第22話

「うわぁ~すごい……」


 宝物庫に入った私の目に飛び込んできたのは、床が見えないほどに積み上げられた金銀財宝の山々だった。

 

「相変わらず無駄にため込んでいるかしら~」


 コレットは眩い小山から金のリングをつまみ上げると、小石でも扱うようにぽいっと投げ捨てた。


「コ、コレット……⁉」

「あーもう、ちがう、ちがう。これもちがう」


 手当たり次第にポイポイしていくコレット。次々に宙に舞う高額な品々。

 わかりやすい黄金の剣から、幾何学模様のオブジェクト、果てには歴史の闇に葬り去られていそうな宗教画まで。


 パリーン。

 あっ、壺が割れた。


 人類史に興味のない妖精の手によっていともたやすく行われる破壊活動。

それをレイネは、ぼーっと眺めている。

 こういったのにあんまり興味はないのかな?

 私が『宝物庫妖精侵入事件』の被害額を妄想していると、とうとうお目当てのものを見つけたコレットが山の中に手を突っ込んで無理やり引っ張ろうとしていた。


 じゃらじゃらとヤバげな音がし始めたので、今更ではあるが私はコレットの下に駆け寄った。

 これ以上の被害を出さないために。


「コレット、宝玉みつかったの? てつだおうか?」

「そうね手伝って! 結構奥まで入りこんでいて抜けないわ~」


 コレットに代って、財宝のなかに手を突っ込む。

 思ったより柔らかい、肌触りの良いシルクのような感触。

 螺旋の宝玉って布みたいなものだったの?


「私も手伝うよ!」


 崩さないように慎重に引き抜いていたところに、レイネが隣から手を突っ込んだ。

 ガラガラガラガラ――――


 ああ、知らない。私知らなーい!

 崩壊した貴重品の山から私は目を逸らす。

 一緒に手を入れていたので明らかに共犯だろう。

 いや、もう考えるまい。

 言ってしまえば、私が今立っている板みたいなのもよく見たらごつい紋章がついた大盾だし。

 ここで壊した物のことは出るときにすべて忘れよう……。


 とうとい(価値的な意味で)犠牲のおかげで山から掘り出すことができたのは、薄い生地で織られたサラサラの衣服だった。


「これが……らせんの宝玉……っ!」

「そんなわけないかしら~! どこからどう見てもドレスでしょう!」


 私の手元にあるのは確かにドレスだった。コレットが必死に引っ張っていたから、これが宝玉だと勘違いしてしまった私は悪くない。

 

綺麗きれーだねー」


 レイネがうっとりとする。 

 君のほうが綺麗だよ――。と耳元でささやくには、私にはイケメン力が足りなかった。


「クララちゃんの髪の色と同じー!」

「たしかに」


 宝の下敷きになっていたドレスは、上下一体型の子供用のもので、上品な若草色に染まっている。

 ひらひらの各所が透けている様は、妖精の羽を思わせた。


「でもなんで服なんか?」


 おかげで螺旋の宝玉と勘違いして恥かいたやないか。

 視線でコレットの不満を訴えると、


「いつまでもその服・・・でいるわけにもいかないでしょ~」


 指を指されて私は自分の気いる服を引っ張った。

 今着ている服もいちごヨーグルトみたいで悪くない――って血じゃんこれ⁉

 大分乾いたとはいえ、血まみれのまま活動するのはいかがなものか……。

 コレットの言う通り、着替えるべきだ。

 でもこのドレスに袖を通すということは、それすなわち窃盗行為で……。


「やめとく、どろぼうしにきたのとちがう」

「え~、絶対かわいいのに~!」


 レイネが抗議するも、私の意思は変わらない。

 何年も野生児やってたから、窃盗という概念を知らないのか?


「今更かしら~」


 ええい、うるさいうるさい。

 他人ひとの宝物庫に不法侵入してなかの財宝を破壊しようとも、譲れない一線はあるのだ。

 だれが何と言おうと――


「だったらこれ、私がクララちゃんにプレゼントするよ」

「えっ?」


 レイネがいいこと思いついたとでもいう感じで言った。

 プレゼント……レイネがなんで?

 まるでレイネに宝物庫の中身をどうこうする権利があるみたいな……。



「この建物うちのだもん。クララちゃんが欲しい物ぜーんぶあげるよ!」


 そう言うと、ばぁーんと大きく手を広げた。

 うちのって……レイネの親が宝物庫の所有者ってことじゃん。

 所有者はこの国に一人、王のみだ。


「もしかしてレイネのおとうさんって……」

「うん、パパはこの国の王様だよ!」


 クルクルとその場をまわるレイネを、白い髪が滑らかにワンテンポ遅れて追いかける。

 言われてみれば、王子も国王もレイネと同じ白い髪をしていた。

 おそらく事実なんだろう……でなければ、王宮の絵の中に入れた理由が分からない。


 ともかく、親族がいいって言ってるんだから、いいんだろう。

 かなりグレーだが、そうやって自身を納得させる。


「じゃ、じゃあおことばに甘えるね……」



 私は背中に手を伸ばして、体を絞めつけている編み上げを引っ張る。

 ――パサリ。

 支えを失ったドレスが床に落ちる。

 

 それを見たレイネがあせあせと目を覆った。


「べつにみてもいいのに」

「ほっ本当⁉」


 食い気味になったレイネに少し圧倒されながらも、私は頷く。

 顔の可愛さこそは最上級だと自負しているけど、体の方は凹凸もなくて見て面白いものではないとしっかり理解しているからね。

 

 ドレスを脱いだ今はスカートを広げる下着みたいなの――パニエって言うんだろうか、それ以外身に着けていない。

 あっ、カボチャパンツはその下に穿いてます。

 レイネにもらったドレスに着替えてしまおうと私はパニエに手をかける。


 シュルリ――


 後ろから、ごくりと生唾を呑む音が聞こえた。



 見られている……。


 

 さっきから、その背中にじーっと熱視線が向けられて離れない。

 とにかく上半身は裸な訳だ。

 羞恥心はそこまでない私だけど、こんなに見られているなか下まで脱ぐのは、露出狂みたいでなんか嫌だ。

 随分と熱心に見ているのだが、他人の背中ってそんなにおもしろいのだろうか……。

 とにもかくにも、


「……レイネ、やっぱりあっちむいて」

「う、うんっ! そうするね!」


 私が顔だけ向けてお願いすると、レイネは光の速さで目線を逸らした。

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