05話.[よいしょっとっ]

「えへへ、来ちゃっ――」


 ゆっくりと扉を閉めた。

 せっかくゆっくりしてきたのに来訪者のせいでできなくなったうえに結果がこれだ、誰だって閉めたくなるものだと思う。


「……もしもし?」

「開けてください……」

「はぁ」


 扉を開けたら涙目状態の緒方が。

 2月に突入して約束通り昨日お泊り会というやつをしたのにどうしてこいつはこうなのか。

 今朝、俊と光が姉の元へ向かった際に一緒に出ていったんだけどな。


「なんか忘れ物でもしたのか?」

「ううん、全然そんなのしてないけど」

「じゃあなんで来た」

「いいでしょっ、私が相手をしてあげようとしているんだからっ」


 いらねえ……そうでなくても昨日からハイテンションで落ち着いて寝られたのが2時頃だったんだからよ、俺のためを考えてくれているのであれば帰ってくれるのが1番だ。


「今年はどんなチョコが欲しい?」

「くれるということならなんでも嬉しいぞ」

「えー、なんかないのー?」

「板チョコとかでも貰えたら嬉しいぞ」


 義理チョコでも異性から貰えたということには変わらない。

 それが手作りだろうが市販の物だろうが事実は変わらないのだ、そこに込められている思いというのは違うかもしれないがな。


「そういうところは良くないっ、昔からずっと良くない!」

「そう言われてもな」

「ご飯なに食べたいと聞かれてなんでもいいと答えるぐらい悪だよ!」


 そういう場合は◯◯食べたいと言われると嫌な顔をされるんだよな、本当に理不尽。

 相手の要求を受け入れる気がそもそもないなら聞くべきではないと思う。

 俺は母が再婚するまでよく作る側だったから作ってくれるだけで十分だ。

 もう逆にこちらに聞いたりはせずに作る人が決めてくれればそれで良かった。


「俺は昔から緒方から貰えた物は感謝して扱ったり食べさせてもらったりしてたけどな」

「それはありがたいよ? だけど全面的に任されると作る側としてはプレッシャーになるというかさ……中にはいるじゃん、任せると言っておいてなにかを作ったらこれ? って嫌そうな顔で言ってくる人も」

「俺も俊もそんなことは言わない、分かっているだろ?」

「うーん……」


 貰う側の人間としてはどうもしてやれないから飲み物を準備しておく。


「俺は緒方から貰えればなんでも嬉しいぞ」

「やだ!」

「そ、そうか、別に無理しなくていいぞ」

「たまには希望を言ってよ~!」


 そう言われてもあんまり分からないんだよな。

 だからといって目の前でわざわざネットで調べるだなんてことはしない。


「緒方に任せる、作りたくないなら作らなくてもいいし」

「むぅ」


 さて、あのふたりはそろそろ向こうに着いただろうか。

 集合するとしたらまたあの喫茶店か? あ、そういえば飲み物代返してもらってないぞ。

 目の前にいる緒方の分は……ま、普段から世話になっているからいいけどよ。


「それよりいつまでいるつもりなんだ?」

「光と俊が帰ってくるまでっ」

「ならここでゆっくりしておいてくれ、俺は部屋に戻って寝る――ごはぁっ!?」

「起きててよっ、というかそれでもいいからっ、私も部屋に行くから!」


 昨日からやけにハイテンションなやつだな。

 光の淡々とした感じを少しは見習ってほしいと思う。


「はぁ……」

「なんでそんなにテンションが低いのっ」

「緒方のせいだろうが……2時ぐらいまではしゃいでいやがって」

「だってお泊り会とかやるの久しぶりで楽しかったんだもん」


 仮に楽しいのだとしても寝ようとしている人間を巻き込むのは違うと思うが。

 や、少なくとも俺もいるところで楽しいとか言ってもらえるのは嬉しいけども。


「で、そんなこれだとはっきり決めない浩くんがさー、光がいまの状態を継続すると言ってくれただけですっごく喜んでいたよねー。私、相手によって露骨に態度を変えるのは良くないと思うけどなー」

「光は緒方達と違って大人しいし、言うことも聞いてくれるいい子だからな」

「ふーん、だから灯さんにも冷たかったんだね」


 それは単純になんか気に入らないからだ、だから向こうから嫌われても構わない。

 

