奨学編5
「「「きゃあああああああ」」」
突如、三人の女子生徒の悲鳴が教室に響き渡った。
何事かと思って顔を上げると、樹人が俺の背後、即ち窓の外を呆然と見て呟く。
「今、窓の外で人が……落ちて……」
「なっ⁉」
「えっ⁉」
樹人の声に俺と琴野は慌てて外を見るも、さすがに影も形もない。
悲鳴で静まり返った教室に樹人の声が響いたのだろう。
慌てて窓際の男子生徒が外を見ようとするが、閉められた窓に貼られた『ペンキ塗り立て。触るな』という張り紙に足踏みをした。
それを見た先ほど叫んだ女子生徒の一人が慌てて同じテーブルの生徒に、
「ねえ、ちょっと様子見に行かない?」
と言って、その生徒共々、慌てた様子で部屋を出て行く。
その行動に弾かれた様に、漠然と見ていた学生たちが次々と後に続いた。
彼らの慌て様は入学式の浮つきもあってか、その光景は宇宙人が校庭にでも降りてきたような、半ばパニックに近い光景だった。
樹人や琴乃もついて行こうと立ち上がるが、俺は静かに手ぶりだけで引き留める。
「何をしてるのさ、人が落ちたかもしれないんだよ⁉ 大和も早く」
「そうだよ、シノッチ!」
この二人が何に慌てているのかは不明だが、俺は深く腰を据えたまま動かない。
「無駄だ。これだけの人数が行ったんだ。誰かしらが救急車や警察を呼ぶだろう。第一、俺達が行ったところで何ができる? ここは四階。それよりも更に上から落ちてきたということは、素人が応急処置して助かるレベルじゃない」
俺が小さくそう告げると二人とも力が抜けたように椅子に座る。
だが、座るや否や琴乃は何かが乗り移ったように、先程とは比にならないレベルで端末を操作し始めた。
ふと周囲を見れば教室に残っているのは俺達三人だけだ。
ほどなくして端末を操作する琴野がポンッとキーボードを叩つけた。
「二人とも、監視カメラのハッキングできたよ! けど……」
何をやっているのかと思えば……この短時間でハッキング?
情報量が多いがツッコミよりも琴野の黙りこんだ理由が気になって、こちらに向けられた端末を覗き込んだ。
そこに映っていたのはコンクリートの上を先ほどの生徒たちが何かを探すようにウロウロと歩き回っている光景。やや離れたところで業者のトラックが走り去るのが映っていた。
「ここ場所は?」
「ここの真下に一番近い監視カメラだよ」
「……つまり」
最も現場に近いカメラに写っていないということは、
「うん。消えたみたい」
俺の言葉を埋めるように琴野が神妙な面持ちで告げた。
全員がその事象を理解するために、空白の時間が生じた。
飛び降りた人が消えた?
「……意外と軽症で、自分で動いたとかないかい?」
「いや、先も言ったが、四階以上から落ちたとなると、トラックがクッションになったとしても驚いた運転手がブレーキを踏むだろうし、仮に受け身を取っても骨折は免れないだろう。つまり、自力で動いたとは考えられらない」
俺も最初にその可能性を思いついただけあって樹人の説を即否定する。
今度は琴乃が口を開いた。
「途中でしがみ付いたとかはない?」
「それなら下りた生徒たちが見つけているんじゃないか」
「それに今日は入学式だけで用事の無い学生はこの棟に立ち入らないから窓が開いているとも思えないね」
琴野の仮説を俺と樹人で否定していた時、突如画面が暗転した。
「あー。ごめん、ここまでみたい。さすがにこの端末じゃこれが限界かな」
すぐさま琴野が自分の方に端末を引き寄せて何やらカタカタしているが、諦めたように画面を落とした。
「……今のはハッキングなのか?」
琴乃と話していると本当に耳か頭が壊れたのではないかと疑う出来事が多くて困る。
俺が恐る恐る聞くと琴野が自慢げに頷いた。
「そう。アタシの特技の一つ! でも、やっぱり携帯端末じゃ厳しくて……。今のも逆探知されそうになったから強制的に接続が切れたんだ。ちなみにコードは自前だよ!」
その眩しい笑顔と現実に目を背けながら、俺は録画を数分前まで遡るべきだったと逃避を兼ねて後悔する。
現状で分かっていることは二点。
・人が飛び降りたこと
・下には何もないこと
何か、重大な勘違いがある気がするが、どうにもその正体が分からない。
俺は思考が堂々巡りに陥りそうなことを自覚しつつ思考する。
すると、樹人が大げさに口を開いた。
「それにしてもびっくりしたなあ。顔は見えなかったけど、人が落ちるのを見るなんて一生に一度あるかないかだよね……」
「スカイスポーツでもやったら?」
「それだと僕が落ちる側じゃないか」
樹人と琴野の雑談を聞き、途切れかけていた線が繋がり始めた。
「樹人、お前、顔は見なかったのか⁉」
「うん。背中向けて頭から真っ逆さまに落ちていったかな。あっけに取られてちょっと覚えてない所もあるけど、靴下だったのは覚えてるよ。自分で靴を脱いだんじゃない?」
「なら自殺の可能性が高いかもね」
琴野の言葉を無視し思考する。何となく分かった気がしたが、一点だけ樹人に確認することがあった。
「なあ、樹人。お前、この学校に知り合いはいるか? 生徒、職員問わずだ」
「えぇ、酷いよ大和。友達だと思ってたのに……」
「そうではなくて!」
ワザとらしく泣き真似をする樹人に思わず声を荒げてしまった。
俺の慌てぶりを見て満足したのか、人の悪い笑みを浮かべた樹人が答える。
「冗談だって。今日以前の知り合いってことでしょ? 残念ながら先月までアメリカにいたからね。こっちに来てから知り合った人物は誰もいないよ。入学式もギリギリで入場したから、朝この学校に来て生徒教師を問わず、最初に話したのが大和だ」
「……そうか」
若干違和感のある言い回しだが、その満足のいく答えを聞いて、先の行動を水に流そうと決めた。
俺は半ば無意識に足を組み、右手に握りこぶしを作ってその中に息を吹き込む。
その動作を引き金に、これまでの点が線となり、その線が像を描く。
「……そう言うことか」
俺の呟きに樹人と琴野が目を輝かせて反応した。
「大和!」
「何か分かったの⁉」
事象は分かったが動機が分からない。
人は自分の利益のために行動する。なら、この件について犯人の利益は何なのか。
だが、それは本人に確認すればいいだけの話。
俺は返事の代わりに軽く頷くと、扉の向こうに影が揺らめくのを確認して、大きめの声を出すため少し息を吸い込んだ。
「月野先生。ちょっとこちらに来ていただけませんか?」
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