27作品目

Rinora

01話.[確かにそうだな]

 高校1年生の夏、シングルマザーだった母が男と再婚した。

 ま、それは普段から苦労しているということは分かっていたからいい、旦那がいるというのはかなり大きいだろうから。


浩二こうじ、母さんと買い物に行ってくるからひかりのこと頼む」

「いや、俺らは同級生だからな」

「分かってるよ、行ってくる」


 この人が母の再婚相手、名前はまさる

 なんというかとにかく厳つい、けど中身は優しいという不思議な感じの人だった。

 最初は気に入られるために無理して優しくしてくれているのかと思ったがそうではなく、高校1年の冬現在に至ってもそうだったから驚いた形になる。

 そして光というのは父のひとり娘であり俺の姉ということになるわけだが、向こうの方が少し早く生まれたというだけなので結局のところは歳は変わらなかった。

 で、なにが問題なのかと言うと、両親が去ると途端に話さなくなるのだ。

 意思表示はしてくれるから問題がないと言えば問題はないのだが……。


「光、もう課題はやったか?」


 頷いてこちらの袖を掴んでくる彼女。

 ふたりきりになると必ず黙るから不安になる。

 しかも黙るくせに必ず近くにいようとするから難しいんだ。

 でもそれならこうしてリビングにいようとはしないだろうという願望もあって。


「ちょっと見せてくれないか? 不安だから確かめたいんだ」


 そうしたらひとつ頷いてとことことリビングから出ていく光。

 いや、俺が頼んでいる側なんだから俺が動くべきだろう。


「取りに行かせて悪いな、俺が行くべきだった」


 駄目だ、ちゃんと意思表示はしてくれているけどこれじゃなんにも分からない。


「喋ってくれないか? 無理なら紙に書いてくれてもいいから」


 学校で話しかけられたら普通に話せる人間だから違和感しかない。

 ま、ほとんどは席でじっとしているか、同性の友達と盛り上がっている俺の上着の裾を握っているかだから無茶なことを言っているのは分かっている。

 8月に家にやって来てから1月現在まで彼女はそれを貫いているわけだからな。

 が、残念ながらぶんぶんと首を左右に振られるだけだった。


「そうか、まあ無理ならしょうがないな」


 紙を渡してくれたから礼を言って見させてもらう。

 ああ、大丈夫のようだ、不安はこれで吹き飛んだからもう構わない。


「ありがとな」


 生きてきた年数に比べればここで暮らし始めてから全然時間が経過していないからな。

 頼みまくって嫌われることの方がダメージ大だから当分の間はこのままでいようと決めた。

 人生は結局なんとかなるようになっているから気にする必要はないだろう。




「浩二」

「よう」


 友達の菅野しゅんがやって来た。

 毎朝こうして集まって行くのが決まりとなっているから新鮮味はない。

 ただ、幼稚園時代からこうして一緒に集まって目的地へと歩くことが常になっているわけだから、高校を卒業するまでは一応続けたいと思っている。


「あれ、光ちゃんは?」

「後ろに張り付いているぞ」

「ははは、基本的にそんな感じだから慣れちゃったよ」


 俊が大体156センチぐらいで光が多分、145センチとかだから俊の後ろにも隠れることができるな。

 なにか避けたいときなんかには便利かもしれない、170センチもあるとそんなことが途端にできなくなるからな。


「おっはよー!」

「おはよ、綾祢あやねは朝から元気だね」


 彼女は彼の幼馴染の緒方綾祢。

 髪はショートだが、彼女が元気良く動く度に毛が揺れている。

 対する光がロングだからなんかバランスがいいというか、口にしたりはしないが。


「浩くん、光は?」

「後ろにいるぞ」


 彼女が覗き込もうとしたら今度は俊敏に前にやって来た。

 そのままこちらの腕を掴んで見上げてくる光。

 これじゃあ学校に行けないから持ち上げて連れて行くことにする。


「いいなあ、俊もして」

「きみの方が大きいんだから無理だよ、それはつまり体重が重――ぐはっ!?」


 墓穴を掘っている俊を放って学校に向かう。

 こういう登校形式に慣れているのは光もなのか大人しくしていた。

 単純に持ち上げられたうえに対象は動いているわけだからじっとしていないと危ないのだと判断しているのかもしれないが。

 校門のところで彼女を下ろし、これまたふたりを待つことなく敷地内に入っていく。

 残念ながら彼女と緒方は別のクラスだ、俊とだけこれまでずっと同じクラスとなっている。

 俺らが同性ではなく異性同士だったらまず間違いなく運命の相手と言ってもいいだろうな。


「いてて……」

「女子の体重について触れるなよ」

「いやだって……この歳で異性にべたべた触れるのは違うから」


 全部こちらに突き刺さっているわけだがどう考えているのだろうか。

 自分はそんなことをしないと決めているということなのか?


