第14話
「警備部が一体、ここのヒトに何の用?」
珍しく、やや尖った声で尋ねるアミア。
「だからテメェにそんなことを教える義理はねえ。本来の業務で来てるだけだ」
業を煮やしたのか、ダイグは俺を押しのけるようにして、ボラクの部屋のドアの前に割り込んできた。
そういえば警備部の本来業務とは何だろう。名称はストレートではあるのだが、何を警備するのかがわからない。
素直に考えれば、それこそさっきの『古きもの』への備えだろうか。アミアも彼らが片付いてからやってきた、と言っていた。
「……本業って」
「勘違いすんな、取立て屋のお株を奪おうって話じゃねえ。この部屋の住人――ボラクには、ある嫌疑がかかってんだ」
「嫌疑……?」
『塔』では、殺人が起きても捜査もされない。治安維持のための組織がない、あるいは部族が代わりを担っていると認識していたが、警備部がそれにあたるのだろうか。
「いいか、これだけでも大サービスを大サービスしてやった状態なんだからな。ドアを破る権限もねえ管理部はすっこんでろ」
ダイグの妙な言い回しはともかく、正直俺たちが家の前にいてもできることはない。
「つまり彼らが鍵を壊して踏み込める部署ってことだよな。とりあえず、中にいるかだけでも便乗して確かめられるならラッキーじゃないか?」
アミアを脇に引っ張っていき、そうささやく。
「たしかに……?」
「よし、じゃあせいぜいムッツリと不満そうな顔して待っててやろうぜ」
いなければいないで他をあたるだけなので、この場を見守るのは俺たちにとって損はない。問題があるとしたら、ダイグたちが出会い頭にボラクを殺す可能性だ。
その懸念をこっそりアミアに尋ねると、可能性としてはあり得るが、自宅にいるのが確認できたら滞納課として介入もできると答えた。
……つまり、豪虎族とグレイ風種族の混成トリオとバトルになるのか?さすがにその展開になった場合は撤退を提案すべきか。
アミアはあの細腕ででかい鉈を振り回すし、ジャンナンの言いぶりからも強いのだとは思う。しかし三人相手にどうなのかはわからない。
ちなみに俺はその方面では一切役に立たない自信がある。
……ボクシングジムに通っていただろうって?
残念、ジムは確かにそうだが、ダイエットコースでリタイア世代やOLさんに混じってサンドバッグ叩くのを格闘技経験とは呼ばないのだ。
そうこうしているうちに、ダイグたちはごくあっさりとドアを蹴破り(予想してたけど業者呼んで破錠なんて穏当な手段はとらないんだよな)、中へ踏み込んでいった。
アミアは油断ない様子で、警備部の三人の背後から距離を詰める。さてボラクは在宅なのか……
「くそっ、いねえな。だが奴らが湧いたからにゃ……」
ドタンバタンとドアを開け閉めするような音が聞こえてくる。
「アニキ、こっちに妙なものが」
どうやら俺たちのターゲットは幸か不幸か、不在だったようだ。しかしウナーだかセターだかが、気になる発言をする。
「おいっ、これだ……ボスに連絡を」
こいつら、単にボラクを追っていただけじゃなくて、何か探し物をしていたのだろうか?
「しかしアニキ、これが遺物なんですか?ただのガラクタにしか……」
遺物?
