02話.[終わりを迎えた]

「朝か」


 さみぃ……っと、光を踏まないように気をつけつつ部屋から出た。


「おはよ」

「おはよう、結構早く起きたのね」

「基本的に起きてるけど布団から出られないだけだな」


 とりあえずキンキンに冷えている水で顔を洗ったらすっきりした。

 適当に自分の間抜け面を見ながら歯も磨いて部屋に戻る。


「なんか小学生みたいだな」


 姉の方は俊と同じぐらいの身長がありそうだ。

 つか簡単に連れて行くとか言ったけど他県だからな、しかも隣というわけじゃないから交通費だって馬鹿にならないというのによっぽど光の方が冷静だったぞ。


「ん……」

「悪い、起こしてしまったな」

「灯……」


 こっちに抱きつきながらも気づいたんだろう、彼女はすぐにぱっと離す。


「灯がいたかと思った」

「残念だけどいないな」


 異性の前では格好つけたがる駄目な性格がもう出てしまったのか。

 簡単に言うべきではなかった、光が会う気がないと言ってくれて良かった。


「3枚かけても寒かった、床が冷たくて」

「俺の上のやつを貸したんだから1枚下に敷けばよかっただろ?」

「あ……考えなしだった」


 そりゃ下はフローリングなんだから冷えるわな。

 上に3枚かけてくるまったところで冷たい部分に当たって起きてしまいそうだ。


「ちゃんと寝れた?」

「いや、それは俺が聞きたいことだけど」

「……夢に灯が出てきた」


 会いてえのか、姉妹仲は悪くなかったと父が言っていたから無理もないかもしれないが。

 ただ、裏で娘がいらないと切り捨てたもうひとりの娘と会っていたなんてことがばれたらどうなるのかは分からない。

 すぐに愛想を尽かすということはなさそうだが、何度もすればその姉のことだって適当に扱い始める可能性があるから難しい。

 そもそもどんな人間なのかは知らないから想像したところで意味はないんだけどな。


「準備しようぜ、今日も学校だ」

「ん、顔を洗ってくる」


 だから俺にしてやれるのはその会話を切ることだけだな。

 その話を掘り下げたところで光の中のそれがどんどんと強くなるだけだ。

 そうしたら学校とか自分のことを疎かにしてそちらにばかり意識をやってしまうかもしれないから、ある程度はコントロールしてやらないといけないんだ。


「浩二、今日は帰りが遅くになるから代わりにご飯を作っていてほしいの」

「分かった、簡単な物になるけど作っておく」

「ありがとう、さすがに待たせるのは違うから」


 ちなみに母が再婚するまではずっとご飯作りは俺がやっていた。

 でも、先に食べることはしなかった。

 急いだところでしょうがないし、その時間を使って母との会話を楽しんでいたから。

 側に俊や緒方がいてくれたからこそ、家に帰ってからのひとりの状態は寂しかったんだ。

 けど、いまは結構食べる光がいるから作って先に食べるということが増えていた。

 すぐに「お腹空いた」って言う人間だからしょうがないな、待たせることはできない。


「浩二、髪の毛結んで」

「どうすればいいんだ?」

「今日は二つ結び」

「あいよ」


 髪の毛を結いつつ考えていた。

 姉だけを引き取ると言われたとき、光はどのように感じたのだろうかと。

 その前から姉贔屓なところがあったみたいだし、やっぱりなという感情だけだったのか?

 それか単純に母はどうでもよくて大好きな姉と離れることになったのが1番悲しかったとか?