「おいおい、光に刺さってるぞ」


 先程別れたはずなのにもう側にいるんだから。

 ちなみにそんな光に緒方がくっついているから面白い。


「親しき仲にも礼儀ありというやつだねっ、俊は全く守れていないけどねっ」

「ちょ、ちょっとした冗談だからさ」

「人を傷つける冗談は良くないと思いますっ」


 確かにそうだな、そういうことできっかけ作りは良くない。

 光もこくこくと頷いて同意している様子、なんか一緒にいると親になった気分になる。


「でも、俊は綾祢のことをよく分かってる」

「うーん、それは分かるんだけどさー」


 こんな感じで普通に話してくれるんだけどな、ふたりがいれば。

 その違いがよく分からない、それこそ関わっている時間は俺との方が多いから。

 量より質だと言われたらそれまでだが……単純に寂しいな。


「それに綾祢は俊といたくてこっちに来てる」

「それは違うよ、光が行っちゃうから仕方がなく付いてきているだけで」

「素直になった方がいい、失ってからじゃ遅いから」


 父と遊んだ記憶は全くない。

 ただ時間が経過して自分が成長し、幼稚園に通うとか小学校に通うとかそういうことに向き合っていた間に両親が離婚してしまったからだ。

 薄情な話ではあるが全く悲しくはなかった、どこに行ったのかって純粋な気持ちで聞くぐらいにはだ。

 だけど自分が小学校高学年になったり中学生になってから分かった、父がいてくれることのありがたさに。

 いや、俺は別に良かったんだ、学費や必要な費用を払ってもらえていたから通っていれば特に問題も起きなかったからな、毎日楽しく通えていたし。

 だが母は違う。

 なるべく手伝うようにしていたができることにはやはり限りがある、だから結局頑張って働きながら母が毎日家事もしてという感じで中々にハードな毎日だったと思う。

 だからありがたいのではないだろうか、ひとりで頑張らなくてもいいと休めることが。

 もうこの歳になればいきなり父ができようが反抗的な態度を取ったりはしない。

 ただまあ、いきなり言うのではなく数ヶ月前から言ってくれていればもっとよかったけどな。


「浩……二」

「どうした?」


 父さんもよくこんなでっけえ息子がいる母さんを受け入れたものだなあ。

 実は母と一緒にどこからかチェックしたりしたのだろうか。

 だってそうじゃないとどんな奴か知らなくて住み始めてから問題も起きるかもしれない。

 大切なひとり娘にとって害となる存在だったら確実に困るわけだから。


「廊下」

「あいよ」


 にしても、よく光を自分の元に残すことができたな。

 そんなに元の母親は酷かったのか? それとも、亡くなってしまったとかか?

 俺の母はともかくとして、細かいことをなにも知らないから困ってしまう。


「言ってなかったけど双子の姉がいる」

「は? あ……」

「亡くなっているとかじゃない、母が姉だけを引き取っただけ」


 でも、向こうにまとめて引き取られたことで幸せになれた、なんて言えないしな。

 そんなのは結局結果論で、父が好きでいま楽しく生活できているのならいいのでは?


