07話.[相手をしてくれ]

「綾祢……なんで俺にはくれなかったんだよー」


 彼女がいることがいまの俺には逆効果だった。

 つか今日が当日なんだからこんなうざ絡みをしているのが逆効果かもしれないが。


「そんなに食べたかったの?」

「……あんなこと言われたら期待するだろうが」


 別に無理ならいいとか言っていたのは強がりに過ぎない。

 光が俊に集中してしまったいま、もう味方は綾祢しかいないのだ。

 が、その彼女は自分のベッドの上に寝転んでファッション雑誌を読んでいるだけ。

 生殺し状態とはこういうときのことを指すのだろうか。


「あと相手をしてくれよ」

「じゃ、なにがしたい?」

「そう言われると……困るな」

「でしょ?」


 だからって適当に放置されるのはもっと困るぞ。

 駄目だな、指示待ち人間だから社会に出てから苦労するだろうな。

 俺がしたいことってなんだ? いつもみたいに寝たい……か?


「転んでもいいか?」

「いいよー」


 なんか上をぼうっと見ていることが好きだ。

 別に転んでしまえば自分のだろうが異性の部屋だろうが関係ない。

 匂いだってそう変わらない、消臭剤とかそういうやつの匂いだから。


「綾祢、手を貸してくれ」

「今日は甘えん坊さんかな? はい」

「……だって光にも貰えなかったしさ」


 0個なんて初めてだった、義理チョコでも毎年貰っていたから。

 そういうのもあってかなりショックが大きい、直前に作ってくれる的なことを言ってくれていただけに余計に。


「もー、帰る前に渡そうと思っていただけだよ」

「あるのかっ?」


 大袈裟でもなんでもなくがばっと起き上がった。

 そんな俺を微妙そうな顔で見つつ「あるよ、クオリティはその……あんまり高くないかもだけど」と彼女が答えてくれる。


「ありがとな! 綾祢がいてくれて良かったっ」

「もう……大袈裟だよ」


 上げて落とす作戦だけはやめてほしい。

 が、彼女はそんなことをする人間ではないから安心しておけばいいだろう。


「昔から浩くんは子どもっぽいところがあるよね」

「それでいい、元々ちゃんと成長できているとは思っていないからな」

「そういう素直な反応は可愛くていいと思うけど」


 ……絶対に男して見られていないよなこれ。

 そうでもなければそのままがぶりとアイスを食べたりしないし、手だって握らせようとだってしないだろうから。

 とはいえ、ここで男だと分からせようとしたらまず間違いなく然るべきところに行くことになるからできないと、つまり詰みという状態のわけだ。


「なあ、俺も一応男なわけなんだけども」

「うん、それを分かっているからこそくん付けで呼んでいるわけですからね」

「……大人しく手を握らせてくれたりするところが男扱いされてない証拠だよな」

「なんで? 別に手を握らせてあげる=で繋がらないと思うけど」


 手を離して目を閉じる。

 いや待て、今日の絡み方は滅茶苦茶気持ち悪いんだが。

 気をつけなければあっという間に嫌われて終わりだぞ。


「浩くん?」

「……悪かった、今日はうざ絡みをしてしまって」


 両目を腕で覆って見られないようにする。

 そうすれば大抵のことは気にならない、悪く言われても多分大丈夫なはずだ。


「ふふ、よしよし」

「やめろよ」

「やめないよ、だってちゃんと謝れるいい子だから」

「やめろって――」


 そういう表情は俊の前だけで見せるんじゃなかったのか。

 俺がどこかから戻ってきた際に俊にだけ見せていたものだ。

 こちらに気づいても笑ってはくれたが、それとはまた違う感じのもの。


「うん? 私の腕を掴んでどうしたの?」

「いや……」

「今日は浩くんらしくないね」


 もちろんすぐに離して彼女に背を向けた。

 こんなことをしているぐらいなら帰った方が100億倍ぐらい落ち着く時間を過ごせるのは分かっている、だけど何故かそうしようと本能がしてくれないのだ。