「これでどうだ?」

「ん、この髪型は可愛くて好き」


 ……意外と表情豊かなんだよなあ。

 学力とかだって問題もないし、よっぽど姉がハイスペック過ぎたのかもな。

 少しぼうっとしているときもあって不安にはなるが、俺が親だったらふたりとも引き取りたいって思うけどな。

 ま、実際に親になってみないと分からないことだから意味もない考えだが。


「光、朝ご飯を作るのを手伝って」

「ん、分かった」


 あと何気にこういうところのスペックも高い。

 俺なんかより上手く手早く美味しい料理というやつを作ることができる。

 なんか以前の家での過ごし方がチラチラ見えるような気がして引っかかるところではあるが、優秀な姉がいたばかりにちゃんとした評価をしてもらえずに可哀相な人間だ。

 はっ、それかもしくは全部光がやっていたのに姉がやったことにされていたのかもしれない、そういうのって実際にあるみたいだからな。

 で、なにもしていない妹の方は無能の烙印を押されて――的な感じかもな。


「もう慣れた?」

「ん、俊や綾祢がいてくれたから」

「いい子達よね、昔から浩二といてくれるから助かっているわ」


 そういえばよくあいつらも俺といてくれているもんだ。

 積極的に迷惑をかけているような人間性というわけでは恐らくないが、逆に言えば無個性でなんにも面白くないやつだから。


「そのおかげでふたりといられているから感謝しかない」

「ふふ、そうね、転校してきたから浩二だけじゃ不安だものね」


 俺は絶対に転校なんてしたくない。

 仮に引っ越すのだとしても卒業してからにしてほしかった。

 あ、でも就職しているだろうから引っ越すのはやめてほしいと内でひとりで盛り上がっていたのだった。




「浩くん浩くん」

「ん……おぉ、どうした?」


 結構早く起きたことで眠くて寝ていたところに緒方がやって来た、相棒である俊はいないようで何故か物凄くハイテンションだった。


「さっきねっ、すっごく格好いい男の子がいたの!」

「お、おう、それをどうして俺に言うんだ?」

「だって光に話しかけてたんだもん」


 そりゃ、光に興味を抱く人間だっているだろうからなんにもおかしくないことだろう。


「光に他の子が近づくのは違うでしょ、浩くんに張り付いているべきだもん」

「自由にさせてやれ、やべえ奴だったら言ってくれればいい」

「それは大丈夫そうだけどさ」


 相棒を確認したら同性と盛り上がっているようだった。

 逆に今日は光が来ていないということになる。

 光だって女子なんだから格好いい人間とかに興味を抱くものだよなと片付けた。


「それよりいいのか、相棒といなくて」

「なんか男の子と楽しそうにしているところに突撃するのは違うかな」

「ま、俺も緒方や光が同性と楽しそうにしているときに話しかけるのはやめるからな」

「でしょ? なんか邪魔したくないよね」


 俊や緒方、光だけならともかくとして、友達に冷たい目で見られそうだからな、もしそうなったらかなり後悔して1日中暗い気分になりそうだ。


「あ、今日の放課後って時間ある? あるならファミレスにでも行こうよ」

「今日は早く帰って夜ご飯を作らなきゃいけないんだ」

「あ、そっか……じゃ、明日は?」

「明日なら大丈夫だぞ、そのときはふたりも誘っていくか」


 緒方とふたりきりでも問題はないが、緒方は元から4人で行くつもりだろうし。

 

「うんっ、じゃそういう決まりねっ」

「あ、待った、今日みんなで行けば問題ないわ」

「そうなの? じゃ、そうしよう!」


 光と別行動しなければなにも問題はない、両親はどっちも帰りが遅いから余計に。

 金は一応持ってきているから大丈夫だよな、光が持っていなくても俺が出せばいい。

 にしても、ファミレスに行けるだけであそこまでハイテンションになれるのはいいな。


「綾祢はハイテンションだったね」

「ファミレスに行きたかったみたいでな、今日予定を空けておいてくれ」

「分かった」


 俺に言うことで誘ったのはあくまで俺だけという形にしたいのかもしれない。

 素直じゃないからな、誰がどう見たってお似合いのふたりなのにお互いにないないって言い続けているんだから。

 結局、どっちかが誰かと親しくし始めてから気づきそうだ、その相手がいつでも側にいてくれたことへのありがたさに。


「今日は光ちゃんが来てないね」

「俊って光のことよく気にしているよな」

「うん、なんか不安になるんだよ、だからどうせなら浩二の近くにいてくれた方がいいや」

「ま、光が来れば緒方も来るからな、そうすれば俊は安心できるだろ?」

「そうだね、綾祢も近くにいてくれた方がいいかも、どっちも不安になるからさ」


 確かに勢いだけで動くことがあるから不安になるというのは分かる。

 逆に光のようにずっと来ていた人間が急に来なくなったら気になるものだ。

 だけど自由にしてもらいたいから別に自分からこっちに来いだなんてことは言わない。

 休み時間が終わり授業が始まる。

 ……格好いい奴ってこの学年にいたか? もし年上だということなら気になるな、どうやって知ったのか、なにを気にして近づいて来たのか、純粋無垢なところがあるから騙されないか心配になる。

