結成編3

 割り振られた机に自分の荷物を置くと、端末を取り出して琴乃の正面に腰かけた。


 開いたのは教科書……ではなく数独のアプリだ。縦横枠内に1~9の数字を入れて穴を埋める新聞の付録などで有名なゲームだが、幼少期からといているだけあって完全に趣味として定着している。


 受付で青木さんに待てと言われたので待つこと数分。特に互いに話すことも無く、各々の作業をしていると、不意に部屋の外から話し声が聞えてきた。会話というよりは抗議だろうか。


「これまでも私一人で十分でした」


「それはそうだけど、アネモネの方針もあるし……」


「それは誤認逮捕を抑制するためです。私の実績なら不要です」


「アネモネの方針があるし……」


「どのみち私一人で解決するならチームを組む意味がありません」


「でも、アネモネの方針が……」


 少女の苛立ちの籠った声にお役所的な返答が渡される会話。まるで哀れなプレイヤーとNPCの会話である。


 そんな哀れみ半分の気持ちで話を聞いていると不意に部屋のドアが引かれた。どうやら他人事ひとごとではなかったらしい。


 受付の青木さんに連れられて、苦い顔をしながら入ってきたのは見覚えのある非現実的な容貌に流れる銀髪。


 昨日の朝、出会い頭に銃を突き付けられた、見た目は妖精、中身は死神の少女であった。


 ソファーに腰かけたままの俺と一瞬目が合い、少女は小さくため息をつく。


「おい、今なぜため息をついた?」


「気のせいじゃないかしら。ちょっと大きめの呼吸よ」


 不思議そうにこちらを見る樹人と琴乃を無視し、少女は改めて青木さんに向き直ると冷たく告げた。


「チームは不要です」


「もう、ケイちゃん。いい加減にしないとまた、お姉さんに怒られるよ?」


「怒ったのは私の方です。強引に高校編入をさせた挙句、勝手に担任になったと思ったら、自己紹介まで。そして今度はチームを作っといたなんて……」


 怒りのせいか、少女の握られた拳がわなわなと震えている。


 今の会話で大体の事情は予想出来たが、気付かない振りをしておくべきか否か。


 少女に同情はするが、ひとまず月野先生の脳天に穴が空かないよう祈るくらいはしておこう。あの人がいなくなると折角の兄への手がかりが無くなるからな。


 困ったような笑みを浮かべる青木さんに助け舟を出すか迷っていると、少女は決定的な一言を言い放った。


「やはり、チームは不要です。ただの足手まといでしかありません」


 一瞬にして部屋の空気が凍り付いた。


 鮮度の高い状態で気まずい空気が保存されている。


 窓を開けて換気するにも、まだ季節的に外も肌寒いし……。


「黙って聞いていれば言いたい放題じゃないか。僕たちが足手まといになるって保障はあるのかい?」


 やや怒気の籠った声。


 意外なことに、この状況に介入したのは樹人だった。


 入口と自分の机前に立つ少女と樹人が睨み合う。


 俺と琴乃はソファーから静観を決めた。


 そして琴野に関しては何故まだ漫画のページを捲っているのか……。


「逆に訊くけれど、あなたたちが役立つ保障はあるのかしら?」


「月野先生が推薦してくれた」


「それは所詮一人の人間の予想に過ぎないわ。根拠に乏しいし、そもそも自分の有用性を他人に求める行為が見苦しいのだけれど」


 辛辣な評価だが正論で、付け入るスキがない。


 だが、樹人も負けじと返した。


「僕は武術には自信がある。犯人と争いになった時は役立つと思うよ」


「犯人と争いになる時点で探偵としては三流ね。そもそもこれでいいじゃない」


 そう言って彼女のポーチから取り出されたのは一丁の白い拳銃。


 その銃口を樹人に向けて少女は淡々と言い放った。


「あなたは武術に自信があると言うけれど、これは躱せるのかしら?」


 引き金に掛けられた指。


 さすがに冗談だと思いたいが一触即発にも見える。


 だが、樹人もポーカーフェイスを崩してはいなかった。


 いつの間に取り出したのか、琴乃が困った表情を浮かべながら、女の子らしい丸い字の書かれた端末をこちらに向けてきた。


『シノッチ、どうにかして!』


 ……どうにかとは?


 一瞬琴野を盾に少女から銃を奪い取る作戦を思いついたが、流石にそれは人として気が引ける。


 とはいえ、実際にどちらかが手を出してからだと、決定的に修復不可能な関係になりかねない。それは今後、大変不本意ながら探偵のバイトの障害になるものであり、つまりは兄に関する情報収集の障害となるということ。ここで止めるメリットには十分か。


 どうしたものかな。


 俺は悩みながらゆっくりと立ち上がり、ひとまず少女の注意を逸らす方針をとる。


 死神がこちらをめつけてきた。


「ひとまず落ち着け、月崎蛍」


 俺が名前を呼ぶと死神少女……もとい月崎はわずかに目を見開いたが、すぐに元の冷酷な表情に戻り口を開く。


「あなたに名乗った覚えは無いのだけれど?」


「俺は東雲大和だ。俺も名乗った覚えが無いからここで名乗っておく」


「そう。非常に不本意ながら癖で覚えてしまうのよ、容疑者の名前は」


「不本意はお互い様だ。俺は人の名前を覚えるのがどうにも苦手なんだが、入学式に姉に自己紹介してもらうヤツは初めてで俺も覚えてしまった」


「っあ!」


 売り言葉に買い言葉で返したが、どう収集をつけたものか……。


 そう悩みつつ白々しく感情の無い会話をしていたが、一周回って空気を読んだ琴乃の無邪気な声に遮られた。


「そっか、入学式休んでたほーちゃんなんだね!」


 ……ほーちゃん?


 琴野よ、あだ名はつければいいというものではないぞ。


 なんならイジメに発展する恐れがある……ので俺のシノッチという恥ずかしい呼び方も直してもらえないだろうか。


「ちなみに、私達はみんなケイちゃんって呼んでます」


 光明と見たのか、それまで様子を伺っていた青木さんがここぞとばかりに話に入ってくる。


 ケイちゃん……蛍を音読みしたのか。


 まあ、何でもいい。これ以上この会話に参加するのは俺にとって無益だ。


 そう判断すると、琴乃と変わるようにして、俺はソファーに座り直して再度端末を広げた。


 その間際に樹人を見たが、コイツも毒気を抜かれた様に自分の机に座っていた。


「私はどちらも許可した覚えは無いのだけれど……」


 嘆きにも聞こえる、嫌そうに呟く月崎の声が響く。


 その言葉に激しく同意し、仲間意識から内心で助言をしてみた。



 その異議申し立てする時間は無益だ、と。

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