「どうしたの? なにかあるならちゃんと言わないと」

「なんにもない、俺にはなんにもないんだ」


 だからなにもしてやれない。

 仮に求めて付き合えたのだとしても、そこから先で駄目になって終わるだけだろう。

 付き合って終わりではない、それどころか付き合う前より楽しく大変な生活が待っている。


「俊には全部言わせたんだからさ」

「やっぱり聞いていたのかよ……」

「だって味見してほしかったんだもん、そうしたら俊とこそこそしていたからさ」

「ちゃんと聞いておこうと思ったんだ」

「そうなんだ、とりあえず起きて」


 体を起こして少し距離を作る。

 あぐらではなく意味もなく正座に座り方を変えてから彼女を見た。


「ということは聞いていたんだよな? 俊の中にないってことは」

「うん、結構早くから2階の廊下にいたから」

「そうか。まあだからつまり、そうやってはっきり聞いておくことが必要だったんだ、だって俊の中にそういう気持ちもないのに綾祢に頑張れなんて言っても悪い結果にしか繋がらないから」


 光はいま自分の意思で俊に近づいている。

 俊はその相手をきちんとしてあげているが、本当のところを知りたかったんだ。

 光や綾祢だけじゃない、俊のことだってちゃんと知ろうとしてやらなければすぐに自分の気持ちを我慢して応えようとするから必要だった――ということを全部ちゃんと言っておく。


「でも、もし綾祢の中にはあるなら――」


 彼女はこちらの手を掴んで首を小さく左右に振る。

 あれがあるまでは実は彼女も好きだったとか、そういうのだろうか。


「もうこの話はいいよ、言っても仕方がないことだもん」

「そうか、悪い……」

「謝らないんじゃなかったの? 謝るぐらいなら言うべきじゃないっていつも言ってたよね?」

「……今日のは俺が悪いから」

「変わったところもあるんだね、身長とか以外にも」


 それはそうだ、良くも悪くも生きていたら様々な変化が出る。

 もちろん、根っこのところは変わらないから「変わらないなあ」ってもっと歳を取ってからお互いに言い合うんだと思う。

 理想はそうやって言って笑えるぐらいの歳まで一緒にいることだ。

 俺らにそれができるだろうか?


「今日はもう帰って休みなよ、また明日話そ」

「おう、分かった」


 外に出たら滅茶苦茶寒くて身を縮こまらせた。

 それでもんーっと伸びをしたら少し良くなり、家へとゆっくりと歩を重ねていく。


「待って待ってっ、はいっ」

「おう、ありがとな、大事に食べさせてもらうわ」

「うん、それじゃあね」

「じゃあな」


 なにもなくて良かったと思う自分と、なにもなくてがっかりしている自分と。

 彼女の方から解散と言われて出てきていることになるから引っかかるのかもしれない。

 それでもこの小さな紙袋がなによりもの報酬だ、感謝しておけばいいかと片付けた。




「ほい、バレンタインデーのときはありがとよ」

「ちょっ、ここで渡すとか……」


 3月。

 卒業式が終わり、期末テストが終わり、ホワイトデーになった。

 彼女の教室で渡すことになったのは申し訳ないと思う。

 が、放課後は予定があるしいま渡しておかなければならなかったのだ。

 しかも朝に相手をしてくれなかったのは綾祢だからしょうがない。


「足りなかったら言ってくれ、綾祢が欲しい物でも買えばいい」

「だから……ちょっと来てっ」


 廊下に連れ出され、彼女からは睨まれる感じとなった。


「ばかっ、なんで教室でなんか……」

「恥ずかしいことだとは思わないけどな、寧ろちゃんと返しているんだからいいだろ?」

「それはいいけど……はぁ、浩くんって昔からそういうところがあるよね、私が小学生時代のときなんかには同性から絡まれていたときに一切気にせず突撃してきて……手を握って歩きだしたりしてさ」


