06話.[余計なお世話だ]
バレンタインデー前日、自宅のキッチンは占領されていた。
残念ながら? 今年のバレンタインデーは日曜日のために義理チョコすら貰えないで終わる人間もいるかもしれない。
いやほら、たまに配ってくれる女子っているだろ? そういう可能性にかけていた人間だっていたかもしれないのに残念といった感じだった。
「ほうほう、俊に作りたいんだ?」
「ん、いつもお世話になっているから」
うっ、これまでは市販の物で済ませていたというのにこれが成長か。
見ていることしかできない義弟としては少し嬉しいし、だけど寂しいぞ。
「それならいっぱい作っちゃおう! ここには味見役の浩くんがいてくれるしね!」
「ん、頑張るっ」
あんまり甘ったるい物はやめてくれよと一応言っておいた。
板チョコで言えばブラックが好きなので、どちらかと言えば甘すぎない方がいい。
ただ、カカオ75パーセントとかを食べて修行、みたいなことはしたくないから適度な甘さがあってくれた方が良かった。
ふたりはチョコ作りに集中していく。
その溶かしているチョコが既にチョコとして完成しているのだから不思議な話だが。
にしても、綾祢はどういう風にそれを見ているのだろうか。
光は明らかに俊に興味を抱いているというのにあくまで冷静に対応をしているだけ。
……俺のことが気になっているからいいとか? ……ないとも勝手には言えないが実はまだ引っかかっていて素直になれていないだけなんじゃないかと考えてしまった。
「浩くん、口開けて」
「あー……むっ!? あー、チョコだな」
「あははっ、だって板チョコを溶かしたやつだからねっ」
無理やりスプーンを突っ込まれたりすると驚くからやめてほしい。
歯に当たってガチッって大袈裟でもなんでもなく音が発生したからな。
「待っててね、いま作っているから」
「おう」
敢えてここで作ることにしたのは光に頼まれたからなのか?
誰かと作るのであれば洗い物とかも楽になるとか考えたのかもしれない。
俺は暇だな、なんでソファに座っているのかも分かっていない。
朝にゆっくりしていたら急に綾祢がやって来て作るという話になっただけ。
邪魔をしても悪いから部屋に戻るか、それでベッドにでも転んでいた方が明らかにいい。
「どうせなにをしてやれるというわけでもないし」
家を出て俊と遊んでもいいかもしれないな。
どうせ暇しているだろうし、家に連れてくるのもいいだろう。
気持ちを聞いておきたいのもある、俊は表に出したりしないやつだから。
「俊くーん、遊びましょー」
「ははは、なんか気持ちが悪いね」
「余計なお世話だ、俺の家に来いよ」
「それって作戦だよね?」
「違うよ、俺が暇で仕方がないから相手をしてもらおうと思っただけだ」
警戒されるだろうから部屋でと何度も口にして俊を連れて行く。
別に会わせることが目的ではないからこれでいいんだ。
「お邪魔します――この靴、綾祢のだよね?」
「俊、女子の靴を見ただけで判断できるのはやばいと思うが?」
「ずっと同じだから分かるよ、丁寧に扱っているからできるんだろうね」
自然にやばい奴には先に部屋に行ってもらって俺は飲み物の準備。
「あっ、どこに行っていたのっ?」
「ちょっと散歩にな、喉が渇いたから通してくれ」
「それはまあ……浩くんの家だから」
注いでいくとばれるかもしれないからそのまま持っていく。
コップは音がならないタイプの物をさっとふたつ持って2階へ。
「明日がバレンタインデーだからかな?」
「そうだな」
「ごめん、実は光ちゃんから連絡がきていたんだよ」
本当に連絡をするのが好きだな、俺と関わってくれている異性ってやつは。
敢えて俊にするというところが大胆な気がする、意外と積極的というか肉食系だよな。
表では純粋無垢な少女なのに、裏では気になる異性をどうやって落とそうか考えている?
