03話.[仲直りしないと]
土曜日、残念ながら緒方は来なかった。
ほとんどと言っていい程、この前のことが影響しているのだと思う。
ただまあ、俊は来てくれたからひとりでこそこそとしていて通行人に不審がられるということもないだろう。
「なんか今日の朝、急に行けないって行ってきてさ」
「ま、土曜だからな、やりたいことや逆になにもやりたくないときがあるんだろ」
ちなみに光はまだ家を出ていない。
俺らは安井家、つまり俺の家の側面のところに張り付いて待っているという状況だ。
「お、出たぞ」
「しー、聞こえちゃうよ」
最低でも20メートル以上は離れたい。
別に店を確認することができたら大人しく帰るつもりではあるからこれぐらいが1番。
「ファミレスの方に行くみたいだね」
「なんかそわそわしているように見えないか?」
「え、そう? いつも通りの光ちゃんだと思うけど」
いや、あれは絶対に緊張しているな。
ま、無理もないか、今日恐らく初めて行く店の手伝いをしろと言われているんだから。
可愛さを見たということはレジとかをやらせるつもりなんだろうからな。
「お、足を止めたね、あそこなのかな」
ファミレス近くの飲食店か、これはまた難しそうだ。
「残念ながら外からじゃ分からねえな、まあ、ここならなにかがあってもすぐに来られるから帰るかな」
「そうだね、ここにいたって怪しまれるだけだから」
このまま解散というのも寂しいからということで俊の家に行くことになった。
両親が共働きで家にはいないから落ち着いて過ごすことができる。
「そういえばあのファミレスに行った日から綾祢の様子がおかしいんだけど知らない?」
「別に俊や光には話しかけていただろ?」
「それでも分かるよ、普段とは違って元気さが伝わってこないから」
いまので答えを言ったようなものだが何故か上手くいってしまった。
それと幼馴染らしいことを言ってくれる、今件のことに関しては俺からでも分かるから特別感はないが。
「特になにもないならいいんだけどさ、中学以降、あんまり言ってくれなくなったから」
「基本的に自分の内だけに留めておこうとする人間が多いからな」
大抵の人間はやばくなる前に他人に相談できるがそれができない人間というのは実際にいる。
不登校になってしまったり自殺を選んでしまう人間はそういうタイプが多いのではないだろうか、本人だってもちろん話して楽になりたいだろうけどな。
言ったところで問題が解決するわけじゃないと決めつけて行動し、絶望するというのが多いのかもしれない。
でも周りはその人ではないから言ってくれなきゃ分からないんだよな、だからそういう考えになった時点で詰みだから難しいな。
「例え嫌われるのだとしても似たようなことがあったら口うるさく言うつもりだよ」
「凄えな、俺は相手がそう言っているならとか口にして諦めそうだ」
「それもまた正しいことだからね、だけど……絶対にあのときみたいな状態にはしたくなくて」
悲しいな、ここまでの覚悟で言ってくれているのに緒方からすればいい迷惑でしかないのだから、やることや関わる人間の方が悪いと言ったところで悪役として捉えられるだけなんてな。
「悪い、俺が偉そうに言ったんだ」
「そうなの? それなら仲直りしないと」
「いや、形だけの謝罪なんて無意味だろ、それに申し訳ないなんて思ってないからな」
細かいことについては言わなくてもいいだろう。
言いたくなったら緒方が言うだろうし、そこからどうなるのかは誰にも分からない。
わざと悪役を演じ俊のありがたさを分からせるということもしない、進んで他人が他人と仲良くするために嫌われたいわけじゃないからな。
青鬼と赤鬼――あの物語みたいにはとてもじゃないができないんだ。
「それはまあそういうことにして、なんでいつまでも名字呼びなの?」
「特に拘りはないな、女子だから名前で呼ばないってわけでもない」
「って、関わっている女の子は他に光ちゃんだけだけどね」
ふたりがいてくれれば十分だろう。
別にモテたい、ハーレムを築きたいなんて性格はしていないのだから。
「それに複数の女子と仲良くすればする程、好きな人ができたときに大変そうだからいいだろ」
「いつできるんですかね、あなたにとって好きな人が」
「さあな……」
学校に通うということしか意識していなかった。
