第15話 武田信虎の子孫

 召喚された俺と真を追いかけてきたアマエリヤ帝国の皇弟ソンダイク・サイクーンと配下の者100名近くをデカイ陸亀が手を貸してくれたおかげで返り討ちすることが出来た。


 俺の前には奴隷の首輪を巻かれた男二人が降伏をして武器を手放していた。

 命令していた指揮官がいなくなった今は、奴隷の首輪を切り飛ばさないとこの場から二人は一歩も動くことが出来ない。


 動けば奴隷の首輪で縊り殺されてしまうからだ。

 そのうえ、奴隷の首輪は一気に切り飛ばさないと、残った首輪があっという間に締まって首が切り飛ばされる。・・・頭と胴の泣き別れだ。思っただけでぞっとする。

 ザルーダの爺さんからこんな情報を聞かなければ良かった。


 この戦闘での右肩に毒矢を受けた傷の負傷を治療したところで、その部分が引きった感覚と、一気に切り飛ばさなければならない変な緊張感の中、集中力を高めて一人目の奴隷の首輪に精神を集中していく、じっと見つめていると奴隷の首輪に一本の線が見えてきた。

 剣道の大会で相手の打てるところが黒々と穴が開いているように見えることがある、そんな感じで一本の線が見えたのだ。


 名工、波平行安作の愛刀がきらめく

『ゴトッ』

と音がして首輪が落ちた。

 嫌な汗が流れ落ちた。

 首輪を切られた男も安心で膝をついた。

 

 さて二人目だ、深呼吸をして軽く上下に飛んで緊張感を解く、ゆっくりと八相に構える。

 目を軽く閉じてから目を開く、奴隷の首輪が大きく見えた。

 いける!

 愛刀が再び煌めいた。

『ゴトッ』

とまた音がして首輪が落ちた。


 俺は刀の血ぶるいをして、懐から皮を出して丁寧に刀身を拭き取る。

 奴隷の首輪をしていた二人が片膝をついて俺に臣下の礼をとった。

 彼等はアマエリヤ帝国の第一騎士団長であるナイト・ソルジャーと武道師範であるマスター・マアシャルと名乗った。・・・奴隷の首輪を切る際にピクリとも二人とも動かなかった。豪胆な者である。

 アマエリヤ帝国の皇帝ソンダイク・ダイクーンが前皇帝を捕らえて地位を簒奪さんだつする際に高位の地位の者に根回しをしたが、抵抗したのがこの二人だったのだ。


 首が無くなった指揮官だった皇弟サイクーンの腰に下げた袋から奴隷の首輪がのぞいている。

 嫌なものだが戦利品としていただいた。・・・この袋も魔法の袋で奴隷の首輪がどれだけあるか分からない程入っている。魔法の袋は国宝級のお宝だそうだ。ついでに奴隷の首輪も貴重な品物だ。


 戦いが終わって真とアリアナが小高い丘の上から戻ってきた。

 デカイ陸亀はもう用が無いだろうと手足を引っ込めて寝ているようだ。

 そのデカイ陸亀の前を二人は恐る恐る通る。

 崖下に転落した以外でも多数の兵士が亡くなっている血生臭い現場を見て二人は少し驚いていた。

 俺達は手分けして遺体から衣服を剥がし弓矢や棒手裏剣を抜いていく。

 遺体はゾンビ化を防ぐためにも火葬にすることはわかるが、死人には衣服がいらないからと言って身ぐるみを剥がすのは抵抗があった。


 俺と真に出来る事は遺体の身ぐるみを剥ぐことと馬を集めることだけだった。

 馬集めは大事だ!