はは、元々感情表現は得意だからな、多少の驚きはあっても違和感はあんまりないな。
「なんかさ、最近は光ちゃんといるのが少し怖いんだ」
「なんでだよ?」
「だってその、積極的……だから」
姉とは離れ離れになってしまったから自分が気に入った人間を今度こそ手に入れようとしているのではないかと考えている、というかその方が自然だろう。
「勘違いじゃなければだけど、だってつまり……僕のことを」
「俺はそういう風に聞こえたけどな。大好きな姉ちゃんに嫉妬したぐらいだ、しかも姉ちゃんよりも俊を優先した形になるんだろ?」
「うん、灯さんと話したのは2時間ぐらいだったけど、そこからは全部案内とかに使ってくれたからね、だからなにかを返さなければならないのは僕の方なんだよ」
ここで重要なのが俊の中に綾祢への気持ちがあるのかということ。
それを聞けるまでは向き合ってくれだなんて言えない、いや、仮に綾祢への気持ちがなくても本人にそういう意思がないのであれば言えることではないけども。
「僕はずっと綾祢や浩二といたいと思っていたし、ふたりが変なことに巻き込まれないか不安だったし、ちょっとおばかなところがあるから見ておかなければならないって思ってた。でも、浩二のお母さんが再婚をして、光ちゃんっていう女の子が浩二の義理の姉になってから少し変わっていたのかもしれない」
「おう」
「なんか小さくて不安にもなるんだけど、どっしりと構えられているというか、僕や浩二よりも余裕がある感じがして驚いたんだよね、関われば関わるほどに分かったことではあるけど」
「そうだな、落ち着いて対応することができるからな」
ご飯も作れる、学力も上位に入れる、運動能力も高いという不思議な少女だ。
弱いところがないというわけじゃない、ずっと俺に張り付いていたし、ひとりで寝るのは寂しいからとこの部屋の床で寝ていたぐらいだから。
それこそ向こうの方が驚いているかもしれないな、急に自分の歩む道に俊という同い年の異性が入ってきたんだから。
「話が逸れたね」
「なあ」
「うん?」
「綾祢のこと、本当のところはどう思っているんだ?」
あれだけ一生懸命になれるのであればその内にそういう感情がないと辻褄が合わない。
俺はそう考えているがどうだろうか。
あるのかないのか、ここではっきりしておいてもらいたかった。
俊にそういう気持ちがないのであれば綾祢に素直になれよなんてもう言わない、だってどれだけ頑張っても受け入れてもらえるのはほんの一部の人間達だけだからだ。
「あのことが起こるまで僕は心の底から綾祢のことを好きだった、だけど……」
「……もしかして、嫌いだと言われたからか?」
「それもあるけど、これだけ言ってもなんにも届かないんだなって思ったら、ね」
明らかに自分の方が仲がいいし、仮にそういう関係になっても大事にできるって自負があったんだろう、だけど実際は全く聞いてもらえないどころか大嫌いとまで好き勝手に言われて……ってところか。
「それにさ、そのことが解決してからは浩二に甘えることが増えたでしょ?」
「甘えてたというか、来ることは多かったな」
あの許していないという言葉が本物なら他を頼りたくなる気持ちはおかしくはないと思う。
その相手が例え、頭ごなしに駄目だ駄目だと言ってくる幼馴染よりも適当な男だとしても。
俊はそんな俺を見て「なにが正しいのか分からなくなったんだよ」と言ってきた。
「僕はあのとき他の誰よりも、家族よりもあの子のことを考えられているって思ってた。浩二は本人がこう言っているんだからってだけで終わらせちゃったから余計に僕がちゃんと言わなくちゃって思ってさ、なのに大嫌いと言われて、その後は適当にも見えた浩二に甘えだして、なんだかなあって……勝手に感じちゃったんだよね」
結局はそんなものだよな。
自分は相手のことを考えて動いたのにって不満を感じる。
なんだかんだでいい反応を期待して行動しているのだ。
当たり前だ、見返りなしで損することばかりのことなんかできるか。
俺は逆に俊が聖人過ぎなくて安心している、良かったと心から思っている。
「だから完全にとは言えないけど、ないよ」
「そうか、教えてくれてありがとな」
「うん、あ、お茶飲んでいい? 喉乾いちゃって」
「おう」
