04話.[これからは禁止]

「浩さん、少しいいですか?」


 入浴後にソファに寝転んでゆっくりしていたら光の姉、灯が話しかけてきた。

 一応お客の前だからとしっかり座り直して向き合う。


「今日はありがとうございました」

「俺は緒方になにも教えられずに連れて行かれただけだ、礼を言われても困る」

「それでもあそこで電話をかけてくれていなかったら光ちゃんとゆっくり話すこともできませんでしたから」


 なんか好きになれねえんだよな姉の方は。

 親に従うしかないからというのは分かるが切り捨てたのと同じだからな。


「さっさと寝ろ、明日はまた長距離移動なんだから」

「あの……連絡先を交換してくれませんか?」

「するからさっさと光と寝ろ」


 寧ろ面倒くさいから携帯を預けて俺が部屋に戻ることにした。

 父はどこか気まずそうに少しぐらいしか話せていなかったから考えてやってほしいね。


「はぁ……」

「あの……」

「なんだよ?」


 扉を開けてみたら申し訳無さそうな顔をしている姉が。

 あのさあ、そういうのは俺ではなく光や父にするべきだと思うんだが。


「こ、これ、ありがとうございました」

「おう、それじゃ」


 そういえば今日光と1回も話してねえな。

 姉がいればそれでいいのか、もう父も頑張って引き取っておけば良かったのによ。

 だって離婚するって言ってきたのは向こうなんだろ? それでもやっぱり母が有利なのか? 

 ま、父や光から聞いただけではあるからどっちが正しいかなんて分からないけどな。

 少なくとも俺の実父と違って不倫をしたとかではないと思いたい。


「光が滅茶苦茶いい人間に見えてくるわ」

「どうして?」

「緒方や光の姉と違って勝手じゃないからだよ」

「私はわがままだよ」

「はは、光レベルのわがままならいくらでも言ってくれて構わないぞ」


 落ち着く、母の母といるぐらい落ち着く。

 なんだろうな、姉ばかりが贔屓されていたはずなのにある程度の余裕があっていいんだよな。


「じゃ、ここで寝たい」

「え、姉はいいのかよ?」

「月曜日からまた会えなくなる、そうしたら寂しいから」


 いや、それは流石に姉が可哀相だろってお前が言うな的な感じのことを考えたが寝かせることにした。

 光が準備している間廊下に出て待っていたら涙目の姉が光の部屋から出てきて笑う。


「お、おかしいですよっ、男の子と一緒に寝るなんてっ」

「別になにも不健全なことはない、朝まで相手のことを意識せずに爆睡だ」

「それに真冬なのに床で寝たら風邪を引いてしまいますっ」

「あーもううるさいから早く寝ろ、それじゃあな」


 結局、わがままな姉によって光の自衛策は無意味なものになった。


「ずっとこうしていたかったのです」

「嘘つくなよ、つい最近までこっちになんて来なかったくせに、今回だって緒方に来いなんて言いやがって」


 そりゃ母に付いていくわ、無自覚にやべーことをしていそうなやつだもの。

 父よ、姉を引き取らなくて正解だったぞ、まず間違いなく新たな問題となっただろうからな。




「浩二、お姉ちゃんと出かけてくる、案内してほしいらしいから」

「あいよ、気をつけろよ」


 よくこんな寒い中外に出たいと思えるものだ。

 

