第21話

「いいかげん、元に戻るかしら」


 見渡す限りに草原が広がる丘の上。

 私の頭の上に乗ったコレットが呆れたふうに言った。


 フェアリーサークルを通って宝物庫に着いた後も、私はレイネと顔を合わせられない。

 だってキスされるとか初めてだし……。

 レイネも恥ずかしいのかこちらを見ようとしない。

 このままでは、いつまでたってもらちが明かない。ここは一つ、年長者である(精神的に)私から声をかけるほかないだろう。


「あ、あのさ……」

「……なに?」


 お互いに目線は合わさない、電話越しの会話みたいだ。

 気まずい理由はあれだ、キスに込められた意図が分からないから。

 キスにはたくさんの意味がある、親愛だったり、可愛いものに向けてだったり。あと恋愛的な意味だったり……。

 明確にどういった関係か分からなければ、込められた思いを正確に判断なんてできない。

 ……それを知る方法はただ一つ、聞くしかない。


「なんでキス、だったの……?」

「……それはね、絵本で読んだの。呪いから助けてくれた王子様に、お姫様はキスしてたからだよ」


 ……そういうことか。

 親愛の情を示したってわけね。

 食べちゃいたいくらい可愛いとか、まじでLOVEしてますとかじゃなかったってことでいいんだね!


「なぁんだ、びっくりしたぁ!」


 恋愛的な意味かと思っちゃったよ。

 そうだよね、三才かそこらで恋愛とかないよね。

 疑念が晴れたら、真っすぐに目を見つめられるようになるのだから人間って不思議だ。

 込められた意味が分かってすっきりした私は、レイネに視線を向ける。

 レイネの方はまだ頬を赤くしていた。

 キスってされる方よりする方が恥ずかしいんだろうか?

 それとも実は恋愛的な意味だったとか?

 あーもう、考えるときりがない。


 ……レイネが親愛と言っていたんだから、親愛で決定!