低学年のときはそれだけで、高学年や中学生になってからは母にできるだけ負担をかけないようにしたいと考えていただけで終わった。
高校になってからもそうだったが、夏に母が再婚して少し変わったから小難しく考えずに済むようになったのは救いだな。
「浩二はそういうの、本当になにもないよね」
「俊も同じだろ」
「僕は綾祢のあの問題が起きる前、違う子のことが好きだったよ」
「嘘……じゃないよな」
「こんなことで嘘をついても仕方がないからね」
説得をするためにやめたということになるのだろうか。
虚しいことだ、その結果が「俊なんて大嫌い!」だったんだから。
「光ちゃんはどうなのかな」
「んー、分からんな」
恋愛よりも食事を優先していそうだし、実母に嫌われないように頑張っていそうだし、姉といれればいいとも考えていそうだから恋なんか悠長にしている場合じゃなかったのかもしれない。
で、このように相手のことなんて想像でしか考えらないんだ、昔からずっと一緒にいる俊のことだって知らないことが多いんだから光のこととなれば尚更のことだよな。
「そういえば何時までか聞いた?」
「12時までだって言ってた」
昼ご飯を作ってやるぞと言ったら食べさせてもらえるということで撃沈。
こうして段々と離れていくんだろう、そうしたら少しどころかかなり寂しいな。
義理の姉でもこうなんだから仲のいい実姉や実妹だったりしたら尚更のことかもしれない。
「終わったら迎えに行こう、不安で仕方がないから」
「光は俺よりもしっかりしているし余裕できるぞ?」
「それは分かってるよ、だから迎えに行くぐらいはいいでしょ?」
「ま、すればいいんじゃないか」
本人は俺らがこんなことをしているとは知らないから俊に行かせるつもりだ。
何気に俺らが考えている以上に俊とは仲がいいから期待している。
恋をしてほしいというわけではなくて、俊のことをもっと信用して頼るようになってほしい。
そうすれば俺に言いづらいことも吐けるようになるかもしれない、緒方がいるのも大きい。
「昼ご飯を食べさせてもらえるということらしいから12時半ぐらいに張り付いていればすれ違うということもないだろ、心配なら12時頃から外にいればいいわけだからな」
「分かった、じゃ僕が代わりに迎えに行ってくるよ」
「あ、その際にはプリンでもこのお金で買ってやってくれ、大好きだからな」
「分かった、ちゃんと浩二がって言っておくから」
それでもいいからと口にして帰ることにした。
「さみぃ」
早く冬が終わってくれればいいと思う。
が、思ったところで終わりが早く近づくというわけでもないから難しいことだった。
「「あ……」」
どんな偶然か、こちらに向かってこようとした緒方と遭遇した。
「俊の家に行くのか?」
「そう……だね」
「それならなるべく早く行った方がいいぞ、昼になったら光の迎えに行くみたいだから」
「そうなんだ、教えてくれてありがと」
そういえば俺らは約束していたんだっけか。
当たり前のように来られないことになったから本来であれば言うべきなんだろうが……。
「行かないのか?」
「あ……やっぱりいいや、浩くんの家に行く」
「ま、いいけど、昼ご飯を作るから食べてくれ」
「うん、食べさせてもらおうかな」
とはいえ、俺に作れる物なんてほとんどないけども。
炒めて塩コショウを振りかけるだけで美味しくなるチャーハンとなった。
「「いただきます」」
お、今日は過去1で美味しいチャーハンが作れた気がする。
好みは人によって違うから、緒方にとっていいのかどうかは分からないけどな。
「美味しかった、ありがと」
「どういたしまして、食器を貸してくれ」
「え、持っていくから大丈夫だよ」
「いやいい、どうせ俺が洗うんだから座っていてくれれば」
洗いつつ考えてみたが、別に責めるために来たわけでは……ないみたいだ。
ソファに座ってぼうっとしている、中学時代はそんな彼女が豹変していたのだからすごい話だろう。
もう常にトゲトゲしていて、触れようとするだけで怪我をしてしまうぐらいの迫力があった、だから俊はすごいとしか言いようがない。
「緒方、この前のことを謝るつもりは俺にはないからな」
「うん……」
「ま、俊のことを悪く言わないのであればこれ以上言うつもりはないぞ」
意地になっているわけではない。
後から謝罪をされたって相手は困るだけだ。
