第16話 私(勇者武田真)の呟き

 私、武田真は子供の頃に剣道をしていた。

 私の大好きな祖父は剣道をすると言えば、父に命じて町道場を造らせ、そのうえ家にまで稽古場を造ってくれた。

 これで本当に剣道三昧だった。

 祖父は武田信玄を遠祖に持つことが誇りだったらしい、それで剣道をするのに好意的であり協力を惜しまなかった。


 私も負けん気が強く、試合で負けるのが腹だたしかった。

 家の稽古場もある。

 家には祖父の部下と言う男衆が一杯いて、負けると稽古の相手をしてくれた。

 そんな中の一人が学生時代に全国大会の剣道選手権で優勝経験を持つ斎藤新次郎という男で町道場の道場主になり私の師匠になった。

 私はめきめきと力を付けて小学校1年生も終わり2年生になろうかとする間の大会で奴に突きを喰らって負けてしまった。


 小学校、それも低学年で突き技を出すような奴はいないと思っていた心の隙を突かれたのだ。

 見事に突きを喰らってコロコロと転がってしばらく意識が飛んだ。

 奴の反則負けで私が勝った。・・・それでもよく言われる

『試合では勝ったが勝負で負けた』

と言うやつで心が晴れなかった。


 祖父が

「そんな小僧どもの家族は皆殺しだ!」

と怒って日本刀を持って駆け出そうとしたのには往生した。・・・この時に祖父は土建屋をやっていると言っていたが、昔からの博徒と言われる古くからこの地方に根付いた暴力団組織だと知った。