「しかもさ、光のことは呆気なく名前で呼び始めたのに私のことはいつまでも名字呼びなの?」

「あくまで家族だから……」

「私はその家族になった光の10倍以上の時間を浩くんと過ごしているんだけどなー、いやまあきみが嫌だって言うならしょうがないんだけどさー」


 別に嫌というわけではない、変える必要がないと考えていただけで。

 だってたまにお互いを悪く言いながらも側にはずっと俊がいたからだ。

 俊だけが彼女と仲良くすればいいと考えていた、あくまで俺は友達の友達ぐらいの気持ちでいた、だけどそれも光が現れたことによって変わった……ことになるのかねえ。


「ほらほら、嫌じゃないなら呼んでみて?」

「えと……あ、綾祢」

「もっと自然に、光だってすぐに呼んでくれたんだから」

「綾祢っ」

「大声になってしまった以外は満足だよ、継続してねー」


 拷問か? 精神的にダメージを与えたいのか?

 はぁ、頑固なところがあるのは分かっているからこそこういうのは避けたいところなんだが。


「はい、握手」

「……あんまりそういうところを見せていると勘違いするからやめろ」

「浩くんが勘違いするの? いままで誰も好きになったことなんてないのに?」

「それはあれだ、母さんの手伝いをしなければならなかっただけで、男としてはやっぱりそういうことに興味を抱く年頃ではあるからな」


 異性になにを言っているんだ俺は。

 しかもこれじゃあ手伝いをするしかなかったからできなかったみたいな言い方じゃないか。

 実際は綾祢がいれば一応異性といることにはなるからとかって言い訳をして頑張ってこなかっただけなのにな、毎日をただ普通に過ごすだけで満足してきただけなのに。


「じゃ、私が相手になってあげようか?」

「あいつのことを好きだった綾祢には悪いが、少なくともあいつみたいに捨てたりはしないぞ」

「あはは、別にそれでもう怒ったりはしないよ」


 って、俺も綾祢も自分の言っていることの意味をきちんと分かっているのだろうか。

 なんか猛烈に恥ずかしくなったので少し黙っていたらいつもならくるツッコミがこなかった。

 転ぶのをやめて綾祢を確認してみたら俯いており、いまどんな表情を浮かべているのかが分からないまま約10分ぐらいが経過。


「あはは……自分が大胆なことを言い過ぎて自分で驚いちゃった」

「そうか……俺もなんか余計なことを言ったよな」


 そういうアピールは卑怯だろう。

 いいイメージは抱かれることのない発言だった。


「というかさ、いまのって……」

「あいつみたいな結果にはならない、綾祢が俺を振ることはあるかもしれないけどな。あ……だからつまり、今度は選ばれる側ではなくて選ぶ側にいられるってことだ、それなら必要以上に過去のあれを引きずって臆病になる必要もないだろ? ま、俺としては光のことを考えなければ俊と上手くいってほしいけどな、誰が見たってお似合いなんだからよ」


 昔から数ヶ月毎にこれと似たようなことを俊に、そして彼女に言ってきた。

 だがまあ、彼女は優しくしてくれたということであまりいい噂を聞かない人間を好きになり、仲良くなるどころか俊との関係が悪化……したと言ってもいいぐらいにはなったかね。

 で、彼女がそいつに振られて、俊はそれまでにあったことを気にせずに優しくした。

 滅茶苦茶泣いてた、俊にごめんって何度も謝っていたぐらいで。

 が、なんか素直になれないやつらで、顔を合わせる度にわざと悪く言ったりもしていて。

 良くも悪くも、自由に言っても関係がいままで続いていることを考えれば相性はいいはずだ。


「でも、浩くんが俊といさせようとしているよね」

「そうだな、俺が同性の中で信用しているのは俊だけだから。光だってだからこそ一緒に今日出かけているわけだからな。近所というわけじゃなく、結構遠くまで行くなんてそうでもなければできることじゃないし」