 いやなんだこれ……先程緒方が心配そうな顔をしていた理由が分かってきてしまったんだが。


「安井、続きから読んでくれ」

「先生、姉が心配なので行ってきてもいいですか?」

「駄目に決まっているだろ、いいから46ページの最初から読め」

「分かりました」


 やっぱりよく見ておかなければならない。

 いい奴そうであれば後はそいつに任せる、そうすれば光も楽しめるだろうから。

 授業が終わったら今回は俺の方からあっちのクラスに行くことに。


「浩二?」

「今日は来ないから心配になってな」

「眠くてじっとしてた、たまに人と話したりしたけど」


 知ってる、あそこで同性と盛り上がっている緒方さんが教えてくれたからな。


「へえ、同性か?」

「違う、異性」


 でも、知らないフリをしてみたら呆気なく終わりを迎えた。

 ここで隠したりしないことを良かったと判断しておけばいいか。


「なんかお店のお手伝いをしてほしいって頼まれた」

「は? あ……なんで急にそんなことを?」

「可愛いからだって、私って可愛い?」


 これはまた言いづらいことをスパッと聞いてきたなっ。


「……ま、か、可愛い……んじゃねえのか?」

「なら良かった、お店のお手伝いできそう」


 ぐっ……気にしていたのはそっちかよ。

 可愛くなかったら相手に申し訳ないと思ったんだろう。


「今週の土曜日にお手伝いをしてほしいそうだから行ってくる」

「あ、でも今日は行くだろ?」

「行く、ジュースいっぱい飲む」

「はは、まあ程々にな」


 よしよし、今日来てくれるのなら問題はないな。

 土曜日の方は俊や緒方と一緒に光を尾行して場所を把握しておく。

 1度引き受けて大して問題もなく終わったら次もとなるのが人間だから、これから何度かはあるかもしれないから。




「ひとりじゃ行きにくいから助かるよ」

「へえ、綾祢ってそういうこと気にするんだ、いつも考えなしなのに」

「余計なお世話、というか本当は浩くんと光のふたりだけと行くつもりだったのに」


 注文を済ませたらいきなりやり始めた。

 なんでお互いにお互いを下げるようなことをするんだろう。

 別に仲良くしておけばいいよな? 家では大人しいことを俺らは知っているぞ。


「え、土曜日にあの人のお手伝いをするの?」

「頼まれたから」

「「不安だなあ」」


 分かる、だから速攻でメッセージを打って送っておいた。

 ふたりもすぐにそれを確認してこくりと頷く、チェックしなければ休日も休めん。


「ほら光、沢山飲むんだろ?」

「飲むっ」


 彼女は席を離れて飲み物を注ぎに行った。


「何時からかは分からないから7時に集合しよう」

「「分かった」」

「じゃ、俺らも飲み物を飲もうぜ」


 ちなみに幼馴染さん達は料理を注文してあるからここで済ませてしまうみたいだ、俺らはジュースだけにして帰ったら作ると決めている。


「ふふ」

「ん? どうしたんだ?」

「席が当たり前のようにこういう形になっているから」


 ああ、あんなことを言っておきながら幼馴染さん達は隣同士だからな。

 いまだって機械の前であーだこーだ言っているみたいだから面白い。


「土曜日頑張れよ」

「ありがと、逆効果にならないように頑張ってくる」

「気張らなくていい、光なら問題なくできるよ」


 ふたりが戻ってきてすぐに料理が運ばれてきて楽しそうに食べていた。

 漫画のキャラみたいに腹を鳴らしたり、人差し指を咥えて見ている光。


「はい、ちょっとあげるよ」

「ありがとっ、俊は優しいね」

「いや……そんなにじっと見られていたら食べづらいだけだよ」


 家に帰ったらすぐに作ってやろう。

 ふたりが食べ終え、ある程度飲み物をおかわりしたところで退店となった。


「はぁ、お腹いっぱい」

「私はお腹空いた……」


 4人で帰るときは基本的に俊の横に光という形になる。

 隣をゆっくり歩いている彼女はどういう風にそれを見ているのだろうか。


「あのふたりってさ」

「えっ、あ、おう、ふたりがどうした?」

「なんかお似合いじゃない? あ、本当は俊よりいい子がお似合いだけど」

「そんなこと言ってやるなよ、ただ……確かに他の知らない男子よりかは断然いいな」


 とにかく光が悲しむような結果にならないといい。

 家族なんだから気になる、それが例え義理のだとしてもな。


「緒方はどうなんだ? 誰か好きな人とかいるのか?」

「私? いないよ、いまは学校生活を楽しみたいから」

「あ、そういえば……」

「うん、あんまりいい思い出がないからさ」


 俊がやめておけと何度も言っていた。

 いい噂は聞かないからと、傷つくことになるだけだと。