「それで俊の家に行かなくて良かったのか? 別に家にはあいつひとりだったけど」
「緊急の用事というわけでもないから」
悔やむことにならないよう緊急の用事じゃなくても行けるときに行っておくべきだと思うが。
光みたいに別れることになるかもしれない、もしそうなったら絶対に後悔するから。
近場に引っ越すということは絶対とは言えなくてもほとんどの確率でないから余計にな。
「……今日は行かなくてごめん」
「行きたくなかったならしょうがないだろ、それに集まってしようとしていたことはとてもじゃないけどいいことだとは言えないからな、寧ろ巻き込まずに済んで良かったのかもしれないな」
光は聞かれたら普通に答えてくれていたと思う。
それをせずに尾行することになってすぐに帰還とかださい話だ。
結局、店の外観と場所ぐらいしか分からなかったんだから本当にアホとしか言えない。
「浩くんはさ……昔から変わらないよね」
「そう……なのか? 自分のことでも細かく知っているわけではないから確かになんて言えないけども」
「うん、根っこのところが変わってない」
いいのか悪いのか分かりづらい言い方だった。
いまの間だけで判断すると褒められているわけではない気がする。
人は急に変わることはできない、逆に一貫していていいと思うが。
「中学時代もさ、なにかこっちが迷惑をかけるようなことをしちゃってもしょうがないだろって
ことしか言わなかったよね。あのときも、何回もやめておきなよって言ってくる俊に対して緒方が好きになったならしょうがないだろってさ」
「善人というわけでもないし、俊のように相手のために真剣に動けるわけでもないからな、俺にできるのはそれぐらいしかないんだよ」
放棄しているのと変わらない、勝手にやればいいと思っているのと変わらない。
ただ、実際は他人に干渉されすぎずに自分がしたいように生きたいと思うのが普通だ。
寂しさなどはあるかもしれないが間違ってはいないよな、相手の人生だからな。
「俊とはまた違った意味で安心できるよ」
「そうかい」
俺は何度も言わないから、そうかと納得してくれるからかと邪推してしまった。
許していないなんて嘘だよな、許していない相手といて安心を感じるわけがないし。
素直じゃねえなあこいつら、なんでも真っ直ぐな光を見習えよ。
「だからさ、来週の土曜日にちょっと遠いところまで行かない?」
「光達ともか?」
「ううん、あなたと私だけ」
「別にいいけど」
「うん、じゃあ決まりね」
ちなみに場所は教えてくれはしないようだった。
「そろそろ帰るよ」
「それなら送って行く」
「いいよ」
「いや、途中で光に会えるかもしれないからな」
「そっか、じゃあお願いしようかな」
とか言っていた俺だったが当然会えることはなかった。
だってまだ11時だもの、そりゃ会えるわけがないわな。
「ちょ、ちょっとじゃないよな、2県も移動したんだけど……」
「まあまあ、ちょっと付いてきて」
俺は全く知らない場所なのに彼女は気にせずにどんどんと進んでいく。
ちなみに今日のことは光にも俊にも内緒ということになっているからこんなことになっているとは全く思っていないだろうな、現地にいる俺だってそう思いたくないんだから余計に。
「ここだよ」
「なんでこんな寂れた喫茶店なんかに?」
「いいからいいから」
彼女に手を掴まれて強制的に移動させられる。
にしても緒方の手とか久しぶりに触れたな、大きさとかあんまり変わってねえや。
「灯さん、ですよね?」
「はい」
ん? と微妙な気持ちで彼女を見ていたら「光のお姉さんっ」と呑気に笑って答えてくれた。
いや、これなら光を連れて行ってやろうや、俺らが会ってどうすんねん。
「浩くんはなにを飲む?」
「あ、じゃ……オレンジジュースで」
「なら私もそれにしよう、すみませーん」
対面側に座ってちらりと確認してみる。
うんまあ、光に似ているのは髪型ぐらいだなというのが正直な感想。
身長だって先程一瞬立ち上がったことで俊より大きいことが分かったからな。
「あなたが安井浩二さん、ですよね?」
「そうだな」
「初めまして、私は篠崎灯と言います」
敬語はいらないと言ってみたが駄目だった、これが素の話し方らしい。
「で、どうやってふたりは知り合ったんだ?」
「先週の土曜日、そちらの県に行かせていただいたのです」
先週の土曜日と言えば遠くまで行こうと誘われた日だよな?