 兵士もそうだが空馬が1頭でもアマエリヤ帝国の帝都に戻れば、皇弟の配下の乗っていた馬かどうかと分かり、狩りに出たことになっている皇弟に何かあったかとおおやけに大人数の救出部隊が派遣させることが出来るからだ。・・・俺達を召喚したこと自体が現皇帝の地位固めで公にされていないのだ。


 俺と真で襲ってきた兵士の乗っていた馬100頭が全て集めることが出来た。

 馬も馬鹿ではない、この場所からアマエリヤ帝国まで戻る森林地帯には多数の腹を減らした魔獣や猛獣がうろついているのだ。

 魔獣や猛獣にやられるよりはと、集められた仲間の元にやって来る。

 俺が皇弟の乗っていた馬を殺したので、襲ってきた者が乗っていた馬の総数100頭すべてだ。・・・飼葉を集めるのが大変そうだ馬は俺達が乗って来たのを合わせると104頭にもなる。


 遺体については前回は亡くなった兵士をアマエリヤ帝国の帝都近くの、秘密の通路付近であったことから火葬にすると立ち上る煙の問題があったために運ぶことにしたが、今回は人数が多すぎる。

 アマエリヤ帝国の帝都からここまでは距離があり煙も見えにくい。

 今のところ追手は公に出すわけにいかず、この皇弟サイクーンの部隊だけらしい。


 アリアナが言うには、アマエリヤ帝国の帝都近くで亡くなった兵士の遺体については、遺体の変化つまりゾンビ化に対処するために棺に入れなかったそうだ。

 今回は火葬にする、遺体の変化は注目しなくてよい。


 目のくらむような崖下に転落していった50名の遺体は回収できない、崖下まで降りるのが大変な上に崖下は未開の大地が広がっており何がんでいるか分かっていないのだ。

 これだけの高さで転落していった50名はゾンビ化しても全ての骨が粉砕骨折していてくれれば徘徊する事が出来ないのだが。

 それ以外の50体もの遺体を清めて、旅人の木を木魔法で加工して作った棺に一体、一体いれていく。

 木魔法はザルーガもソルジャーやマアシャル、それどころか見た目小学校2年生のアリアナもできるのだ。

 本当にエルフ族の隠れ里に戻ったら魔法について勉強しよう。


 棺桶に使ったこの木は

「旅人の木」

と呼ばれていて何処にでも生えている。

 生えている間は水を良く含んでいて、旅人に水を与えてくれるので、この名がついたのだ。・・・小川や池の水は要注意だ。動物を捕食する水スライムや古代魚がウジャウジャいる。ただ馬や動物が飲んでいる場所は安全だ、水スライムや古代魚がいないのが本能的にわかるようだ。それでも万能ではない、深みに入って食われる奴もいる。何故か水スライムは湖畔近くの砂浜には寄り付かないのだ。


 不思議と

「旅人の木」

を切り倒すと油の木という程油分が豊富で火葬にはもってこいの木になるのだ。

 ただし、旅人の木はこんな事がない限り切り倒さない。

 当然だ生えている時は自然の防火林になり、切り倒すと木屑も油の塊になる、これでは自然の火薬庫と同じだ。


 ただこの木の枝を使って焚火をしていれば、このような戦いを回避する事ができたのだ。・・・まあ何でも学習だわな

『聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥』

ともいう、魔法も使えるこの世界のことわりが召喚されたばかりで、今だ良く分からないのだから。

 遺体の入った棺を積み重ねて、残った旅人の木の枝を覆っていきアリアナが魔法で火を付けた。


 50体もの遺体を焼くのだ、いくら旅人の木でできた棺で焼くとはいえ、全て焼き終わるには三日三晩かかった。・・・それに俺の右肩の毒矢傷の痕が腫れて高熱で動けなくなったのだ。

