08話.[なら大丈夫だろ]

 終業式。

 3月いっぱいまで1年生という決まりがあるみたいだが、俺にとってはもう終わったようにしか感じなかった。

 終業式なんだからおかしくもないよな、区切りをつけるために4月になったら進級するということになっているのだろうが。

 俺としては俊が吐いてくれることを望んでいるからこれでいい。


「空いてて良かったね」

「平日だからな」


 明日から俺らは春休みでも社会人の人達にとっては関係ないし、まだまだ学校に行かなければならない人達もいるからこんなものだろう。


「光ちゃんと綾祢がいないなら丁度いいや、光ちゃんのことなんだけどさ」

「おう、あ、その前にドリンクバーだけでも頼もうぜ」

「そうだね」


 どうせ最大でも1時間ぐらいしかいないだろうからドリンクバーだけでも許してほしい。

 どこで話すことになったって彼女達が唐突に訪れるリスクはあるが、今回のこれは可能性を低くするためと、たまには利用したいという考えが俊の中にはあったんだと思う。


「注いでくるよ、浩二はコーラが好きだよね? コーラでもいい?」

「おう、悪いな」

「気にしないでよ、今日は付き合ってもらっているんだし」


 自分から切り出してくれて良かった。

 さて、光のことでどのように話をしたいのか。


「はい」

「ありがとよ」

「ふぅ」


 どうやら言いにくいことのようだって……当たり前か。

 ただ、馬鹿な俺みたいに勢いで口にしなければ可能性はあると思うけどな。

 俺の方は残念ながら家から追い出されたので終わりだけども。


「僕、光ちゃんのことが好き……だと思う」

「そうか」

「光ちゃんもいっときのことではなくいまも僕といたいって言ってくれているから……」

「なら大丈夫だろ、そりゃ不安にはなるだろうけどな」


 正直に言って断言できなくたってそれでいいのだ。

 大事なのは俊から好きだという言葉を聞けたこと。

 なにより綾祢に対するそれだって教えてくれなかったのに、光に対してのそれは教えてくれたのだから感謝しかなかった。

 信用してくれているとかでなければこんな大事なことは言えないだろうからな、これからもずっとそうしてもらえるように頑張りたい。


「次は同じクラスになれたらいいなって考えてるよ」

「ということは俺とはなれなくてもいいということか、まあそりゃ野郎なんかよりも自分の好きな異性といたいわな」

「そ、そんなこと言ってないよ」

「冗談だ、本気にするなよ」


 寧ろ嬉しいよ、初めて自分の気持ちを優先して動いてるって分かりやすくいてくれているんだから、これまでは俊の意思なのか困っている誰かがいるからそうしているのか分からなかったからいい。


