第13話

「うしろ、よろしくね!」

 最初の二体は、さしたる抵抗もなくアミアに両断された。だからそこまで危険なものではないのかとも思ったが、背後を誰かに頼みたい程度には手こずる相手なのだろうか?

「了解」

 短く応じて、タイエは前方に走るアミアが一瞬前まで立っていた場所に生えてきた『古きもの』を踏み潰す。

 こいつら、動きは直線的で単純だ。

 しかし歩みはハリウッド映画に出てくるゾンビなんかと比べれば断然キビキビしている。人間の日常動作くらいの速さだ。

 つまり問題は、その速度で動くものがこの物量で、さらにどこからわいてくるのか予測できない点だ。

「お、やってるねー」

 言われた通りに離れた位置で見守るしかないでいるところに、さらに背後から声がかけられた。

「ジャンナン君」

 ぶらぶらと気楽な様子でやってきたのは、こちらも二十代後半くらいの若者だ。

 派手な柄でタラっとした素材のオーバーサイズのTシャツに、横を紐で絞って丈の調節ができるクロップドパンツ。足元は革のサンダル……ゆるい格好に、ウェーブのかかったピンク色の長めの髪は似合ってはいるのだが、口調とダルそうな歩き方も相まって、すごく軽薄に見える。

「どもす、コーダさん。つーか現着メチャ早いっすね。アミアちゃん、ハリキリすぎっしょ」

 言いながらガリガリと後頭部を掻いている手の肘から先や、露出している脛から爪先までは、髪と似た色合いのなめらかなウロコに覆われている。

「たまたまターゲットの家がこの区画だったんだよ。君らは?」

「オレらもそんな感じすね。まあアミアちゃんが向かった情報見て、タイエが来たがったんですけど」

 ジャンナンとタイエは管理部滞納課のメンバーで、立場としてはアミアの先輩にあたる。

 この三日間、俺が買い物や食事のために管理フロアから出るときには、二人にもさんざんお世話になっている。

 今の滞納課では彼らコンビが一番成績が良いとかで、任される案件も多く忙しそうなのは俺も把握していた。

「これって……アミアさんはバイトって言ってたけど」

 二人が戦っているのを前にしてジャンナンが全く緊張する様子がないので、尋ねることにした。

「そーすね、害虫駆除みたいなもんかな。『塔』の予算からいち現場いくらで報酬でるんで。あいつらなら、数がよっぽどならともかく、まずやられることはないすよ……オレたちが足引っ張らなけりゃ」

 腕っ節イマイチ系の種族だとフツーに噛まれて死んだりするんで、とジャンナンは俺を伴ってさらに後方に退く。

 滞納課はツーマンセルでの行動を基本としていて、一人が交渉メイン、一人が護衛役となるようコンビを決めるのだそうだ。

 本人も言うように、ジャンナンの種族は『塔』の中では腕が立つ方ではないと聞いている。それでもおそらく自衛すらできない俺よりはマシだろうが、コンビの用心棒はタイエだ。

 アミアたちの奮戦が続く中、廊下の向こうからも刃物や鈍器を携えた屈強な連中がやってきて、戦闘に参加した。

 そのうちに湧いて出るペースを倒すペースが上回り、やがて『古きもの』の出現はぱたりと止まった。


 終わった終わった、といった感じで参加者たちは三々五々に散ってゆく。

「ふー。おじさん、イイコにしてましたか?途中かじられそうになってたみたいだけど」

 イイコにって。俺は幼児か。

「彼らのおかげで無事だよ、ありがとうな」

 アミアとタイエが合流し、二人はそれぞれ自分のスマホから掃討参加の報告をあげたようだ。

「よしっと。んー、今週はバイト全然やれてないなぁ」

「でもアミアちゃん、本業は調子良さそうじゃん?なんかオレと組むより、コーダさんのが合ってそう」

 両手の指でアミアを指すジャンナンはニヤニヤしている。

 そう、実を言えば彼はアミアの元相棒だ。期間はごく短かったようだが。

「べっつにー。たまたま、斬るまでもないターゲットが続いただけだよ」

 興味なさそうな口調のアミアのスマホ画面は、すでに何らかの写真系SNSのようなものに移っている。……こういうのを隙あらばチェックするって、櫛田も一緒に飲みに行った時とかに見せていた芸当だ。なかなか俺にはできない類の技術である。