「なんだか変な話になってるね……?」
中腰で中を覗き込んでいたアミアが、こちらを見上げてきた。額から生えているツノに顎を突かれそうになって、ややのけぞる羽目になる。
「アッ、テメェら、何盗み聞きしてやがる!」
おっと、見つかった。
「この部屋の住人が在宅か確認しただけですよう。ボラクさんは家賃滞納してますから」
足音荒く入り口に取って返してきたダイグに、アミアがごく平静に言い返す。見習いたい、この面の皮の厚さ。
もう隠れても意味がないので、俺も正面に立ち、ダイグの大柄な体躯の向こうにわずかに見える室内を観察することにした。
中はいかにも中年男の一人暮らし。殺風景で雑然としていて、少しクサい。
部屋の作り自体はザルケラのところと似ている。
手前から左手に洗っていない食器の溜まったキッチン、ダイニング、右に水回りにつながる開口部。突き当たりにドアがあるのも同じだが、全体的に広く、キッチンも大きめの設備が入っている。この辺が家賃の差だろう。もしかすると奥には複数の部屋があるのかも知れない。
ダイグたちの発見した遺物とやらが見えないか、さりげなく視線をあちこちしてみたものの、警備部の三人がすぐに集まってきて、視界はふさがってしまった。
「見ての通り住人は留守だ。こっちにはまだ仕事がある、邪魔なんだよ。どっか行っちまえ」
牙をさらに剥き出したダイグに邪険に追い払われ、俺たちは素直に撤退した。
「結局、何だったんだろうな」
「うーん……」
俺とアミアは、ボラクの自宅がある114階から23階まで降りてきた。
こんなに下層まで来たのははじめてだ。そしてエレベーターを降りた瞬間、俺が今まで訪れたことのある階とは全く
まず街並みが違う。200階界隈が商店街、飲食店街、住宅街だとしたら、ここはアレだ。
工場街。
「警備部の言っていた遺物ってのは、きみにも心当たりがないのか」
「それなんだよなー」
通りには、小さな町工場が並んでいる。開け放したドアやシャッターから中が丸見えの工場も多い。
作業機械がいくつも置かれ揃いのツナギの従業員が忙しく働いているような会社から、ランニングシャツとステテコの老人が一人、回転する小さな機械で何かを加工しているだけ、というところまで様々だ。
それでもエレベーターに近いあたりにはまだやや規模の大きな工場や倉庫もあったのだが、離れるにつれだんだんと道幅は狭く、区画そのものが小さくなってきた。
推察するに、この『塔』の地価ならぬ賃料は、エレベーター付近や窓のある区画の方が高い傾向にあるのだろう。
「正直言って、私も何のことか。でもあのヒトたちの会話の雰囲気は、ちょっと普通じゃなかった感じ」
「一般的な意味で遺物っていうと、大昔の物、ってだけだろうけど。つまり何か貴重な品があったとして、それをボラクが盗んだせいで追われていた……とか?」
「筋が通ってるっぽく思えるけど、警備部の仕事としてはヘンかなあ。盗品の捜索って、『塔』の運営には入らないもん」
つまり、彼らの仕事に犯罪捜査は含まれない。あくまで警備部という名称に不自然のない範囲にとどまると考えて良さそうだ。
「もともと、警備部がおかしなこと企んでるのは皆知ってるんだけどー。でもその件と直接関係あるのかはわかんない」
「おかしなことを企んでる……?」
「あ、あそこですね」
非常に気になるワードが出てきたところだったが、アミアの指した先に、泥鎮狩猟という看板が見えた。……さっきの話はあとで詳しく聞くのを忘れないようにしなければ。
古びた3階建てのビルの1階に、昭和テイストの小さな事務所が入っている。ガラスのドアにも、レトロな書体の金文字で社名が書かれていた。
「ごめんくださーい」
アミアはこの3日のあいだ俺が散々お願いしたのを守って、穏やかにドアを押し開ける。何も言わなかったら蹴り開けるのがデフォルトだからなこの
抜かないまでも太腿のベルトにさげてある鉈に手をかけながら、油断なく中を見回し、手前ドア側の壁際にある応接セットに視線を止め、首を傾げた。
「……おきゃくさん?」
あどけない声がして、俺も目をやる。
てかてかした安っぽい合皮のソファに、小さな女の子がいた。
歳の頃は10歳前後。おかっぱ頭に、肌は土色で素焼きの陶器のような質感だ。プリントが色褪せたTシャツに、下は俺の子供の頃にも廃れ始めていたような白いライン入りのジャージをはいている。
「あ……ええと、こんにちは。おじさんたちは管理部だよ。今は大人のヒトはいないのかな。ここでボラクさんという人が働いてるはずなんだけど」
「……パパ」
応接テーブルに開いた練習帳のようなものの上に、握っていた鉛筆を放り出し、女の子がぽつりと言う。
「ボラクはパパの名前」
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