 矛盾しているのは分かっているが、光が言っていたように失ってからじゃ遅いから。

 その気があるのなら余裕ぶっていないで積極的にアピールをするべきだと思う。


「綾祢が嫌だと言うなら俺から俊に頼むようなことはやめる、どうすればいい?」

「いいよ、光も俊といるときは安心できるみたいだからね」

「そうか、じゃあこれからも頼むことにしよう」


 気にしてやらなければならないのは俊の気持ちでもあるんだよな。

 光と行動しているのはあくまで不安だからという気持ちだけだろう。

 もしかしたらなにかを隠している可能性がある、というかその方が高いよな。

 綾祢のためにあそこまで一生懸命になれる時点でそういう感情がなかったら逆におかしい。

 もしそういうのがないのに誰かのためにあそこまで動けるのなら、やばいな。


「まだかな」

「まだ帰ってこないだろうな、夕方頃まで向こうにいるんじゃないか?」

「じゃ、それまでお昼寝でもしておこうかな」

「それならこれ使えよ、上にかけているやつだから直接触れている部分もあんまりないし」

「えへへ、ありがと」


 これだと説得力がなくなるから1階のソファに寝転んで俺も寝ることにした。

 休日なんだから積極的になにかをやる必要はない。

 頑張るのは全て平日の俺に任せて休日はすやすや寝ておけばいい。


「ここで寝る」

「じゃ、俺は部屋――分かったよ」


 だから拗ねたような顔をしてくれるな。

 一応光と彼女のことを考えて移動したのに無意味だな。


「うん、別にリビングならいいでしょ」

「分かった分かった。おやすみ、ふたりが帰ってきたらまた話そう」

「うん、おやすみ」


 さあ、早く帰ってこいふたりとも。

 明日は学校だぞ、あんまりゆっくりしていると疲労状態のまま行くことになる。

 いや違うな、精神疲労状態で行くことになるのはこの俺だから早く帰ってきてくれ。

 1時間でもいいから早く、そうしてくれたら今度ご飯を奢ってやるからよ。

 ……で、残念ながら20時過ぎになっても帰ってこなかったんだよなあ。


「こういう日に限って両親の帰宅も遅いと」


 眠り姫は依然として気持ちの良さそうな顔で寝ている。


「ただいま」

「遅えよ光っ」

「ごめん、お姉ちゃんといっぱい話していたら楽しすぎて。あと、俊を色々なところに案内していたら楽しくていっぱい案内しちゃった」


 俊も家に寄って行くみたいで遅れて入ってきた。


「あ、ま、無事に帰ってきてくれたならそれでいい」


 このリビングの現状はあんまり無事ではないけどな。

 さて、どう言い訳をする、今回に限って説明とかもしていないだろうし……。


「浩二、綾祢を家に連れ帰りたいから付いてきてほしい」

「俺が行っていいのか?」

「ん? うん、寧ろ浩二といられる方がいいんじゃないかな、それに綾祢を背負って帰るのは結構辛いからね」


 またそういうこと言うのか……、まあいいか。

 彼女の荷物は俊に任せて、こちらは眠ったままの本人を背負って歩いていく。


「今日、気をつけてねってメッセージが改めて送られてきたときにさ、浩二の家で僕らが帰ってくるまで待っているとも書かれてたんだ、だから浩二は慌てたのかもしれないど驚いたりとかはしなかったよ」

