結成編 ~囚われの姫と雇われた狼~

結成編1


 旅とは何だろう。


 見ず知らずの場所へ行くことだろうか。


 苦境へ立ち向かうことだろうか。


 地図も無く進むことだろうか。



 いずれの意味にせよ、現在の俺の行動は旅と表現できる。


 土曜日の午前9時。それが、探偵会社アネモネを探し、旅に出た時間だった。


 渡された手書きの図面は、マップというよりも宝の地図に近い。


「近くに行ったら看板があるから分かるよ」


 一時間前、仕事の邪魔になるのは申し訳ないと思いながらも、去り際に渡された読めない地図に文句を言って、返ってきた言葉を信じここまで来たのだが……。


 距離的には学生寮から十分程度の位置だが、右往左往したせいで既に三十分以上経っている。先ほどようやく、地図もどきに書かれたビルに入ったファミレスを見つけ、その五階に『探偵会社アネモネ』という社紋であろうシンプルな看板が掲げられていたのを確認した。


 だが、困難は続く。


 入口が無いのだ。


 2~3階がネットカフェになっていることから、絶対に階段があるはずなのだが、見つけたのは非常階段のようなむき出しでさび付いた物のみ。


 無論、初めて行くバイト先に非常階段から登場する訳にもいかず、懸命に入口をさがしてビルの周囲を回る不審者と化していた。


 なんなら先に警察へ着きそうな具合である。


 その甲斐あってか、背後から誰か近づいてくる足音がした。


「君、迷子だね?」


 理知的で明るい少女の声。


 俺が振り返るとそこには、先程までの俺に勝るとも劣らない不審な人物が立っていた。


 見た目は完全に同年代だが、雰囲気から察するに年は二個上くらいだろうか。黒く長い髪を靡かせ、ワイシャツにネクタイを締めてベストにケープを羽織り、短パンのようなスカートを穿いている。そして何より強い存在感を放っているのは頭にのせた茶色のベレー帽だった。


 この恰好を分かりやすく言うならば、探偵内で神格化されがちなシャーロックホームズ のような装い。またはアニメや漫画に出てくる探偵のコスプレでも通じるだろう。


 とはいえ、この見た目、場所で探偵以外は考えにくい。まあ、下フロアのネカフェにコスプレして来た可能性もあるが……。


 どちらにせよ、この建物に入れるなら問題はない。


 俺は恐る恐るそのコスプレ少女に尋ねた。


「アネモネに行きたいんですが、入り方が分からなくて……」


「ああ。ここは初見殺しだからね」


 そう苦笑いを浮かべると、少女はファミレス横にあるコンクリートの塀との隙間を猫の様に入って行った。


 隣のビルとの隣接点のため、完全に建築上の関係の路地と思い込んで確認しなかったのだ。


 だが、ベレー帽を追いかけて数歩進むと、急に視界が開け、そこには一台のエレベーターが設置されていた。壁には各階の案内があり、入口であることを示している。


 エレベーターに乗り込み五階を押すと、ベレー帽が話しかけてきた。


「二年前、一階にあるファミレスの店長が勝手に店舗を拡張させちゃってね。それ以来、入口が分からりにくいから仕方ないよ。一応ホームページには入り方の動画も載せているはずだけど……」


 ホームページ……。その手があったか。


 こんな古臭い宝の地図など捨てて、素直に文明の利器に頼れば良かったのだ。


 内省しつつ、他人事のように教えてくれる先輩の話を聞き流していると、急に俺の全身を眺め回してきた。


 人にこのような視線を向けることには慣れていても、される側はあまり経験が無い。


 エレベーターが早く着くことを祈りながら、なんとなく身を捩る。


 僅かな浮遊感を感じて、到着を告げる無機質な機械音声を聞き届けると、空いたドアから出て行くベレー帽は告げた。


「アネモネへようこそ、東雲大和君!」


 どうやら、またしても俺の名前は知られていたらしい。


 この会社の個人情報の扱いはザルのようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る