 私は私に突きを食らわせた奴のお父さんに助けられた。

 剣道の師匠だった斎藤新次郎が短刀で私を刺し殺そうとするその間に入って私の代わりに刺されたのだ。

 私をかばう奴とよく似た男臭い匂いに包まれて助かったと思った。


 奴のお父さんの男臭い匂いに鉄臭い血の臭いが混じる。

 奴の父親はどんなに刺されても私を抱きかかえて助けてくれた。

 奴はビニール傘一本でもう一人の襲撃者で強豪の鳥飼要一郎の喉を突き破り、鳥飼要一郎の日本刀を奪うと、斎藤新次郎の短刀を振り上げる腕を切り飛ばしたのだ。

 奴のお父さんは私を守り通して亡くなってしまった。

 喉を突き破られた鳥飼要一郎も亡くなったそうだ。

 また、私を殺そうとした斎藤新次郎も片腕を無くして生きる気力も無くなったと自死したそうだ。


 奴は奴の父親の死後、母親の祖父母の住む北海道へ、母親や母親の祖父母の死後、父親の祖父母の住む九州へと渡り住んだと言う。

 私は私の師の斎藤新次郎に裏切られた衝撃は大きく、祖父や父も町道場を閉鎖した。

 それでも心が落ち着くと自宅の稽古場で重い木刀や日本刀を振った。

 私も奴も居合を学んでいるが流派は別で、確か奴は無双直伝英信流を学んでいるようだが、私の方は徳川幕府の兵法指南役で有名な柳生家の新陰流を学んでいる。


 剣道をそんな事情で自宅以外ではやめて、何もしないのも面白くないので弓道やアーチェリーを楽しんだ。

 大学は有名私立のお嬢様学校に通っていたのでエスカレーター方式で行けることから皆が必死で受験勉強をしている中、少し羽目を外して遊び過ぎた。

 流石に私に甘い祖父と父親に怒られて、身内では一人しかいない叔母の家に行く事にした。

 家出なので何やかやと荷物を一杯持って飛び出した。

 その前に私の為に亡くなった奴のお父さんと奴のお母さんの眠る墓に手を合わせに行った。


 そこで奴と再会したのだ。

 奴も私同様に家出をするような格好で荷物を一杯持っていた。


 私と奴のそこでの出会いによって、元宮廷魔術師のザルーダの召喚魔法によってこの異世界に召喚されたのだ。

 召喚する条件が前勇者の武田信虎の直系の子孫であること、武道に優れて大男であることだった。

 私は直系の子孫で自分で言うのもなんだが武道は優れているが、見目麗しい美少女で大男と言う条件には当たらない。

 ザルーダが召喚の儀式を行った時が、丁度前世で暴漢に襲われ大男の奴に抱きかかえられて逃げた時だったのだ、それによって条件が合致したのだ。


 奴は条件の合致によって巻き込まれて召喚されたのだ。

 私と奴は召喚者のザルーダとともに召喚の儀式を行ったアマエリヤ帝国の帝都にある城から脱出して、ザルーダの住むエルフの隠れ里に逃げ込んだ。

 元居た世界は春に、この世界では冬を迎えようとしていた。

 逃げ込んだエルフの隠れ里で、奴の提案もあり越冬の食糧を集める為に狩りに出かけたのだ。


 私達は狩りに出た時に皇弟サイクーン以下の追跡部隊100名に襲われて、皇弟サイクーンを亡き者にしてこれを退けた。

 その皇弟サイクーンの追跡部隊には、奴隷の首輪を着けられた第一騎士団長ソルジャーと武道師範マアシャルが付き従っていた。

 彼等二人は現皇帝ソンダイクが宰相をしていた時代にも反発してしていたことから皇位簒奪と同時に捕らえて奴隷の首輪を着けられていたのだ。

 奴が二人の奴隷の首輪を切り飛ばした。

 そんなことが出来るのは召喚された勇者のみだと思われていた。


 それが夕食の一時、雑談に応じていた私が発した一言で、勇者である私と、奴は私と共に召喚された者であることがばれた。

 皇弟サイクーンも私を捕らえようとする時に言っていたが、私を配下どころか手っ取り早く配偶者にすればこの世界の皇帝となることも可能なのだ。

 それ程前勇者の武田信虎の信奉者が多いのだ。


 私の身分を明かしたその晩、寝ている所を誰かにいきなり襲われて、当身を食らって気を失った。

 誰かに担がれて走る振動で目が覚めた。

 私は口にハンカチを押し込められて猿轡さるぐつわをされ、後ろ手に縛られていた。

 私は寝間着代わりにサイドにスリットが入った薄いピンク色のベトナムの民族衣装のアオザイのようなものを着ていた。

 勇者として縄目の恥よりも、そのスリットが捲れ上がって白い大腿が丸見えになる方が恥ずかしかった。


 猿轡をされているので鼻で呼吸をするしかなかった。

 奴の男臭い匂いではなく、担いだ男の獣臭けものくさい臭いで気分が悪くなった。

 獣臭い男に担がれて、しばらく走るとこの世界の二つある青く輝く月が照らされた湖があった。

 雲が流れ二つの月が隠されて湖が黒々く見えた。

 その湖畔の砂地に私は乱暴に投げおろされた。

 その拍子で私のサイドのスリットがさらにめくれあがって、私が見ても白い大腿がなまめかしくて扇情をそそった。


 獣臭い男は私を見ながら下帯を脱いだ。

「ここまでくれば大声を出してもいいぜ武田家のお嬢さん。

 猿轡で声も出ないが、声が出ても誰も助けには来てくれないよ。

 木の上で寝ずの番をしていたお嬢さんと一緒に召喚された大男は俺の投げナイフで天国に行った。

 お嬢さんは俺と別の意味で天国に行く。

 お嬢さんを手に入れればこの世界の皇帝にでもなれるのだよ。」

という獣臭い男の顔が雲の切れ間から顔を出した二つの月が照らしだした。


 そいつは武道師範のマアシャルだった。

 私は純潔を汚されると思って、硬く目をつぶった。

 私の耳に

『ドスッ』

という殴るような蹴るような重い物音が聞こえた。


 目を開けると奴がいた。

 淳一だ!