「上手くいくといいな」

「うん、今回は駄目になっちゃう前に決めるよ」


 俺は最初の春休みをゆっくり過ごそうと思う。

 最近は光ともあんまり一緒にいられなくなったから寝ることができることかね。


「浩二はどうなの?」

「あー、俺らはまだまだ現状維持って感じだな」

「急いでもいいことはあんまりないからね、それにどうしたって慎重になるものだから」


 慎重にならずに転びながら彼女になってくれとかぶつけて追い出された奴がここにいるが。

 いや本当に大袈裟でもなんでもなく「帰って」と言われて帰るしかなかったんだ。

 あれから挨拶程度しかできなくなってしまった。

 だから言ったんだけどな、勘違いするようなことをするなって何度もさ。


「はぁ……」

「本当は上手くいってないの?」

「ん? いや、もう暖かくなるだけだと考えたら嬉しいと思っただけだ」

「僕もそれについては助かるよ、布団から出るのにも時間がかかるからね」


 ある程度のところで退店。

 ま、あのとき光とちゃんと仲直りして良かったとしか思えない。

 また友達としていればいいだろう、それすら無理ならもう諦めるしかない。


「今日はありがとう」

「いや、教えてくれてありがとよ」


 寄り道をしても仕方がないから素直に家に帰った。

 制服を適当に脱いでベッドにダイブする。


「あー……」

「なに唸ってる?」

「あ、おかえり」


 もうすっかりなくなってしまった部屋に来るという行為。

 だからこそなんか嬉しかった、例え変な声を聞いたからであったとしても。


「さっきまで喫茶店にいた、パフェが美味しかった」

「はは、良かったな、俺らはジュースを飲んで帰ってきたぞ」

「それって俊とだよね? いいな」

「それなら女子だけで行動せずに誘えば良かっただろ?」

「……恥ずかしかった、前とは違う」


 いいよな、女子は照れているだけで異性が気にしてくれるからな。

 こういうところでさえより高評価になる理由にしかならない。


「あ、下に綾祢が来てるよ」

「そうか、ま、麦茶とか準備してやってくれ」

「行かないの?」


 残念ながら勇気が出ないんだ。

 無謀と大胆は違うんだよな、俺のは前者だった。

 なんだかんだ言いつつも受け入れてくれるような雰囲気が出ていた……気がしていたのに。


「連れてきてあげ――あ、来たんだ」

「うん、ちょっと光は下に行ってて?」

「分かった、ご飯作ってる」


 おいおい、まだ4時間ぐらいゆっくりしていてもいいぐらいだぞ。

 あ、単純に昼食ということか、光は結構食べるからパフェだけでは足りないんだろうな。


「ふたりきりになるのはホワイトデーぶりだね」

「そうだな」


 あのときみたいに彼女とは反対の方を向いて寝転んでいた。

 少し納得のいかないところがあるのだ、これについては謝らないぞ。


「こっち向いてよ」

「いや、もう休みモードだからな」

「お願いだから」


 仕方がないから反対を向いたら目の前に彼女の顔があった。

 別に不安そうとか悲しそうとか楽しそうとかそういうことはなく、ただただ無表情で。


「やっぱりこの前のこと、気にしているの?」

「そりゃそうだろ」

「ごめん、あんな追い出し方をしたりしたらそうなるよね」


 そこだ、それがあったからこそここまで引きずっているのだ。

 そういうつもりがないなら言葉でぶつけてくれれば良かった。

 そりゃもちろん付き合えた方がいいに決まってはいるが、相手に我慢させるのは違うからな。


「パフェ美味しかったか?」

「うん、今度浩くんも連れて行ってあげるよ、あっちの県ではオレンジジュースしか飲まなかったからあんまり経験もないでしょ?」

「そうだな、今度は4人で行こう、それでお祝いしてやろうぜ」


 パフェ代を出してやるだけで光は喜んでくれる気がする。

 俊にもたまには出してやればいいだろう、好きな子が好んで食べる物を自分も好きになれたらいいだろうし。


「ふたりきりのつもりだったんだけど」

「ま、それとは別のときに行けばいいだろ」


 ふたりきりになるのを避けたり望んだりと忙しい人間だ。

 よくずっと一緒にいたと思う、結局エロガキ脳が求めていたから少しの粗は見えないようにできていたのだろうか。


「……怒ってる?」

「納得できないところはあるぞ、あれならまだ真っ直ぐに断ってくれた方がマシだった」


 魅力がないのは分かっているから断りたくなるのも無理はない。

 でも、すぱっと切り捨てる義務があると思う、遠回しな感じは俺には無理だ。


「ごめん……夜もふたりだと思ったら急に恥ずかしくなって」

「多分俺の部屋だったら綾祢は家に帰っていたよな」

「その場合はあれだよ、光の部屋に逃げていたかも」


 後からはっとなる人間だというのは分かっていた。

 後から「これは不味くない?」って困った顔で聞いてきてな。

 だから違和感はないが、関わっている身としてもう少し考えてから行動してもらいたいもの。


「ねえ……あのとき言ってくれたことって本当?」

「それこそ適当にあんなことを言ったりしないよ、ずっといてくれた綾祢だから言ってるんだ」


 また避けられても嫌だから光にいてもらうべきだっただろうか。

 かなり不安だ、大抵は学習せずに同じ結果になって後で悔やむことになるからさ。


「……浩くんは昔からちょっと距離があったからこうなるなんて思わなかった」

「言い訳がましくなるけど俊がいなければもっと大胆だったぞ。俺はまず間違いなく中学時代の綾祢を止めてた、って、口では簡単に言えるけど実際は嫌われて終わっていただろうな」

「光はいいの?」

「光は自分のしたいように行動している、だから俺も自分のしたいように行動しているんだ」


 最初は義理の姉と! とかって漫画の読みすぎだってツッコまれるようなことも考えていたような気がするが、途中から綾祢といる時間も前より増えて変わっていったんだ。


「……じゃ、私もしたいように行動する」

「おう」


 彼女はこちらの手に触れながら、


「……私も好き」


 と、答えてくれた。


「一見、勝手にやればいいって言っているように見えるけど実は心配してくれているところだったり、不安なときに大丈夫かって声をかけてくれるのが嬉しかったの。あとは前も言ったと思うけど、好きな人ができたときに頭ごなしに否定することなく私が決めたことだからって言ってくれたのも嬉しかった。結果は……悲しい感じだったけどさ、その後も責めることをしないでいてくれたから」


 全部俊もそうだろと言いたい内容ではあったものの、そうかと答えるだけにしておいた。

 俺なんか1番糞だけどな、その好きになった相手が良くない相手だと分かっておきながら綾祢が決めたことだからと言い訳をして逃げた。

 冗談でもなんでもなくずっと俊には怒っていたし、その対象に自分も加わることは避けたかったからだ。

 だから本来は褒められることなんかじゃない、寧ろ振られてから優しくしようとする最低野郎としか言いようがない。

 その点、俊は立派だった、だからそういうことを言ってもらえる権利があると思っていたのだが、……どうなるのかなんて分からないものだな。


「ありがとな」

「うん」


 別に俊から奪ったというわけじゃないから後ろめたさを感じる必要はない。

 昔が駄目だったのなら、いまから彼女にとっていい人間であれればいいと思う。


「なにか危ないことをしようとしていたら俺は今度こそちゃんと言うからな」

「しないよ、私も浩くんが変に遠慮をしていたりしたらちゃんと言うからね」

「ああ、言ってくれればいい、そうしないと勇気が出ないときもあるからな」


 頑張ろう、今度は綾祢の彼氏として。

 関係を長期化にするためにもいい要素と言えるものが増えたらいいとそう考えたのだった。

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