 が、彼女はそれを聞かず、寧ろ言われれば言われる程頑なになった結果、裏で付き合っていた女子の方を大事にされ捨てられたという感じになる。

 彼女には悪いがそいつはすごいと思う。

 よく特定の人間と付き合いながらまた違う人間とも付き合えたものだなと。

 普通は引っかかるところだろ? どちらかと会う度にちらついて楽しむどころではないと思うのに結局1年間はやり抜いたわけだからな。


「あのときは俊に凄く怒られたな」

「当たり前だ、いい噂を聞かない奴なのは確かだったからな」


 元々、普通から可愛いや綺麗レベルの女子を見ると口説くような人間だと聞いていた。

 そして事実俺は俊と一緒にそのようなところを見ていたわけだから止めたくなるというもの。

 だが恋の怖いところはそういう細かいところを冷静に見られなくなるということなんだよな。

 そういうのでも自分を選んでくれればいいというのが彼女の主張だった。

 俺は途中から言うのをやめた、彼女が決めたことならと片付けた。

 けど、俊は幼馴染ということもあってそれだけでは片付けられなかったんだろう、何度も何度も口にして、彼女から嫌いだと言われた後でも貫き続けた。

 しかも捨てられて泣いていたときに責めることなく優しくできていたぐらいで。


「でも、私はまだ俊のこと許してないよ」

「は? なんでだよ?」

「確かに私が冷静でいられていなかったのは事実だよ、付き合う前からどういう人なのかは分かっていたし、付き合ってからは益々そういうのが見えてきたわけだからね。実は裏で付き合っているから私とはいられないって言われたときには涙が出て、あれだけ自由に言っていたのに俊は私に優しくしてくれた」


 いまのだけを聞くと感謝しているようにしか聞こえないんだがな。


「でもさ、私は確かにあの人のことを好きになっていたんだよ、物を落として慌てて拾っているときに他の人は来てくれなかったけど先輩は来てくれたから」


 ま、そういうきっかけから仲良くなって好きになるってことはあるだろうな。

 俺としては女子ならもう少しぐらい警戒するぐらいでいいと思うが。

 物を拾わなかったのだって急に触れて文句を言われる可能性だってあるからだ。

 善意でしたことが相手にとっていいとは限らない、自衛しなければならないときもある。

 誰だって悪く言われたくないからな、俺は近づかなかった人間達の気持ちも分かる。


「遠回しになっちゃったね、だからその……私はつまり応援してほしかったの、そっか、頑張ってねだけで良かったんだよ。どんなことだって後で悔やむことになる可能性はある、なのにそのときだけだめ、やめろって言われてもさ……」


 相手が元々いい噂を聞かないような人間であれば俊だって言わなかった。

 しかし結果論だからな、今回はこういう残念な結果になっただけで、また違うパターンもあったかもしれないからなんとも言えない。

 内や裏でのことは知らないから分かっている部分だけで判断して行動するしかないのだ。

 好きになった人を追いかけることを理解してほしいという彼女の気持ちも、俊の危ないことや悲しいことに巻き込まれてほしくないという気持ちもどっちも間違ってはいないんだ。


「それに私の人生でしょ? しかも仮になんらかの悪いことになっても俊が傷つくわけじゃないんだから勝手にやらせてくれれば――」

「それは違う、別に自分に実害がなくたって傷つくときは傷つくだろ」


 当時はこれだけ言っても届かないのかと、半ば絶望に近い考えになったのかもしれない。

 あくまでそのこと以外では普通の感じだったが抱え込むのが上手い奴だからな。

 だからその時点で傷ついているようなものだ、人によっては自分を責めることもあるだろう。

 難しいのは彼女側からすれば「は? 頼んでないんですけど」で終わってしまうということだ、残念ながらほとんどそのようになって最悪は関係すら悪化してなくなってしまう。


「当時の緒方が言っていたように俊は勝手に深く考えていただけなのかもしれない、相手のことを考えて言ってあげていると言えば聞こえはいいが実際は押し付けみたいなものだからな。全く自分の考えを聞かずに頭ごなしに否定してくる俊が嫌な奴に見えたのも仕方がないのかもしれない、だが、あのときはまず間違いなく俊が1番緒方のことを考えていた、だからそんなことを言わないでやってくれ」


 偉そうに言ったが謝ることはしなかった。

 後に謝るぐらいなら言ったり、したりはするべきではないから。

 彼女はふたりが待っていたところに合流し4人でまた歩き始めてもなにも言わなかった。

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