「行ってきますね」

「あー、光に迷惑をかけるなよ」

「ちょっ、なんで私にはそんなに態度が違うのですか!」


 無視だ無視、今日は母も休みだからなにか手伝うとするか。


「特にないわね」

「買い物とか行こうぜっ」

「昨日仕事の帰りに行ってきたばかりだもの、気持ちはありがたいけれどゆっくりしていてちょうだい」


 そうですかい……そのゆっくりするにしても手段がないんだよな。

 ゲームがあるわけでもないし、長時間携帯をいじっていると頭が痛くなるし。

 かといって寝て過ごすことだけは選びたくない、無駄にした感じがすごいから。


「暇なら確認をしてから俊君達と遊んでくればいいじゃない」

「そうだな、そうするわ」


 連絡をしてみたら遊べるということだったから外に出た。

 って、これじゃ光達のことを言えないが……まあいいか。


「おはよ」

「おう、おは――」

「やっほー!」

「お、おう、おは――ごふぁ……」


 休日も一緒にいるとかすっごく仲良しだな。

 相手が俊じゃないからしょうがないのかもしれないがもう少し優しくしてほしいものだ。


「日曜も一緒とか仲良しかよ」

「そんなこと言ったら浩二の方が綾祢と2日連続でいることになるよね?」

「そういえばそうだったな、変な姉を迎えに行くことになって気分が最悪だ」


 ところで、どうして俺は先程から俊の相棒に突かれているのかね。


「やめろ、やめないとその手を握っておくぞ」

「いいよっ、はいっ」

「ほい」

「えっ、ま、まさか握るとは……」

「よし、罰としてこのままな」


 俊の中のなにかを刺激することができれば好都合。

 明らかにお似合いのふたりなんだから遠回しにやっていかないとな。

 直接的だと明らかに押し付けになって余計にいやいやって抵抗感を強くするから。

 緒方にしたって俺と一緒にいることで俊のありがたさに気づくことだろう。


「それでどこで遊ぼうか」

「ゲーセンでも行くか、緒方もそれでいいだろ?」

「うん……」


 よし、決まりだな。

 もうこの歳になると家にいるか外でお金を使って遊ぶしかないからな。


「なんか久しぶりに来たよ」

「俺もだ、ひとりで行くようなところじゃないからな」


 先程から緒方の口数が少ないのは手を握ったままだからだろう。

 相手が嫌がっていないうえで異性に触れていることは別に緊張することじゃないから俺としてはいいんだけどな、だってよく光が引っ付いてくるから毎回緊張しているわけにもいかねえし。


「緒方、もう離すから自由に楽しんでこい」


 ゲームセンター内はやかましいためどうしても相手の耳に顔を近づけなければならなくなる。

 で、その際に俯かれてしまい、なんとも言えない気持ちになった。


「……でいい」

「はっ?」

「このままでいい! 罰なんだから!」


 耳があ!?