 殺されたと聞いて絶望した。

 犯されると思って死をも覚悟した。


 奴を見て走馬灯のように奴との思い出がよみがえる。

 剣道の試合をした事、奴が子供では禁じ業の突き技をだして謹慎していた事。

 子供の頃に奴と奴のお父さんに助けてもらい、奴にはその時から淡い恋心を持っていた。

 離れていても、竹刀や素振り用の木刀を振ると奴を感じた。

 奴は私にとって良きライバルだ。


 奴のお父さんの墓の前に来た時は、私は家出中で大荷物を持っていた。

 墓の前で奴に出会った。

 奴も家出でもするのかと思う程、大荷物を持っていた。・・・私と同じで可笑しかった。


 奴に色々と言いたかった。

 髪を伸ばし始めたことや、素振りだけでもやっていること、そして

「ごめん。」

と・・・先に奴に言われた。

 そしてさらに

「元気?」

だった。・・・奴のお父さんの事で罵倒されると思っていた。奴の優しさに涙が止まらなかった。


 その直後、走ってくる鬼が刀で私に切りかかってきた。

 その時も奴に助けられた。

 奴が私を抱いて飛び退ってくれた。

 その時私は奴を巻き込んでこの世界に召喚された。

 今度もまた私を奴は助けてくれる。・・・淡い恋心が抑えきれない。本当の恋心に変わった。


 奴の蹴りで吹き飛んだマアシャルが立ち上がる。

 蹴られる寸前にマアシャルが自ら飛んだのだ。・・・流石にアマエリヤ帝国の武道師範なだけはある。

 マアシャルが

「俺の投げナイフを受けて、よく生きていられたな。」

と言う、奴は伊賀(崎)流忍術の正統の伝承者だ。

 種明かしは簡単だ、ザルーガが使った空蝉の術の応用だ。

 樹木のいつもの監視場所に奴の身代わりに木をおいて置いたのだ。・・・マアシャルに説明する気はない。奴の身代わりに首にナイフを受けた木は気の毒だった。


 マアシャルが腰の剣を・・・外した。

「丸腰の男を刀で切る気は・・・ないはな?」

 奴は後ろ手に縛られている私の縄と口を覆う猿轡を切り飛ばした。

 奴は納刀すると腰に差した鞘ごと抜き出して私に手渡した。


 そこを隙と見たのか、マアシャルが走り出して飛び蹴りを見舞う。

 奴は飛びかかってくるマアシャルを回し蹴りで応戦する。

 奴の回し蹴りをマーシャルは空中で肘で受けるが、奴の重い蹴りによってマアシャルは湖の方に吹き飛んだ。

 マーシャルは

『バシャ』『バシャ』『バシャ』『バシャ』

と蹴りの勢いを殺すために水面を転がるように進むと、湖の中で立ち上がった。


 水面は膝位の位置で、マアシャルは陸に向かって1歩、2歩と進んだ。

『ビックン』

と電気にでも触れたようにして立ち止まった。


 体を小刻みに揺らせながらバッタリとうつ伏せに倒れた。

 倒れた奴の体に薄い膜が覆われていく。  

 水スライムだ!

 水スライムは強力な麻酔針という魔石を持っている。


 この麻酔針で獲物の行動を不能にして、口と言わず、鼻と言わず、水スライムはあらゆる穴から体に入る。

 体の表面から内側から水スライムは得物の体を溶かすのだ。

 水スライムによってマアシャルは溶けながら湖に消えていった。

 奴が溶けるマアシャルを見せまいと体で視界を塞ぐ、奴の男臭い、いい匂いが私を包んでいく。


 奴が私の猿轡を外す。

 奴が小学生や中学生の男子が可愛い女生徒に対応するようにもじもじしている。

 そのうち水スライムを吊り上げて何かし始めた。


 つまらないと思ったら奴が作業を終えて野営地に戻ると言う。

 私が靴が無いので抱いてと言ったら、背負うのでなく本当にお姫様抱っこしてくれた。

 私は助けてくれたことと御姫様抱っこで野営地に戻ることのお礼で奴の頬にキスしてあげた。・・・めっちゃ嬉しい!

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