第6話
「なんでこんなおじさんを連れてくハメになるかなあ」
アミアは文句たらたらではあったが、俺の同行を断りはしなかった。単に断れなかったとも考えられるが。
俺たちは今、家賃を滞納している住人の住まいに向かって、この『塔』の中央にある大階段を登っている。
ランギーは、俺の提案を大筋では呑みつつ、条件をつけた。
「殺しはなし、退去もなし。要は入居を継続、家賃も払い続けるようにして。分割はアリよ。空室になったんじゃあ意味がないからね、狩猟船に叩き込むのは最後の手段ってこと。娼館はいいけど、あっちはあっちで死亡率がね……まあ詳しいことは道々アミアから聞いてちょうだい」
不穏だ。
狩猟船ってのは多分マグロ漁船に乗せる的な意味だろう。気になるのは娼館で、いきなり死亡率なんてワードがくっついてくるのが解せない。
大階段は広々とした螺旋状で、吹き抜けになった『塔』中央の内壁に沿って作られている。
ランチをとった200階から、次のターゲット(そもそもこの言い方も不穏だ、まるで殺すの前提みたいじゃないか)の住まいのある210階まで、歩いて行くらしい。アミア曰く、そのくらいの階差だとエレベーターの待ち時間がもったいない、だそうだ。
「さっきランギーさんの言ってた、狩猟船とか娼館って、具体的にどうなるんだ?」
俺の数段先を、軽やかな足取りで登っていくアミアに尋ねる。その両脚に下げられた鉈がコスプレ小道具じゃないことは、既に嫌というほど理解した。
「狩猟船はー、海の生き物とか資源を集める船ですね。滞納者を未払い家賃と同額で船会社に売っちゃうから、その段階でお家は退去。私たちは良心的な船会社を選んであげますから、額に応じた期間働いて、最後まで生きてればちょっとお金ももらえて解放かな」
いきなり人身売買の話になった。
「良心的じゃない会社だとどうなるの……?」
「狩猟の餌になっちゃうらしいですよ。まあでも、うちで頼んでる船会社も、働かせてみてあんまり使えないと餌にするしかないよー、って話は聞くなあ」
そうでなくても波に攫われたり狩猟中の事故で食べられたりすることもあるし、と続く。なるほどほとんど片道切符だな。えげつない。
「娼館のほうは?」
「そっちは一応、家から通えるのもありますよ。お金と容姿と危険度次第です。見た目が良いとかマニアに需要があるタイプなら、お給金良くてお行儀のいいお客さんの多いお店に入れます。イマイチだったら、お給金が微妙なのを我慢するか、危ないお店で手とか足とか持ってかれつつたくさん稼ぐか、かなあー」
かなあー、じゃない。手足を取られるような店を危ないの一言で片付けられてはたまらない。
「ちなみに、おじさんくらいの見た目だと、そうですねえ……おクスリ漬け系のお店ならいけるかな?」
「オッサンにそんな店で働く選択肢あるのかよ?」
片道切符のマグロ漁船とどっちがマシなんだろうか。
「もちろんありますよう。男性向けの娼館の方がお給金はいいかな。ただ筋肉とか見た目の要求が高くなっちゃうんですよね。女性向けの方だと若い人が好まれるので、おじさんはちょっと」
「それでおクスリ漬け系の店なわけね」
「このあとの取立てが上手くいかなかったら、今晩の宿代稼げるお店、紹介してあげますねっ」
「そりゃどーも……」
まさか取立てに命ばかりか貞操まで賭けるハメになるとは。
「ご、ごめんアミアさん、ちょっとだけ、すこーしだけ、休憩していい……?」
200階から210階、まあ10階くらいなら登れるだろうなんて浅はかだったよ俺は。
そもそも、1階ぶんの高さの中に3階建てのビル内ビルがあるわけだから、10階でも実質30階分くらいなんだよな。どうして最初に気づかなかったんだ。
「軟弱ぅー。こんなに時間かかるならエレベーター待っても変わらないよ。足手まといですよ、おじさん」
210階の表示のある壁にもたれかかって座り込んだ俺の額を、アミアがつつく。
「痛い痛い、結構痛いからねそれ。あれだ、一応ほら、今の時間でターゲットの情報とか確認できないの」
しょうがないなあ、としゃがみ込んでスマホを取り出す。
「あったあった。えっとー、このヒト!」