 ああ、そういえばそんなこともあったな。

 なんか綾祢のことを好きになった男子がいて、綾祢は当然のようにその男子を振り、その男子のことを好きだった女子から絡まれていた。

 残念ながら俊はそのとき委員会の仕事でいなかったから俺が突撃するのが1番手っ取り早かったんだ、それでちょいと睨んでみたら翌日から彼女が絡まれることもなくなったと。


「そういえば光がいなかったけどどこに行ったんだ?」

「え、そっちにはいなかったの?」

「おう、普通に来なかったぞ、俊も消えていてな」

「「あ……」」


 余程鈍感な人間でもなければ察することができてしまうことだ。

 それなら詮索するのは野暮ってものだよな、いやー、とにかく彼女に渡せて良かった。


「放課後って暇?」

「悪い、今日は用事があるんだ」


 今日父の友達が夜遅くに家に来るみたいだから客間を掃除することになっている。

 誰なんだろうな、なんかそのまま家に泊める的なことを言っていたけども。


「えぇ、一緒に帰ろうと思ったのに」

「客間の掃除をするだけだから別に帰れるぞ?」

「あ、じゃあ私もお手伝いするよ」

「そうか、じゃあ放課後になったらこっちに来るからよろしく」

「うん、待ってるね」


 よく考えたらチョコレートを貰ったお礼になにか甘い物で返すっておかしいよな。

 だって作れちゃうわけだからな。

 今回は彼女の好きなキャラメルとバームクーヘンを買って渡したが、うん、いいのかどうか分からないな。

 一応、女子みたいに意味を調べて彼女の好きな物を選んでみたから……チョイスについて文句を言われることはないと思う。

 言われるとしても量が少ないだとかそういうことだと考えていた。

 とりあえず期末が終わっているのもあって放課後というのはすぐにやってくるもので。


「浩二、俊のお家に行ってくる」

「あいよ、泊まってくるの……ど、どうした?」

「そういえばそういう約束をしていたの忘れてたっ」


 多分、作ったチョコを渡したり、俊と過ごしていたりしただけで十分だったんだろうな。

 これは余計なことを言ったか? そこには光の意思がなければならないというのに。


「綾祢ー」

「あっ、いま行くっ、それじゃあね」

「ばいばーい」

「じゃあねー」


 そういえば光が同性と盛り上がっているところを見たことがないぞ。

 異性とばかりいるというのもそれはそれで問題に繋がりやすいのでなんとかし――いや、それも俊の役目か。

 そもそも元気な綾祢といる時点で十分なのかね。


「ここのキャラメルが好きなんだ、浩くん私のことよく知ってるじゃん」

「それこそ俺も幼馴染と言ってもいいぐらい一緒にいるからな」

「幼馴染の定義って幼少期から仲良くしているかどうかだって、だから浩くんも幼馴染だよ」

「そうか、俺らは幼馴染だったのか」


 仮にそういう肩書きがなくてもうんと小さい頃からいまのいままで関係が続いているのはいいとしか言いようがない。


「いつもありがとな」

「……なんか久しぶり、浩くんに頭を撫でられたの」

「俊がいたから遠慮していたのもあったのかもしれないな、中学生時代は単純に綾祢が怖かったからだけど」

「荒れてたよね、すぐに声を荒げたりしてさ」


 笑いながら言っている場合じゃないぞ、まじで周りにいる関係のない人間がひやひやするんだから気をつけていただきたかった。


「ね、手繋ご?」

「別にいいけど」


 差し出したら今度は彼女の方がぎゅっと握ってきた。

 気にせず歩きだしてこの後どうするかを説明しておく。

 とはいえ、掃除機をかけるとか本当に簡単なことだけだ。

 寝具はしっかり洗濯をしてあるみたいなので、あくまで表面だけでも綺麗なら十分だろう。


「今日はありがとね、お礼を言うの忘れちゃってごめん」

「それより足りなくないか? 一応、ふたつずつは買ってきたんだけど……」

「大丈夫だよ、私の手作りに対するお礼だったらひとつだけでも十分だから」

「いやそんなこと言うなよっ、滅茶苦茶嬉しかったんだから」


 量がそこまで多かったというわけでもないのに月曜日にもったいなくて残した分を食べたぐらいなんだぞ。

 異性の友達から貰えるということがどれだけありがたいことなのかを彼女は分かっていない、まああげる側だから分からないままだろうけどな。


「ただいま」

「お邪魔しまーす」


 部屋に帰るとやる気を失くすから直行。

 十分綺麗だが頼まれているのもあってきちんとやっておく。

 でもまあ、彼女に手伝ってもらう程ではなかったからゆっくりしておいてもらった。


「ふぅ、これぐらいでいいだろ」

「うん、綺麗だと思う、お疲れさまー」