仮にそうでもきっかけにはならないと思うが……。
「私が浩くんの家に行ったときにこの子と出会ったんだ」
「へえ、じゃあ俺の家を知っていたということか」
「はい、お父さんに聞きました」
彼女は「あ、いまは元父ということになりますが」と複雑そうな顔で言った。
「光は残念ながら手伝いをするために家を出ていたからな」
「はい、綾祢さんに教えてもらいました、なので待たずに帰ることにしたのです」
「いや待て、ここからあそこに行くのはそれなりにかかるんだぞ、待っていれば良かっただろ」
「……そんなことをしてしまったら光ちゃんの負担にしかなりませんから」
はぁ、この姉妹もなんか変な遠慮をしているということかよ。
普通の生活に戻ったときに寂しい思いをしないためにということなら納得もいくけどさ。
「ん」
「は、はい?」
「電話」
彼女に渡したら画面を見てからこちらを不安そうな顔で見てきた。
むかついたから言いたいことがあるなら言っておけと、外に行ってこいとも言っておいた。
「はぁ、本当に不器用なやつらばかりだ」
「それは浩くんもでしょ?」
「言っておくけど緒方もだからな」
「私? 全然そんなことはないと思うけど」
「俊のことを許していないとか言いつつ安心してんじゃねえか、不器用すぎて見てられないね」
運ばれてきたオレンジジュースを一気に飲み終えて会計を済ませた。
緒方も慌てて飲み終え近づいて来たから問題もない、地味に高かったがな!
「帰るぞ、もうここに用はない」
「あ、あのっ」
「なんだ?」
こいつ本当に電話をかけたんだろうな? やけに早い終わりじゃねえか。
「わ、私もいまから付いて行っていいですか!」
「好きにしろ、俺らは先に――外で待っていてやるから着替えとか持ってこい」
「は、はいっ、すぐに戻ってきますから!」
やれやれ、寧ろ光をひとり残して母の元にいることを選んだこいつに来させることを選べば良かったものを、これだから俊と似てお人好しである彼女には敵わないね。
「ふふ、浩くんも不器用~」
「知らん」
「でも、そういうところも昔から変わっていなくていいよね」
「分かりやすいお世辞をありがとな」
「ぶぅ、本心からの言葉なのに~」
面倒くさそうな姉と合流して帰路に就く。
やれやれ、このためだと分かっていたら来ていないぞ。
普通は光だけを誘って行くところだろう、緒方の思考は少しずれているのかもしれない。
「ふぅ、疲れた……」
「お疲れっ」
いま家にやって来たばかりなのに光を連れて姉は出ていった。
俺は一切気にせずにベッドの上で寝転んでいる形となる。
「……もう緒方がどこかに行こうと言っても必ずどちらかを連れてくわ」
「今回だけだよこんなのは、だって……ひとりで行くの怖いじゃん」
「うるさい、もういいから帰れ」
「やだよー、まだ浩くんの部屋にいるから」
はぁ、せめて妄想が現実にならなければいいけどな。
出かけたり泊まったりなんかしたらまず間違いなく疑われるだろうに。
「今日はありがと」
「……ま、ひとりで行かれて迷子にでもなられたら俊が悲しむからな」
自信がないなら積極的に誰かを誘うべきだ。
信用できる異性であればもっといいな、俊であればもっともっといい。
「あはは、どれだけ俊が大切なのさ」
「単純に俺も気になるからな」
「え、そ、そうなんだ」
「当たり前だろ、俊と関わった年数=緒方と関わった年数になるんだからな」
本当に勢いだけで行動するやつだからな、今回だって俊に説明していなかったし。
俺が仮に断っていたら誰にも相談することなくひとりで行っていたと思う。
「馬鹿」
「え……なんで罵倒されてるの?」
「俊をもっと頼れよ」
「浩くんはだめなの?」
「俊に頼った後なら頼ってこい」
彼女に頼られたらなんでもしてしまいそうだから延々にできないことではあるがな。
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