 私はそう結論付けると、考えるのを辞めた。




「それで、これからどうするかしら?」

「どうするって……」

「宝物庫のなかまであの子を連れていくつもりなんでしょう? まだ何も説明していないじゃない」


 コレットが私の鼻をつついた。


「宝物庫、にいくの……?」


 レイネもきょとんとしている。

 まだ説明していなかったか、私がここに来た目的を。

 いや、話したくなくて無意識に避けていたのか……。


「あのね……」


 私はレイネにかみ砕いて話した。 

 宝物庫のなかにある『螺旋の宝玉』に触れると、不思議な力――ギフトを手に入れられること。

 扉を開けるには友人を連れてくる必要があったこと。

 そのために、私はレイネの元にやってきたことすらも。


「ふぅ~ん、クララちゃんは私のために来てくれたわけじゃないんだ」

「ゴメンね……わたし絵本のおうじさまじゃないの……」


 ぷくー、と頬を膨らませたレイネ。

 完全に拗ねている。

 不快に思うのも無理もないことだ。

 善意で差し出された手に、実は理由があったと知れば良い気持ちのする人はいないだろう。

 でもこのことを伝えず、何知らぬふりして友達面するのは嫌だった。


「クララは妙に意地を張るところがあるかしら。レイネを連れてこなくても試練を突破できると分かってなお、『友達になる』って言い切ったこととかは話さないんだから~」


 横から割り込んだコレットが、私のことを擁護してくれる。

 なんやかんやで根はやさしい妖精だ。


「でもレイネを期待させちゃったし、わたしはそれをかくして――」

「隠してたっていうのは嘘」


 レイネが私の言葉を遮った。

 自分のことをいきなり断定されるとびっくりするね。レイネにやり返された形だ。

 私が目を丸くして反論もできずにいる間に、レイネは再び口を開く。


「クララちゃんは目の前のことに一生懸命になっていただけだよね。じゃなきゃあんなにケガしてまで私のところまで来られるはずないもん」

「そうね~。あのときはただ助けることしか考えていなかったかしら。そのために必死に理由を探してまで」


 二人とも好意的な解釈をしてくれた。

 私は本当に恵まれた友人たちを持ったな……。

 でも、そんな二人の優しさに甘えてなあなあにするつもりはない。


「そんなことわからない」


 人の心のなかなんて分からないものだ。

 あの時どう思っていたかなんて、私だって覚えていないのに……。


「いいや、私には分かるよ」


 レイネは再び断言した。

 どうして、そんなに自信ありげな目ができるのか……


「だってクララちゃんは、クララちゃんだもん」


 ……私、だから……か。

 感情の赴くままに行動していたのに、いつのまにか誰かに「こんなひとだ」と思われるようになっていたのか、それも好意的に。

 そのことは、私がこの世界に生きていることを初めて認めてもらえたようで、言いようもなく嬉しかった。

 私はレイネに向き直る。

 ――真剣な顔。私のこの世界でのお友達。


「だからね、許します! 私クララちゃんのこと好きだから!」

「わたしもだいすきだよレイネ――!」


 私はレイネに抱き着いた。

 よかった、本当は不安だったのだ。

 打算ありきのあさましい人物だと思われ、友人ではなくなってしまったらどうしようと思っていた。

 許してくれてよかった……。

 私もレイネに背中をぎゅっと引き寄せる。




「それとレイネにあげたペンダントだけどね、封印がいつまで保つか分からないわ~。数十年は大丈夫だろうけど、ギフトを得た方が確実ね~」

「私が、ギフト……」


 レイネは首から下がったペンダントを手のひらで包んでから、覚悟を決めたような顔で真っすぐに私を見た。

 え、なんで私? 私何かしたっけ?


「ああ、クララは自分から危ない所に突っ込むから絶対に習得するのよ~」

「ちょっと、わたしがあぶないことにかかわるわけない!」

「どの口が言うかしら、どの口が~。……それに、あなたはそういった運命にあるのだから、覚悟しなさい」


 コレットの断定する口調に思わず息を呑む。

 ……運命、か。

 そう言われてみるとしっくりきた。

 気がつくと赤子に生まれ変わっていたことも、今不思議な世界にいることも。

 理屈が分からなければ説明もできないが、その一言だけで言い表せた。


「私、いくよ! だってクララちゃんと一緒にいたいもん!」

「それじゃあ決まりね」


 私とレイネは頷き合うと、どちらからともなく手をつないで扉の前に立った。

 

「「せーのっ」」


 私たちが同時に扉に触れると、灰色の重々しい石材が光を放つ――


『よくぞ試練をくりあ・・・した約束の子らよぉ』


 そこに刻まれた老人の顔がゆっくりと目を開き、こちらを見据える。


「この子もはいっていいよね」

『もちろんだともぉ。エイクリッドの血を引くそなたらを拒むことなどあろうか』


 私は密かに胸をなでおろす。

 レイネの分まで試練を出されたらどうしようかと思った……。


「おしゃべりはいいからはやく開けるのだわ~」

『そこの原罪あくれいが言うとぉり、我も役目を果たすとするか!』


 蝶つがいのギギギときしむ音と一緒に、大地ごと揺さぶられているような振動が発生した。

 じわじわと扉が内側に開いていく。

 

「だれが悪玉菌よ~!」というコレットの謎のツッコミもその轟音にかき消される。


『それにしても、四人そろって突破できたようでなによりだぁ。ずっと居座っていた白い子供のことは我も気にかけておったゆえ……』


 扉が開くにつれて、老人の顔が中心から裂けていく。

 レイネのこと心配していたんだ……。

 というか四人ってなに? 

 私とレイネにあと妖精のコレットで三人でしょう?

 気が付いていないだけで、ここにあと一人いるとでもいうのだろうか。

 老人に問いかけようとしたが、その時には完全に扉は開いてしまっていた。

 再び眠りについたようで、目を閉じている。

 これでは聞けそうもないな。

 ……まあ、扉がボケていたということで。


「さぁて、物色するわよ~!」


 どう好意的に受け取っても盗賊にしか聞こえないことを言うコレットに腕を引っ張られ、私は宝物庫のなかに足を踏み入れる。

 手をつないでいたレイネも、芋づる式に中に入った。


 コレット盗賊団、ここに結成!


 ……せめて義賊がいいなぁ。

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