「ありがとな、ちょっと制服から着替えてくるわ」

「うん」


 私服に着替えると途端に楽になるのは自由な感じがするからだろうか。

 学生の俺らにとって学校に行くことが仕事みたいなものだからそう感じるのかもしれない。


「ばんっ」

「……どうしたんだ? 今日は綾祢が甘えたがりか?」

「さっき光が俊の家にお泊りするって連絡してきた」

「ああ、そういう話だったからな」


 俺がそのきっかけを作ってしまったんだけどな。

 この前の約束通りであれば俺も行く予定だったはずなんだけどな、お呼びじゃないみたいだ。


「だから私も浩くんの家にお泊りしたい」

「ま、いいと思うけど、寝るときは光の部屋を借りてもらうことになるけどな」

「ううん、ここで寝る」

「いや、光を寝させるのとは違うだろ?」

「灯さんは寝させたのに? 不可抗力であっても追い出すことをしなかったのに?」


 ま、なにがあるというわけじゃないからそこまで強気に対応をしなくてもいいのだが……。


「俺らは友達だ、それでも最低限の線引きはしないとな」

「その先の関係になりたいって言ったら?」

「気持ちはありがたいけど、別に今日すぐというわけじゃないだろうから同じだな」


 必殺の攻撃にも負けずに意思を貫く。

 こういう冗談を言う人間ではないことは分かっているが、今回に限って~とかもありそうだ。


「ばか、ばか浩くん」

「それでもいいなら着替えとかを取りに行こうぜ」

「あ、それなら私の家に泊まってよ、わざわざ取りに行って戻るよりは楽でしょ?」


 確かに彼女にばかりリスクを負わすというのは違うか。

 男の家に泊まるというのは歳を重ねてくると問題視されかねない。

 しゃあない、掃除もちゃんとしたからいいか。

 夜ご飯を作って食べて、入浴を済ませてから家を出た。

 3月でもまだまだ普通に寒く、ふるふると体が震える。


「上がって」

「お邪魔します」


 この時間でもまだ彼女の両親は帰ってきていないみたいだ。

 ま、親が突撃してくるよりいいか、何度も顔を合わせているから事情を説明すれば分かってくれるだろうけどな。


「もちろん、ここでだからね? 空き部屋とかないから」

「別に俺が許可を貰って寝る分には問題はないぞ」

「えぇ、狼狽えないとかつまらない」

「無茶言ってくれるな」


 座ろうとした前に抱きしめられて少し硬直する。


「大好き」

「とりあえず風呂に入ってこい」

「むぅ、寝ないでよっ?」

「おう」


 彼女が出ていってから慌てて頬を引っ叩いた。

 危ねえ、思わず抱きしめ返すところだったっ。

 いや、いくらつまらなかったからってああいうのは卑怯だろ。


「ただいまー」


 よし、とりあえず先程まであった衝撃というのはどこかにいってくれた。

 入浴後の彼女を見るのは初めてというわけじゃない、なんならこの前夜中にふたりきりでいたぐらいだし別に緊張なんかしないわな。


「浩くん」

「悪い、寝てたわ」

「寝ないでって言ったのに」

「ま、食事も入浴も終えた状態だからな」

「罰としてこうしてくっついているから」


 そうしたら本当に眠気が出てきて落ちそうになった。

 入浴後だからかあったけえなあ、そしていまこれは眠くなりすぎてやべえな。


「おやすみ」

「えっ、ちょ――」


 こうして向こうがくっついているのであれば布団とかだってかけざるをえないしいいだろう。

 したら風邪を引くこともない、寧ろひとりベッドで寝るよりも暖かいかもな。


「ち、近い……」

「別にいいだろ」


 と言いつつもヘタレな俺は反対を向いて寝ることに。

 近いって言っていたが、腕を抱いてきていたのはあくまで彼女だから誤解しないでほしい。

 俺は彼女側を向いたというだけ、こちらから触れはしていないぞ。


「なあ、俺のことを好きになってくれないか?」

「な……んで急に?」

「寂しいんだよ、それに俺はこれからも綾祢といたい」


 俊が好きじゃないということなら遠慮する必要もない。

 唯一ずっと一緒にいてくれた彼女を求めたいと思うのはおかしくもないはずだ。


「昔から綾祢は俺にも優しくしてくれたからな」

「それはあれだよ、浩くんだって私に優しくしてくれていたからさ」

「じゃ、わがままを言う、俺の彼女になってくれ。もちろん無理なら無理でいい、そうしたらまた友達として一緒にいてくれればな」


 光があれだけ真っ直ぐにアピールしているのに大きい男が女々しくいては駄目なんだ。

 これまでできなかった大胆な発言というのをどんどんと見せて行きたかった。

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