 ま、特にしたいこともないから俊がやっているところを見ていることにするか。

 この状態でうろちょろするのは彼女も嫌だろうしな、いや、継続している俺も馬鹿だが。


「ほう、コインゲームか」

「うん、これが好きなんだよ」


 人がいないのをいいことに隣の椅子に座らせてもらう――だけじゃ申し訳ないから少しコインに替えてちびちび遊んでおくことにした。


「ところで、まだそれを続けているの?」

「不満か?」

「いや、まさか握るなんて思わなくてさ」


 俊からも同じようなことを言われてそんなにか? という気持ちになった。

 コインを少し渡して緒方には遊ばせておく、ゆっくりではあったが彼女は従ってくれた。


「昨日も驚いたよ、県外にいるっていきなり綾祢から連絡がきたからさ」

「俺も驚いた、まさか隣県じゃなくてその先に行くなんてな」


 ここは音があっても通常時より多少大きい声を出せば普通にやり取りができるのはいい。

 1枚1枚、投入するタイミングをゆっくりにすれば結構遊べもするからな。


「それにしても光ちゃんのお姉さんか」

「なんか好きになれねえんだよな」


 敬語で丁寧なはずなのにちらちらと悪い部分が出てしまっているというか。

 まあ俺が単純に姉の方を良く思っていないからというだけにすぎないか。


「似てないの?」

「だな、身長なんか俊より大きいからな」

「そうなんだ。あ、昨日は光ちゃんの部屋で寝てもらったんだよね?」

「いや、光が俺の部屋で寝たから姉も付いてきた形になるな」

「え、それは不味いでしょ……光ちゃんならまだ分かるけどさ」


 しょうがないだろ、俺だって光だけを許可したはずなのに付いてきてしまったんだから。

 光は月曜日からまた会えなくなるということで自衛しようとしていたみたいだが表情が滅茶苦茶嬉しそうな感じだったんだ。

 それなのに姉だけを切り離すなんてできるわけないだろ、もうそれは両親によってされているんだからな。


「言っておくが光達は床だからな?」

「それでも年頃の異性なんだからさ」

「よく言うよ、緒方は俊の部屋で寝ることがまだあるだろ」

「もう一緒に寝てないよ」


 別になにかをしたというわけでもないし、寧ろ姉の方が俺なんか眼中にねえって言うよ。

 光が来ていなければ絶対に顔すら見せていないと思う、そもそも家にだって来ていなかった。

 俺らの間にはなんにもない、なら問題が起きようもないのだ。


「浩くんちょっと」

「離せばいいのか?」

「違う、ちょっと付いてきて」

「あいよ、そういうことだからちょっと行ってくるわ」

「うん、僕はコインゲームをやっているから」


 小銭そのものを突っ込まないと遊べないゲームよりはコスパもいいか。

 なんなら初期のコインの枚数よりも増える可能性もある、下手をすれば延々と遊べるからな。


「で、外に出てどうした?」

「よくないと思う」

「今回だけだ」

「光も寝かせるべきじゃないと思う」


 説得力はないかもしれないが俺だって一応は不味いと思っている。

 部屋があるんだから寂しかろうがさっさと寝て、朝になったらさっさと起きて出てくれば寂しいという問題は解決もできるから。

 が、実際に頼まれてしまうとそのまま受け入れてしまうということばかりで情けないところだった。


「光はどうして浩くんの部屋で寝るの?」

「前の家にいたときは姉と同じ部屋だったらしくてな、ひとりで寝るにはまだ慣れないみ――」

「そうやって甘やかしていたらいつまで経っても慣れないよ、だって寂しくなった際に浩くんを頼ればいいって神経回路ができちゃうじゃん」


 言われてみればそうだ、彼女の言っていることは酷く正しい。

 慣れさせるためにも強気な態度でいかなければならないときがきたのかもしれない。


「助かったぜ、緒方の言う通りだ」

「うん、家族だからって甘やかせばいいわけじゃないからね」


 ふたりで店内に戻って俊を探す。

 が、先程の場所にいてくれたようなのでそう時間はかからなかった。


「話し合いは終わった?」

「おう、光にはちゃんとひとりで頑張ってもらうつもりだ」

「確かにいまのままだと不安になるからね」


 違うな、俺以外の人間を頼るようになってくれればそれでいい。

 ……なるべく変な奴じゃないといいがな、ああいまから不安になってくるぜ。


「というわけで、これからは禁止な」

「やだ」

「駄目だ」


 姉を駅まで送って帰ってきた光に言わさせてもらった。


「それだけは守ってもらう」

「……寂しい」

「それでもだ、俺以外の人間を頼ってくれ」


 無言でリビングから出ていき少しした後。


「痛え……心が痛え……」


 俊や緒方に言うのとは違う、こんなことがこの先ないようにしてほしかった。




 翌日から光とは別登校になってしまった。

 いつもゆっくり寝ているくせに起きた段階で既にいなかったのだ。


「行ってくる」

「ええ、行ってらっしゃい」


 ま、実害はなにもないから大丈夫……なはずだ。

 少なくとも向こうにとってはいいことしかないのだから。


「あ、遅いよ」

「え、緒方達はどうしたんだ?」


 逆にみんなで残っていなくて良かったとしか言いようがない。

 光が変な感じになっていたら緒方は恐らく責めてこようとするからな。


「先に行ってもらった、光ちゃんの様子がおかしかったから浩二に聞こうと思ってね」

「昨日のあれだよ、その結果だ」

「なるほど、いきなり拒絶されたように感じちゃったのかな」


