同じ職場に5年おると環境も他人も自分自身も何もかもが嫌になってくる問題の大家、モグラ太郎先生の回

音楽(トゥットゥットゥ〜タラララ〜ン♪)


パーソナリティ いちかわさとる: みなさん、こんにちは。いちかわさとるです。教養ラジオ「アルテスの中庭」の時間です。第7回目の本日は、「同じ職場に5年おると環境も他人も自分自身も何もかもが嫌になってくる」問題の大家、モグラ太郎先生にお話を伺います。先生、今日はお忙しい中ありがとうございます。


モグラ太郎: どうも。


い: 同じ職場に5年働いておられるということで。


モ: いや、もう転職した。


い: あ、そうなんですか。それはおめでとうございます。


モ: ありがとう。また似たような業界なんやけど慣れるまでは面倒やね。


い: それでも転職されたかったのですね。前の職場は何が問題だったのでしょうか。


モ: とくに何がってわけでもないけど、メール返信忘れたり仕事溜め込んだり、ちっちゃいミスしたり。あと逆に同僚の失態の尻拭いしたり、かるくもめたり。そういうのが積み重なると一旦リセットしたくなる。そのつどカバーはしてるけど、見えへんホコリみたいのは積もってくる。


い: ふむ。


モ: 昔からそうなんよ。あんまりひと所に長くおれへん。どこかに何かもっとええとこがあるような気がしてて。今も十年後も同じ改札を出て同じビルの階段を上ってる思うとゾッとするわ。なんか重大なこと逃してるような。死ぬまでこの会社のトイレのタイルの独特のひび割れ方を見るのかと思うと。


い: いいところというのはキャリアップできる職種とか、待遇の良い雇用口ということですか。


モ: いや、そういう進歩はなくて、求めてるもんはもっと漠然としてる。気分が沈まんとか、なんかこう、いろいろが報われて帰ってきたなぁと思えるようなところ。あると思うねん。他人と通じあえて、かといって煩わされず、すり減らずに帰宅して、ご飯がうまいなぁていう環境。


い: 一般的な成功とは違うわけですね。


モ: そう。あてはないんやけど探してる。修行僧っていてはるでしょ。山奥の寺にずっといて托鉢で暮らして毎日同じ日課をこなしてる人たち。


い: 禅僧とかですか。あまり詳しくないですが。


モ: ぼくもよく知らんけど。その人らのことをよく考えるんよ。


い: 彼らはずっと同じところに居続けていてモグラ太郎先生とはまったく対照的だからということでしょうか。


モ: いや、ちがうねん。違わんということやけど。つまり、むしろ共感してる。


い: そうなんですか。でも、そういう生活は耐えられないのでは。


モ: うん。たぶんすぐ投げ出すと思うけど、早起きとか雑巾がけとか、無理やし。

ただ、あの人らってあれをずっと続けてたら悟りが訪れると思ってるわけでしょ。

ぼくもころころ職場変えるけど、けっきょく何年も同じようなことを繰り返して、何か救いがあるんやないかと期待してるから。いつか道が拓けるんちゃうかと。

いやもちろん、お坊さんの方が正しい道を目指して真面目にやってるとは思うよ。漫然と日々過ごしてないやろうし、それはぜんぜん違うんやけど。


い: 悟りも、真面目なだけでは開けるという保証はないでしょうからね。


モ: 修行僧がおこがましいならギャンブル依存症の人でもいいわ。いつか何かデカい額が当たると思ってる。


い: だいぶ変わりましたね。

あちこち探し回るにしても、同じところで待ち続けるにしても、保証のないものを求めているのは同じということですね。


モ: 求めてると言えば、しばらくずっとウミブドウの天ぷらを探してた時期があって。ウミブドウの天ぷら、知ってる?


い: 沖縄料理のですか。


モ: そう、それ。昔、大学の友達がそれを食べて美味しかったという話をしてたんよ。

そのときの友達がすごい満ち足りた、なんというかおでこの上の方から光が差してるような恍惚とした顔をして、3回くらいその話をしてたから、そんな旨いんか、これは食わなあかん、と思うたんよ。是が非でもと。

でも食べた店を聞き忘れたままその人と疎遠になってしまって、いくつか沖縄料理屋行けばあるやろうと思ってたけど、ないんよ。


い: 自分で作るのも難しそうですしね。


モ: そうなんよ。酢漬けのウミブドウは売ってるけどあれをどうやって天ぷらにするのかわからんし、よしんば揚げたところで旨そうでもない。それでどうやっても食べられへんことが続いてるうちに、何としても食いたいと、ウミブドウの天ぷらに執着してしまって、あれを食いさえすればあの至福の瞬間にいたれるのではないかという気がしてきたんよ。

そうしてるときに、ついにその友達と再会することがあった。


い: どこの店か聞けたんですか。


モ: 聞けた。でも、違った。勘違いやったんや。


い: 勘違いというと?


モ: 大学時代の友達が集まったときにその人もいて、喋ったんよ。もう結婚して子どももおって、その奥さんと子どもの話ばっかりしてて、ぼくがウミブドウの天ぷらのこと聞いたらなぜか馴れ初め話になる。そんな惚気はええねん、どの店や、と聞いたんやけど、どうも初めて二人で行った店がその沖縄料理屋で、そこでウミブドウの天ぷらを食べたということらしい。そのときは意中の人がおるのはぼくらには秘密にしてたと。


い: つまり、ウミブドウの天ぷらの話をしているときに見て取れた多幸感はその初デートについてのものだったと。


モ: そういうこと。ウミブドウの天ぷら自体は、言うたら彼にはどうでも良かったんや。

ほんでどの旧友もみんな結婚したり、同じ会社でコツコツ昇進してたり、ぼくだけウミブドウの天ぷら探してて。


い: 切ないですね。


モ: なんかないもんかね。特別な瞬間が閃くような…。


い: 結婚されないんですか。


モ: 考えられん。


い: そうですか。そろそろ時間ですね。教養ラジオ「アルテスの中庭」、放送第7回。本日は「同じ職場に5年おると環境も他人も自分自身も何もかもが嫌になってくる」問題の大家、モグラ太郎先生にお越しいただきました。先生、今日はお越しいただきありがとうございました。それではまた来週。ごきげんよう〜。


音楽(トゥットゥットゥ〜…


モ: …それか、いよいよ世を儚んだら出家やな。


い: 禅寺は朝は四時起きですよ。


モ: うっ。


音楽(…トゥルットゥタラララ〜ン♪)

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