「そうなのか、なんかコソコソしているみたいで嫌だったんだよな、それなら良かった」

「でも、浩二は破った、絶対に一緒に寝てた」


 事実だからなにも言い返せねえ。

 というか当たり前のように付いてきているなんて思ってなかったから驚いた。


「僕は別にいいと思うけどね、綾祢が信用しているなら」

「俊は矛盾してる」

「そうだぞ、この前と言っていることが違う」

「いや、僕はあくまで灯さんが浩二の部屋で寝るのが不味いと言っただけだから」


 これだけ聞くと相当女癖が悪い男みたいに聞こえるからやめてほしい。

 これだけは言っておくが、自分の意志で寝ろだなんて言ったことはないぞ。

 相手と自分のことを考えて移動しても、相手が大丈夫だと言って聞かないのだ。

 信用……してくれているのかねえ、なにかがあってからでも遅いっていうのに。


「ん……はれ?」

「おはよ、いまは家まで浩二が移送中だよ」

「あ……帰ってきたんだ、おかえり」

「「ただいま」」


 今更起きて呑気におかえりとか言っている彼女に苦笑。

 いまから帰るのはあんただよって指摘した方がいいのだろうか。


「あ、光もいたんだ、一緒に送ってくれてありがとね」

「ん、俊が送ってくれたから私も送りたかった」

「そっか、律儀だね」


 逆に背負われながらここまで余裕な態度でいられるのって純粋にすごい。

 だって起きたら異性に背負われたうえに、外に連れ出されていたんだぜ? ふたりきりだったら犯罪者にしか見えないだろう。


「おい、苦しいぞ」

「浩くんは背が高いからちょっと怖いんだよ、昔と違うから」


 そういえば昔もこうやって背負って帰ったことがあったな。

 俊が小さかったから俺がこうするしかなかった。

 もっとも、好きな人間ができてぴりぴりしていた中学時代はなかったが。


「綾祢が1番説得力がない、自分は気にせずに浩二と寝ていた」

「家に帰るのも面倒くさかったからね、お昼寝させてもらっていたんだ」

「それでも別々で寝れば良かったと思う」

「浩くんがそういう風にしてくれたんだけど、人の部屋で家族でもなんでもない私が寝ているのは微妙だと思ったから付いていったんだ。でも、そうだね、光のこと言えないや」

「まあいいけど、今度俊の家に泊まるって約束したから」

「そうなの?」


 俺も内で同じように聞いてしまった。

 なにがどう発展すればそのような話になるのだろうか。

 この感じだと光の一方的な張り合いのような……、


「もちろん、そのときは浩二にも来てもらうけどね」

「ん、そういう約束」


 いや、本人にもしっかり話がいっているらしいどころか、決定しているようだ。

 俺を呼んだのは流石にふたりきりは不味いと考えているからだろう。

 俊の思考は分かりやすいな、光の方はきっとふたりきりでいいとか考えているのだろうが。


「私は誘ってくれないのー?」

「誘わない」

「えぇ、けち」


 こんなやり取りでも空気が悪くなることもなく終わった。


「よいしょっとっ、ありがとね!」

「おう」

「おやすみ!」

「おう、また明日な」


 俊には世話になったからこちらも送っていくことにした。

 と言うより、光がなんかいたがっているみたいなのでそのためにではある。


「僕はいいんだよ?」

「いや、光が送りたいみたいだからな」

「光ちゃんに送られるのは複雑だけど、なんか嬉しさもあるよ」

「今日はお世話になったから俊のために少しでもなにかをしたかった」

「ありがとう、だけど僕は散々案内をしてもらったわけだからね」


 聞いてみたらほとんどの時間をそのために使っていたみたいだ。

 姉の方は警戒されるだろうからと程々のところで別れたらしい。

 大好きなお姉ちゃんとの時間を極限まで減らして俊との時間を優先するとか、やばくね?


「そうでなくても俊にはいつも優しくもらっているから」

「そっか、あんまりしてあげられている感じはないけど、光ちゃんのためになれているのなら嬉しいかな」

「だからもっと一緒にいたい」

「え、それってどういう……」

「俊ともっと仲良くなりたい、そうすればなにかを返せるかも」


 おぅ……実際にそうなってほしいと考えたことではあるが……。

 俊の服の袖を掴んで歩いている、こちらから見れば兄妹にしか見えないが寂しいな。


「本当はふたりきりが良かった、だって綾祢や浩二が来るとそっちばっかり優先するから」

「ちょちょちょっ、ちょっと待ってっ、急にどうしたの?」

「今日ので俊がいてくれることのありがたさがよく分かったから」

「それはあれだよ、他県に行くのにひとりじゃこっちが不安になっちゃうからさ」

「そうやって心配してくれるのが嬉しい」


 いやこれ誰よ、こういうことを積極的に吐く存在ではなかったぞ。

 真っ直ぐに言うタイプではあったものの、うん、ここまで積極的なのは初めて見た。


「実はお姉ちゃんにヘラヘラしている俊にむかついたりしてた」

「いや、あれはヘラヘラじゃなくて……その、真顔で対応されても緊張するだろうからと……」


 こうして見ていると分かる、女子に男は逆らえない。

 まんま綾祢にチクリと言葉で刺されたときの俺と同じような反応をしているし。


「あんな風に感じたのは初めてだった」

「と、とりあえずもう着いたからやめよう」

「俊がそう言うなら」


 ま、いいか、これぐらいじゃないと俊を振り向かせることはできないからな。


「ご飯は食べたのか?」

「ん、家に帰ってくる途中で食べてきた」

「そうか、じゃあ帰って風呂にでも入ればいい」

「ん。あ、浩二にも感謝しているから」

「いや……そんな取ってつけたようなお世辞はいらないぞ……」


 さよならだ、俺に甘えてくれていたときの光よ。

 ようこそ、俊に恋心に近い気持ちを抱き始めた新しい光よ。

 俺は少しどころかかなり寂しいが、見守っておくことにするよ。

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