 そういう……ことなのかねえ。

 でも、珍しいな、文句があるなら朝とかにでも言うのが常なのに。

 昨日のあれで愛想を尽かしたということなら、もうどうしようもないな。


「頼む、光のことをよく見ておいてやってくれ」

「分かった」


 別に他の人間との間にトラブルが起きたというわけではないから至って平和だった。

 光が来なければ緒方もあまり来なくなるということで本当になにもなかったかのような感じ。


「浩二、ちょっと行ってくるね」

「おう、頼む」


 こちらは気にせずに席に座ってゆっくりしておく……ことができなかった。

 唐突にやって来た緒方に腕を掴まれて無理やり教室から引っ張り出される。


「あれはどういうこと?」

「緒方が間違っているって言ってくれただろ? だから部屋では寝かせないって言ったらな」

「え、それでわざわざ別行動なんかしているんだ」


 何度も許可をしてしまっていたから寂しくなったら頼ればいいという思考になってしまっていたのかもしれない。

 だから俺にはちゃんとしなければならない義務がある、父は光がしたいことをしてほしいと口にしていたがあまりにも高頻度過ぎたからな。


「よく言えたね、偉い」

「心が痛かったけどな」

「分かる、光って露骨にがっかりした顔とかになるからね」


 責めるために来たと言うよりも真実を知りたくて来たということか。

 それなら教室でも良かったと思うけどな、聞かれればちゃんと答えるぞ。


「でも、こればかりはしっかりさせておかないといけないから」

「そうだな」


 このまま俊を頼るようになってくれたら嬉しいという考えと、緒方にとって実は1番お似合いな俊が取られてしまったら微妙という考えが綯い交ぜになって大変だった。


「偉いっ、よしよしっ」

「子ども扱いをするな」

「いたっ……おでこ突かないでよー」


 この少女さんはそれを分かっているのかね、最終的には自分を選んでくれるとか楽観しているわけではないのならいいのだが。


「浩二」

「お……どうした?」

「昨日はごめん、浩二の言う通りだった」

「あー……うん」


 寝ることだけではなく話しかけることもやめるとか言い出しかねない雰囲気。

 後ろには俊もいるから最悪それでも……まあ滅茶苦茶我慢すればいいが、悲しいな。


「ひとりで頑張って寝るっ」

「おう」

「あと、2月になったらお姉ちゃんのところに行ってくる」

「え、ひとりでか?」

「ううん、俊が付き合ってくれるって話だから」


 なるほど、それなら問題もないか。

 2月、2月ねえ……もう割と近いからその時間はすぐにくるだろうな。


「えとさ、話しかけないとかそういうのは……ないよな?」

「そんなことをする意味がない、私達は家族なんだから仲良くするべき」

「そ、そうかっ、ならこれからも仲良くしようっ」


 ふぅ、これで一件落着だ。

 にしても、俺と関わってくれる人間ってなんかずれているんだよな。

 敢えて俺を誘ったり、敢えて俊を誘ったりと少しずつではあるが。

 普通、これは俺を誘うところだろ? 大好きな姉に優しくできないからなのか?

 そこまで露骨に態度を変えているわけじゃないんだけどな、連絡先だって交換してやったぞ。


「じゃ、その日は浩くんの家にお泊りしようかな~」

「どうせふたりも帰ってくるだろ」

「お姉ちゃんの家には泊まれないからそういうことになる」

「それなら俊もメンバーな」

「僕はいいよ、床を貸してくれれば寝袋を持っていくから」


 緒方の発言を深く考えてはいけない。

 よくここでふたりきりで!? とか反応をしている漫画などをよく見るが、そんなの揶揄してくれと自ら言っているマゾみたいなものだぞ。

 あくまで冷静に対応をしてやればいいのだ、じゃふたりきりなと寧ろこっちから積極的なふりでもしてやればどうせたじたじになって終わりだ。


「ちぇ、ふたりきりのつもりだったのに」

「嘘をつくな嘘を」


 騙される野郎ばかりではないことを知ったほうがいい。


「浩二がいきなり言ってきた理由は綾祢に注意されたからだと聞いた、それなのにふたりきりだったら意味のないと思う」

「そうだよ、綾祢はそういう考えなしのところがあるよね」

「うぇ、なんで私が責められてるの……」

「「「自業自得だよ」」」

 

 ふたりと別れて教室に戻る。


「俊、旅費は俺が出すから光のことを頼む」

「いやいいよ、光ちゃんに地元を教えてもらうつもりだから十分だよ」

「そうか? じゃ、任せたぞ」

「うん、任せて」


 席に着いたらなんかほっとした。

 これでとりあえず家で光と気まずい、なんてことにはならないから。

 あとは……緒方が言っていた通りの展開になってきていることか。

 確かにお似合いなんだよな、ただそれは緒方と俊も同じことで。


「どうなるのか分からないな」

「安井、これから授業が始まるんだぞ」

「あ、今日もよろしくお願いします」

「おう」


 頼むから光の側に知らない男が寄り付きませんように。

 そうすれば俊がよく見ていてくれるから不安もない。

 勝手に連れ出されたりするのが1番嫌だから常に張り付いていてもらいたいぐらいだ。

 が、俊にそういう意思でもなければ強制させることはできないわけで。

 だから光が強く対応し、誘われたら付いていくという性格だけは直してほしいとそう思った。

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