「そうか、なんで急に言ってくれたのかは分からないが教えてくれてありがとな」

「ん、なんにも話していなかったから言わなければならないと思った」

「別にいいぞ、言いたくないことなら言わないままでいい」


 なにができるというわけではないから過去のことには縛られずにいてほしい。

 言い方を悪くすれば親に巻き込まれたようなもの、巻き込まれた側にできることと言えばただ普通に人間らしく生きることだけだ。

 誰が家族に加わってもそれだけは変わらない、逆に言えばそれだけを守っておけば問題もあまり起きないということで。


「あと……いつも喋らなくてごめん」

「ま、光の好きなようにしてくれればいい、変な遠慮はいらないぞ」


 俺らは家族なんだからと言おうとしてやめた。

 なんか陳腐になるし、プレッシャーになりかねなかったから。


「それといつもありがと、浩二の近くにいると安心できるから」

「そ、そうかっ、それなら良かった」


 やべぇ、泣きそう。

 冗談はともかくとして、違う県から知らない県に越すことになったのだから不安になって当然だろう、友達とかもいただろうにそれすら切り捨てて親に付いていくしかできないのだから。

 けどだからこそ、俺がいると安心できるとか言ってもらえるのは嬉しいな。


「でも、持ち上げるのはやめてほしい、恥ずかしい……から」

「お、おう、悪かったな」


 やべえ、可愛く見えてきてしまっている。

 義理の姉だから別に恋をしても血の繋がった姉弟よりは問題もないが。

 いや、これは結局一過性のものだから大丈夫だ、落ち着け俺。


「あ、光のこと独占しないでよね」

「悪い、緒方に返すわ」


 俺らは家でも一緒にいられるんだから学校時は他の人間と関係を築いておくべきだ。

 最悪、俺と喧嘩をした際になんかはそっちの方を頼れるようにな。

 もっとも、喧嘩するつもりなんて微塵もないけども。


「俊も仲良くしてやってくれよ?」

「うん、光ちゃんから来てくれる限りはね」


 ま、相手にその気がないのに積極的にその相手のところに行くのは難しいか。

 俺でも相手に迷惑をかけることになるからとやめるに違いない。

 

「それより緒方のことってどう思っているんだ?」

「あの子は大切な幼馴染だよ、だからいまのこれが1番かな」

「そうか」


 進展させれば必ずいい結果に繋がるというわけでもないしそうだな。

 寧ろお互いに好きで付き合い始めてもそこがスタートラインだったりするし。

 余計なことは言わないでこちらは見ておくことに専念しようと決めたのだった。




「もうひとり娘がいたって本当のことなのか?」

「光から聞いたのか? それは事実だぞ」


 夜遅くに仕事から帰ってきた父に聞いていた。

 酒を飲んで癒やしを求めているときに聞くのは悪いが、こういうときでもないと日曜日ぐらいにしか話せなくなるからな。


「姉妹仲は悪かったのか?」

「いや、光は姉である灯とは仲が良かったな」

「じゃ……母親から光だけ可愛がられてなかったとか?」


 その本人は恐らくもう部屋で寝ているだろうが聞いておかなければ。

 会いたいということなら力になってやりたい、それに父だって場所は知っているだろうし。


「ま、灯を贔屓していたところはあったな、反応が明らかに違かった」

「そうか」

「こんなことは聞きたくないかもしれないが、離婚をしたいと言ってきたのはあっちだぞ。あとはあれだな、常日頃から灯だけでいい的なことを言うことが多かったから灯だけを引き取ると言ってきたときは違和感もなかったな」


