結成編4

 何やら騒がしい顔合わせも済んだところで、月崎の抗議は彼女の姉である月崎理事長……月野先生に直接相談するという形で話がまとまった。


 今はひとまず青木さんから話があるということで、四人全員が席に座った形だ。


 なお、月崎と樹人は相性が悪そうだったので、俺と琴乃の無言の意思疎通が成立し、二人が対極になる様に男女で座っている。


 まだ先ほどの重さを引きずっているのか、入口側に立った青木さんがワザとらしく明るい声で話始めた。


「それではまず簡単な自己紹介から。私はこのアネモネ七王子支部の受付をしている青木優枝と言います。優しい枝と書いて優枝です。よろしくお願いします。えっと皆さんの自己紹介は……」


「青木さんは資料に目を通しているので不要、私は自己紹介には興味がないので不要、三人は既に知り合いのようですので省略していただいて結構です」


「何でさ!」


「やめろ、樹人。月崎がそう言うなら俺も同意見だ」


 ハッキリと不要を宣言する月崎に突っかかる樹人。

 理由を言っている相手に対して何故という問いはいただけない、というのもあって俺が止めに入った。


 その行動に月崎を含めて全員が意外そうな顔をしているが、俺の信条も関係してくるので仕方ない。


 こういうのは初対面が……というのも良く言われる言葉だが、唯一自己紹介を聞く価値のある月崎が要らないと言った。誰も得るものが無いならそれは無駄な時間であり、利益を生まない行動は損に等しい。よって自己紹介は不要だ。


「なら、皆さんには自然に仲良くなってもらうとして……」


 俺の意図とは異なる青木さんの言葉に月崎が露骨に顔をしかめるが、それを無視してなおも話は続く。


「今日は早速、皆さんに事件を追っていただいたく思います」


「いきなり⁉ アタシ達、今日が初めてなんだけど……」


「大丈夫です。ケイちゃんが一人でしていた捜査を手伝ってもらうだけですので」


 その言葉を聞いて、脳裏に小学生くらいの女児の写真が蘇る。


「それは少女の誘拐・行方不明事件ですか?」


「東雲さんやりますね! これが探偵の勘ってヤツですか……」


「シノッチ凄い!」


 何気ない言葉で心に靄がかかる。


 何やら感心されているが、俺に探偵の才能なんてない。


 それは本物の探偵に言われたことなので間違いないだろう。


 俺が否定しようとしたところで月崎が淡々と口を挟んだ。


「昨日私が出会った時に見せただけです。もっとも、何も情報を得られなかったので時間の無駄でしたが」


 何というか、カンニングを告発された上に、誤った解答を写したと指摘されている気分だ。

 まあアレだ。カンニングはダメだな。


 期待を裏切られてジト目を向けてくる琴乃と青木さんの視線に謂れのないダメージを受けつつ、青木さんの続きの説明を聞いた。


「捜査の進展はケイちゃんから話してもらうとして、まずは依頼情報をお伝えします」


 そう言うと青木さんは手に持っていた紙を一枚ずつ配った。


『依頼人:土浦竜馬

 氏名:土浦桃

 依頼内容:行方不明の娘の捜索

 詳細:火曜日に習い事から帰ってこない。警察だけでは心もとないのでこちらにも依頼した。服装はフリルの白いカーディガンに青いスカート。髪型は肩までのストレート。笑うとえくぼができるところがとても可愛らしく、最近は反抗期なのかめったに笑顔を見せないが、誕生日プレゼントに送った髪飾りを見た時の一瞬の天使の笑顔には日頃の疲れを全て晴らしてくれるような……』


 そこまで読んで、顔を上げた。


 ……後半の情報要らなくないか?


 読んでいて精神的に……というのもあるが、純粋に主観が入り過ぎていて情報として使い辛い。


 顔を上げていた俺の目が疲れたと勘違いしたのか、全員分の紅茶を持ってきてくれた青木さんは苦笑いしている。


「紙の書類って面倒ですよね。もう少ししたらアネモネの探偵用アプリが完成するそうなので、そうしたらこの手続きが面倒な依頼書ともおさらばなんですけど」


 疲労感を滲ませる青木さんに、お疲れ様ですと手を合わせておく。


 元々読んでいたであろう月崎が退屈そうに口を開いた。


「もういいかしら? こちらの進展状況も話したいのだけれど」


 その言葉に顔を上げる琴乃と紙に視線を向けたままの樹人。


 この二人……というより、樹人をどうにかしないとこの険悪な雰囲気は続きそうだ。


 無論、月崎はまるで興味がないというように話始めた。


「依頼主の土浦竜馬さんに詳細な話を聞いたわ。いなくなったのは書いてある通り今週の火曜日、つまり4日前。習い事のピアノの帰りだったそうよ。他にも華道や柔道などの習い事をしていて、他の場所へは車で送るそうなのだけれど、ピアノだけは本人の強い希望で徒歩で通っていたそう」


 そこまで言って月崎は話を切った。


「あなたたち、メモは取らなくて大丈夫なの?」


 二度話す気は無い、という強い声に一瞬ペンを取り出すか迷うが、別に問題ないだろう。


 授業中も板書は取らない派の俺にメモは縁遠いものだし、そもそもメモするほどの情報量でもない。


 頷く俺とだんまりを決め込む樹人に代わって琴野が胸を張って答えた。


「全部録音してるから大丈夫だよ!」


「あ、ごめんね琴乃ちゃん。この部屋、録音禁止だから」


「ええぇ、そんなぁ」


 四コマ漫画の勢いで青木さんの指摘を受け、琴乃は悲鳴を響かせながらスマホの録音機能を停止した。


 個人情報保護の為だろうか? 月野先生といいコスプレ少女といい、俺の情報ももう少し丁寧に扱ってもらいたいものである。


 琴野が諦めたようにタブレットペンを取り出すのを確認して、下らない茶番というように彼女のやり取りを眺めていた月崎が、小さくコホンと咳払いしてから再度話始めた。

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