かマシだろう。
そう思うことで俺は心の平穏を保つことにした。
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