「行きましょう、ジャンナン。……二人とも、お疲れさまです」

 タイエは、見た目のいかつさとは裏腹に、いつも丁寧で淡々としている。愛想はないが、実直な男というタイプだ。


「あれ、ここってさ」

 去って行く二人を見送り、壁にペイントされている部屋番号を確認すると、ターゲット――ボラクの部屋からいくらも離れていない場所だった。

 探すまでもなく、すぐそこが部屋だ。

「偶然ですねえ。って、えー?」

 ここには今日ポストを見る前に一度来ている。そのときに、以前ドアを開閉したら破れるように貼った手紙が無事なのを確認していた。それが。

「破れてるじゃねえか……」

 手紙はドアの開き口に沿って、きれいに縦に裂けていたのだ。


「あの騒ぎに乗じて出入りしたってこと?そんな都合よく居合わせるもの?」

 アミアが鬼のような勢いでインターホンを連打している。……いやこの、もともと鬼だったな。

「出入りというか……確実なのはドアが開閉したってことだけだ」

 さっきまで居留守だったのか、今居留守を始めたのか、あるいは騒ぎの間に入ってまた出たのか。

「管理部は滞納家賃と引き換えに命を取ることも許されてるけど……鍵を壊して踏み込んで立ち退かせる、ってのは契約上できないんだっけ?」

 日本なら、明渡しの強制執行は裁判所の仕事だが。

管理部わたしたちが鍵壊して踏み込むのは、始めたりして、住戸内で死んでるかもしれないときです。それ以外で中に入れるケースだと、うちの管轄じゃなくて……」


「よおーう、管理部のお嬢ちゃんじゃねえか」


 轟くような太い声に、アミアは開いていた口を閉じると、そのままムムッと唇を尖らせた。

 振り返った俺たちの前には、揃いの黒い革ジャケットを纏った男が3人立っている。

「相変わらず討伐バイトだけは熱心ってか?確かオメー、ペナルティで減俸続きだもんな?」

 からかう調子の言葉を放ったのは、真ん中にいる、格闘家みたいに分厚い体の大柄な男だ。

 頭は虎。どう見ても虎だ。

 紹介されなくてもわかった。こいつは豪虎族だ。アミアいわくの、いかつい系種族。

 口からはしまいきれていない巨大な牙がはみ出しているし、衣服からのぞく手は形こそ人に近いが毛むくじゃらで、指先は第一関節あたりから硬化して爪と一体になっている。

 ……なるほどいかつい。

 あとの二人は、豪虎族の男よりもやや小さい。

 眼光鋭い目玉が三つ、逆三角形に並ぶ広い額に、後ろに長い頭、緑がかった肌。体格はやはりいかついが、正統派宇宙人的ルックスだ。

 二人は種族的に離れていると思われる俺には見分けがつかないほど、よく似ている。

 全員、手には形は違えど巨大な刃物を持っていて、革ジャケットの襟には階級章っぽいバッジが留められていた。

 これはアレだな、いわゆるライバルキャラの登場、という場面だ。

「ドーモコンニチワ、警備部のみなさん」

 その証拠に、管理部の面々(というより俺以外の知人か?)には愛想のいいアミアが、仏頂面で棒読みの挨拶をする。

 しかし警備部とは、初めて聞く部署だ。

 俺が泊めてもらっている200階管理フロアの案内板に、警備部はない。おそらく階が違うのだ。

「っとに、かわいくねえ。だが、最近交渉役を雇って、取立ての実績もマシになったってウワサだが……」

「ダイグさんには関係ないです。そっちこそ何しに来たんですか?もうとっくに片付いたところにノコノコ現れて、無駄なおしゃべりするのが警備部のお仕事でした?」

 うっわ、煽るねえ。

 しかしダイグと呼ばれた豪虎族は鼻で笑い、ずいと一歩こちらに迫った。

「あいにくこちとら、獲物を追ってる最中よ。そこにたまたま、オメエらが間抜け面さらして突っ立っていたわけだ。で、こいつが新入りか?」

 推定身長2メートル超の虎顔の巨漢が、俺を頭上から見下ろす。威圧感で後退りそうになるが、腹に力を入れて我慢だ。

「どうも、はじめまして。コーダです」

 日本での仕事の時によくやる、どうとも受け取れる微笑みと無表情の中間くらいの顔を意識して、低く、はっきりと挨拶する。

 何事もはじめが肝心。

 多分このダイグなる人物は、舐められる隙を見せてはダメなタイプだ。あくまで丁寧に、そして毅然と対応すべきだ。

「警備部のウナーとセターだ」

 左右の二人からのみ、軽い会釈が返ってきた。

 ……そういえば、ここの社会には握手やハグの習慣がないな。ヒトとヒトの距離感は日本に近い。俺には気楽だが。

「フン、こんな無能そうなオヤジに何ができるんだか」

 体を起こしながらそんな事を言うダイグに、アミアはただ肩をすくめた。

「油売ってないで獲物とやらを追っかけるべきではないですか?」

 無能呼ばわりかオヤジ呼ばわりのどっちかに反応して欲しそうな雰囲気なので、あえて触れずに言ってやる。

「ハァ?!テメェらが、こっちのターゲットんの前に居座ってんだろうが!」

 あれ、そうなの?

 まさかのターゲットかぶり……?

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