本体に何かのロゴだのなんだののステッカーを直貼りしてロックな感じになっているスマホをくるりと裏返し、俺の方に画面を向けてくれる。
「ええとなになに……」
最近、近くに焦点が合いにくくなって来ているので、若干のけぞって画面を見る。
ザルケラ
210階 西35区画 27号室
29歳 毒鶏族 女
家族構成:子供1名
勤務先:パッツィズ・バー
年収:250万円
債務等:185万円(豪虎金融)
家賃滞納額:12万円(20週分)
「うわぁ……こりゃひどい」
滞納家賃自体はそこまで多くないが、他の債務が年収に対してだいぶやばい。しかも借りてる金融機関がどう考えてもカタギじゃないだろこれ。
ちなみに、俺には日本語に見えるこの画面の文字は、多分『塔』の翻訳システムとやらで訳されている。目を凝らすと表示がチラついて知らない文字が見え隠れするのだ。
通貨単位が『円』なのも、翻訳のせいだろう。本当はギルとかベリーとかウーロンだったとしても俺にはわかりゃしないというわけだ。
それぞれの表記の横には小さな三角のアイコンがあって、タップしたら詳細情報が開けそうだ。まあ女性のスマホ画面を勝手に触るのはマナー違反な感じがするからやらないが。
というか、債務情報まで手元の端末で見られるの、いいな。俺の職場よりも断然便利なシステムが入ってる。単に法がガバガバなせいもあるかも知れないけど。
「多分、豪虎金融さんの取り立てが厳しくて、お家賃後回しになってる感じですねえ。滞納額がさほどじゃないから、管理部も放置気味だったのかなー」
よくある話だな。
「豪虎金融はどんな会社?」
「豪虎族の経営している金融会社ですね。利息も取立てもまあまあキツめかなあ。最悪にヤバい相手ではないですけどー」
出会い頭に滞納者を斬り捨てて売っ払ったアミアが言うまあまあってのはどの程度なんだ。そして何をしたら最悪にヤバい判定なんだ。
「豪虎族ってのは?」
「んー、いかつい系のヒトたち?」
……なんとなく想像ついた。
そこはコンクリートの壁の、ゆるく湾曲した窓のない廊下が続く区画だった。
ザルケラの部屋は『塔』が直接管理している物件だ。道々アミアから聞き出した話によると、『塔』の賃貸物件には大きく二つの種類がある。
一つは区画そのものを借りて、そこに借主が物件を建てて住まいにする方法。そこで商売をするのも、借主が建てた物件を賃貸に出すのも許可されている。『塔』が徴収するのは区画の賃料だ。
二つ目は、ここのように『塔』が物件そのものを整備して貸し出す方法。
ザルケラの部屋は安い賃料である代わりに、窓はなく、住戸面積は狭く、設備の更新も長い年数行われていない……つまり『塔』ではありふれた水準ということらしい。
「勤め先のバーの営業時間を見ると、今なら起きてて出勤前って感じですね。家にいる可能性が高いです」
アミアはスマホを手に迷いなく廊下を進んでいく。
壁にはべたべたと風俗だのサラ金だのの広告が貼られ、ここも床はタバコの吸い殻やらファストフードの包装に食べ残し、空き缶、注射器、ありとあらゆる種類のゴミが散らばっている。
うらぶれた、というのが相応しい雰囲気が漂う廊下には短い間隔で住戸の玄関ドアが並び、時折出入りする異形の住人たちを、薄暗くチラつく蛍光灯が照らしていた。
「ここですね」
アミアが立ち止まった。扉の上には大きく27とペイントされている。
「どんどんどーん!こんにちわぁ?ザルケラさーん、いますかあ?」
うわっ。
前触れなく、アミアが激しく扉を叩き始めた。しかも声がでかい。横の壁にインターホンがついているように見えるのだが、完全無視だ。まあこの感じはいかにも取り立て屋っぽく、堂に入ってる。
「誰だよ?!うるさいんだけど!」
勢いよく内側から扉が開いて、アミアはそれを軽い足取りでステップして避けた。
「こんにちはあ。ザルケラさんですね?」
中から顔を出した女はぎょっとして扉を閉めようとしたが、アミアが尖った爪の華奢な手と、ごついワークブーツの足を素早く突っ込み、それを阻止する。
「どうも、管理部です。家賃のことでお話いいですか?」
俺は扉の隙間から覗き込み、にっこりと笑顔を作った。
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