 彼女がこの人とはそれなりの関係を築けていて良かったと言える件だ。


「悪いな、せっかく休んでいるときにこんなことを聞いて」

「いや、そういう話をしてこなかったからな」

「あんまり言いやすいことじゃないだろうからな、いい雰囲気になるわけでもないから難しいとしか言えないな」


 会いたいと言う可能性は今日の様子を見ていればある程度あると分かる。

 が、こちらから出すことはしない、ほーんぐらいで済ませたと考えさせておきたい。


「最後にひとつ聞かせてくれ、家は知っているのか?」

「知ってる、何故なら俺らが出てきた形になるからな」

「そうか、じゃ万が一があってもやりようがあるな」

「万が一?」

「もし光がその子と会いたいって言ったら俺が連れて行く」


 でも、父や母には黙っておく必要もない。

 ぺらぺら喋るような人達ではないからだ、相手が例え家族であっても。

 事実だからこそ姉がいたことを今日まで知らなかったわけなんだからな。


「母親の方はともかく、灯はある程度理解はしてくれるから多分……」

「ま、言ってきた場合はだからな。俺だって変にかき乱すようなことはしたくないし、別に喧嘩をしたいわけではないからさ」


 ただ、光に言いたいことがあるならはっきりぶつけさせておいた方がいい気がする。

 抱えたままだと引っかかって上手く楽しく過ごせないから余計に。

 今日だってそういうニュアンスが含まれているような気がした。

 表情も失ってからじゃ遅いと口にしたときは暗かったような……気がするし。


「ありがとな、浩二のことを気に入っているようだし良かったよ」

「ふたりきりのときはあんまり喋ってくれないけどな」

「そうなのか? 確かに口数が多い方ではなかったがちゃんと反応してくれるけどな」

「そうだな、反応はしてくれるからまだなんとかなってるよ」


 魔法が切れたのか家に帰ったらまたいつも通りになってしまったが。

 もう俺も寝るか、これ以上邪魔したら悪いからな。


「浩二」

「うわっ!? な、廊下でなにやってるんだよ……」


 リビングから出てすぐの廊下で立っていたら怖えよ……。


「上に行こ」

「お、おう、いまから寝ようと思っていてな」


 ふぅ、夜も遅いのに大声を出してしまった。

 母は明日も早いからもう寝ているというのに……申し訳ない。


「ここで寝る」

「床だと寒いだろ?」

「布団いっぱい持ってくるから大丈夫、まだひとりだと不安」


 昔からの癖というか姉と寝てきたからひとりは嫌みたいだ。

 それなら母の部屋にでも行ったらどうかと言ってみたものの、疲れているだろうからと言われて確かになと納得してしまい敗北。


「じゃ、これもかけておけよ、風邪を引かれても嫌だからな」

「ん、おやすみ」

「おう、おやすみ」


 電気を消したことによりすぐに部屋は真っ暗になった。

 両親が一緒の部屋で寝ているのもあって父にも頼れずに俺を頼るというのが常という形に。

 俺としてはひとりで寝ることの不安よりあんまり知らない男の部屋で寝る方が不安だと思う。

 けど、何回も続けるということは少なくとも嫌われているというわけではないんだろうな。


「……さっきの嬉しかった」

「いたなら中に入ってきてくれよ」

「……なんか恥ずかしかったから」


 うーん、自分のことについて真面目な雰囲気で語られていたら俺も入りにくいか。

 特に問題を起こしているつもりもないから「いつまでも彼女ができないの……」とかって話題になりそうだ。

 なんでこういうのばかり簡単に想像できてしまうのかね、どんなに明るい人間にもマイナス思考をする時間はあるだろうから怖いわ。


「でも、会う気はない」

「そうなのか?」

「浩二が言っていたように邪魔したいわけではないから」


 お互いに新しい生活を始めているからということか。


「そうか」

「ん」


 それなら先程も考えたように言うつもりはない。

 人間、こういうことを言っていても表に出すことはあるからどうなるかは分からないが。


「俊や綾祢もいてくれて良かった、3人がいてくれているから安心して高校に通える」

「だな、俺もあのふたりがいてくれているおかげで楽しめてるよ」


 ただ会話をし、遊んだりできるだけであっても幸せだった。

 できることなら一生とまでは大袈裟なことは言わないから30ぐらいまではいたかった。


「こう……じ」

「ん? ふっ、おやすみ」


 転んだままでも滅茶苦茶分かりやすくていいな。

 寝るか、一応トイレに行ってから。


「トイレか?」

「おう。あ、光をそっちで寝かせてやってくれないか?」

「もしかして浩二の部屋で寝ているのか? 風邪を引かなければいいが……」

「いやそうじゃなくて、俺らは異性なんだぞ?」


 厳ついんだからそこは厳しくいこうぜ。

 別のところでは優しくしてくれるままでいいからよ。


「向こうでは我慢させてしまったから光のしたいようにしてほしいんだ、浩二の近くにいることで安心できるということなら任せたい、もっとも浩二がいいのならだけどな」

「そりゃいいけどさ」

「じゃ、問題もないだろ」

「……ないだろうけどさ、もし異性として意識し始めたらどうするんだよ」

「そのときはそのときだな、叱るようなことは絶対にしない」


 じゃ、こっちで気をつけておかないとな。

 どうなるのかは分からないから常に全開とまではいかなくても程々にな。

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