それなら余計なことを言うのはやめよう。
だからって光のことをどう思っているかとは聞いたりはしない。
その言葉だけで十分だ、少なくとも知らない状況よりは分かりやすくなった。
「浩二こそ綾祢のことどう思っているの?」
「絶対にあいつみたいなことにはしない」
「それは分かってる。どうなの? ちゃんと答えてよ」
光が家に来るまではずっと関わる異性は緒方――綾祢がいてくれればいいと思っていた。
やかましいときもあるものの、明るい彼女といると不思議と楽しくなるから。
別に光が来てからもそれは変わらなかった、なんなら余計に綾祢だけでいいと思った。
「綾祢はどうかは分からないが、俺は綾祢といるのは好きだぞ」
「それなら僕もそうだよ、はっきりしておこうよ」
「ただ、恋愛感情があるかどうかと問われれば、どうだろうな……」
「うーん、まあ浩二はずっと好きな人なんてできなかったわけだからね」
「でも、異性の綾祢がいてくれるだけでいいとは思っていたからな」
これまで引っかかっていたのは俊が気にしているんじゃないか、綾祢が俊のことを気にしているんじゃないかと見ていたから。
それがなくなったいま、どうなるのかは分からない。
言ったりはしないが素直になれていないだけの可能性もあるからな。
「俊っ、ちょっと来てっ」
「あ、綾祢っ?」
「いいから早くっ」
あの様子は絶対に聞いていたぞ。
ま、聞かれて困るようなことでもないからいいが。
彼女の中に俊への気持ちがあるなら焦るだろうからすぐに分かるだろうし、逆に落ち着いていたら中にはなにもないことがすぐに分かる。
逆にいいことばかりしかないのかもしれない。
「寝るか」
仮になにかがあっても応援するだけだ。
いまでも俊と綾祢が1番お似合いだって思っているけどな。
でも、そこは結局俊と綾祢と光次第だから、俺は見ているだけしかできなかった。
「へえ、昨日もうあげたのか」
「ん、ありがとうって言って笑ってくれた」
俺、結局貰えてないんだが……。
ま、まあいいか、別に死ぬわけじゃないからな。
なんか虚しいから1日限定の自分探しの旅に出た。
「まじかよ……」
光すらくれなかったんだが?
もう俊しか見えていないのか、もしかして綾祢も?
正直に言おう、悲しすぎる。
俺らの間にはただ時間を過ごしてきたという事実しかないのかと。
「どこに行くの?」
「適当に歩いているだけだよ」
とことこ少女が来てくれても嬉しくねえな。
義弟にもくれよ、欠片だけでもいいからさ。
なんならチロレチョコなんかよりも小さくたっていい、ただ貰えたという事実が欲しかった。
「なあ、俺には……くれないのか?」
「作ったやつを全部俊にあげちゃった」
「そ、そうかい……」
ならしょうが……なくてねえよっ、どれだけ俊が好きなんだよっ。
かなりどころか滅茶苦茶ショックだ、初めて俊を憎いと思ったかもしれない。
「光、ゲーセンにでも行くか?」
「行く、この前は私だけ行けなかったから」
「そういえばそうだな、じゃあ行くか」
こうなったらコインゲームで1日中楽しんでやる。
誰かを憎んでも悪い感情に包まれるだけだからな、もう切り替えよう、そうするしかない。
「UFOキャッチャーやる」
「え、コインゲームじゃないのか?」
「欲しいアニメのフィギュアがある」
そういえば携帯で動画サイトをよく見ているか。
光もあくまで普通の人間だな、当たり前の話だが。
離れるのは怖いから見ておくことにする。
そうしたら当たり前のように俊が隣にいる光景を思い描いてしまい、目頭が熱くなった。
恋に興味があったんだなって、父親に本当になったわけではないから細かい差はあるかもしれないが父目線で見ていたな。
「落ちない……」
「店側で対策されているだろうからな、ちょっとやらせてくれ」
「ん」
それでも事前に光が何度か挑戦していてくれたからなのか、無事に獲得することができた。
「ほい」
「ありがとっ」
「光の頑張りの結果だよ」
だからって調子に乗ってまた挑戦とかしないけどな。
絶対に小遣いを吸い取られて終わるだけだから。
「電話だ、ちょっと外で話してくる」
「分かった」
離れるのは不安だが、とてもじゃないがここで話すのは騒音的に無理。
「もしもし?」
「あ、いまどこにいるの?」
「光とゲームセンターに来てるんだ」