 旅人の木でできた棺は火力が強くあまり煙が出ないが、遺体を焼く独特の臭が鼻を突く。


 馬鹿でかい陸亀は戦いがあった翌朝、皇弟サイクーンの乗っていた亡くなった馬を美味しそうに食べると、腹がくちたのか

『ドスン』『ドスン』『ドスン』『ドスン』

と足音も高く何方どちらへともなく立ち去った。


 遺体の火葬と俺の負傷で動けない間にザルーガさんが狩りに出かけた。

 弓矢の毒を吸い、肩の傷の熱を取るのと筋肉を盛り上がる手伝いをさせる効果があると言って狩ってきた戦闘ウサギの足の生肉を傷の上に乗せられた。

 確かに弓矢の毒を吸ったのか戦闘ウサギの生肉は真黒になって腐臭を発し、冷たい生肉は傷の熱を取った。

 そのうえ、毒矢対処の為にごっそりと切り飛ばした肩の筋肉が盛り上がってきた。

 毒を吸って真黒になった戦闘ウサギの生肉は火葬の火にくべられた。


 翌日には戦闘ウサギの生肉の御陰で動き回れるようになった。

 大事を取ってその日も戦闘ウサギの生肉が肩に乗せられた。

 戦闘ウサギの生肉も新鮮なものでなければならないそうだ。

 三日目の生肉の変色はほとんどなくなり、肩の筋肉の盛り上がりもほとんど完治したと言っても過言が無い程になった。

 肩を動かしても変な引き攣りを感じる事は無くなってきた。


 旅人の木もそうだが戦闘ウサギの生肉の効果恐るべしである。

 戦闘ウサギの畜産をすることが出来ないか要研究だ。・・・気の荒い戦闘ウサギを畜産化するのは大変だ。 

 火葬も済んで、ある程度の獲物も集められたので、エルフ族の隠れ里に戻ることになった。

 

 皇弟サイクーンの部隊を退しりぞけて森林地帯からエルフの隠れ里付近に生えている低木の生えた山岳地帯に入る境界付近まできて野営した晩、焚火にあたりながら新たに加わった二人と話し込んでいた。

 召喚の話に及んだ時、詳しいことは話さない方が良いと思った。・・・ザルーダの爺さんがわざわざ地下室で話した事も念頭にあった。


 それでも武道師範のマアシャルが話を聞きたがった。

 二人が召喚されたが、どちらが皇帝武田信虎の子孫かということをだ。

 嫌な感じがして俺は口を噤んだが、真がつい口を滑らせた

「武田信虎を先祖に持つ。」

と・・・それを聞いたソルジャーはぎらつく様な粘つくような眼が真を見ている。


 ソルジャーもマアシャルもこの世界でも大男、身長170センチ前後の部類で、鍛えらた鋼のような体で二人とも三十代であった。

 武道師範のマアシャルは知的で落ち着いた感じだが、騎士団長のソルジャーは動物的で言葉の端々に野望を感じる。・・・武道師範と騎士団長の役職的には反対な感じだ?


 真とアリアナはテントで寝て、俺は木の上で寝ずの番だ。

 深夜、誰かが起きだしてきた。

 俺は、この世界に召喚されてから五感が研ぎ澄まされた感じがする。

 木の上にいても、そいつの体臭が漂ってきた。

 緊張と興奮でアドレナリンが分泌されて汗が出てきたのだろう獣じみた体臭が強くなる。


 そいつは俺に向かって短剣を投げつけた。

『グサッ』

と小さな音をたてて首に刺さる。・・・これでは声も出ない。

 そいつは真とアリアナのテントに潜り込んだ。


 後ろ手に縛られて口をハンカチを利用して猿轡さるぐつわされた真を肩に担いでテントから出てきた。

 そいつは駆け出した。

 真は寝間着代わりにサイドにスリットが入った薄いピンク色のベトナムの民族衣装のアオザイのようなものを着ており、夜目にもサイドのスリットから筋肉質だがしなやかな白い大腿がなまめかしく見える。


 しばらく走ると湖がある。

 その湖畔の砂地に真をおろした。

 真の衣装のサイドのスリットがめくれあがって白い大腿が更になまめかしく、扇情をそそる。


 そいつは真を見ながら下帯を脱いだ。

「ここまでくれば大声を出してもいいぜ武田家のお嬢さん。

 猿轡で声も出ないが、声が出ても誰も助けには来てくれないよ。

 木の上で寝ずの番をしていたお嬢さんと一緒に召喚された大男は俺の投げナイフで天国に行った。

 お嬢さんは俺と別の意味で天国に行く。

 お嬢さんを手に入れればこの世界の皇帝にでもなれるのだよ。」

という男の顔が雲の切れ間から顔を出した二つの月が照らしだした。


 そいつは武道師範のマアシャルだった。

 その顔に目がけて誰かの飛び蹴りが決まった。

 マアシャルが吹き飛ぶ。

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