「分かった、それじゃあね」
切られて携帯を見つめてしまう。
相手は綾祢だが、結局なんのためにかけてきたのだろうか。
ま、いまはそれよりも光だ。
「むぅっ」
「はは、どれだけ欲しいんだよ」
幸い、変な奴に絡まれているということもなかった。
そもそもの利用客がお年寄り中心というのが大きいのかもしれない。
「だって……可愛いから」
「程々にしておけよ? さっきのと違って搾り取られるだけだぞ?」
「確かに……そうかも、大人しくコインゲームで遊ぶ」
「ああ、そうしよう」
ふぅ、こうして座っていられると凄く落ち着くな。
隣には目をキラキラとさせてゲームと向き合っている光。
「見ーつけた」
……後ろには怖い存在。
「うわあ!?」
「あははっ、ベタな反応をありがとうっ」
いきなり女の声が耳元で聞こえたら驚くわっ。
光だけは至って冷静に俺らを見てきている。
は、恥ずかしいっ、身長だけしか大きくなれなくて。
「ここは音が大きくて落ち着かないなあ」
「でも、光がまだ楽しんでいるからな」
だから100円を犠牲にして少し楽しむことにした。
彼女は俺の真隣に座ってきて、耳に顔を近づけてきた。
「そのために俊を呼んでおいたんだ」
「な、なんでだよ」
耳元で呟くな、別に敏感というわけではなくてもびくっとなるから。
「光ちゃん」
「えっ、なんで俊がいる?」
「浩二に呼ばれたんだ、光ちゃんがいたがっているからって」
「そっか、来てくれて嬉しい」
なるほど、そういうことにしたのか。
光からしてみれば俊と1番親しいのは綾祢ということになる。
で、その綾祢が呼んだなんて言ったら嫌がるだろうと判断したのかもしれない。
「僕もコインゲームが好きなんだよ、だからいっぱいやろうか」
「やるっ」
上手い、コインゲームを楽しむということは共通することなのでより自然に見える。
これならば任せてしまってもいいだろう、俊に言ってからゲームセンターをあとにした。
「ナイス作戦でしょ? 光は明らかに俊といたがってるもん」
「そうだな、使えない義弟なんかよりもよっぽどそうだよな」
「あ、いやっ、責めているわけじゃないからね!?」
「はは、分かってるよ、寒いけどアイスでも買って食べるか」
「そうだね、いつ食べても美味しいからね」
俺はバニラソフトを、彼女はイチゴソフトを頼んだ。
「美味いか?」
「美味しいっ」
「バニラをちょっとやるからちょっとくれないか?」
他人のやつってどうしてこんなに美味しそうに見えてしまうのか。
それで食べてみて次に頼むことはないなとなるまでがワンセット。
「いいよ、はい」
「いや……スプーン使おうぜ?」
「間接キスとか気にするんだ?」
こっちにも新品同様の物があるから勝手に掬って食べさせてもらう。
普通は気にするだろ、対家族であれば気にはならないが。
「可愛いな~」
「やめろ……ほら、こっちのも――」
「へへ、美味しいよっ」
残りを速攻で食べ終えて立ち上がる。
「それじゃあな」
「わぁっ、い、行かないでぇっ!」
「はぁ……」
ベンチに深く腰掛けて空を見上げていた。
冬の空はどうしてこんなにも澄んでいて綺麗なのだろうか。
隣にはそこそこ仲がいい異性がいる、が、ところどころ残念だから残念だ。
俺自身も語彙がなくて残念な気持ちに、だからこそ似合っているのかもしれない。
「もう3月も近いね」
「だな」
「光とだけ一緒のクラスもいいけど、どうせならみんなと一緒がいいな」
俺と光が一緒になるのことは絶対にない。
ということはつまり、俺が別になれば3人は同じクラスになれるわけで。
「残念ながら俺と光が一緒になることはないからな」
「ばか」
「事実だろ」
そうなってもせめて隣のクラスにしてほしいものだ。
だってそうじゃないと移動が面倒だし、まず間違いなく俺なんか忘れられるから。
「帰るか」
「まだいいじゃん」
「それならどっちかの家に行こうぜ、寒い」
「じゃ、たまには私の家に来なよ、私の両親も共働きでいないからさ」
「それじゃあそういうことにしよう」
異性の家に上がって緊張するとかもないから問題ない。
適当にゆっくりして夕方頃に家に帰ることにしようと決めた。
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