第20話
手をつないだ私たちは
数十分ぶりに見る太陽がやけに眩しくて、目を瞬かせていると、
「おかえり~、うまくいったみたいね――」
コレットが出迎えてくれた。
羽は色彩を取り戻し、自分の力で飛行している。
元気そうで何よりだ。
「――ってそのケガ⁉」
「けが……?」
蒼白とした表情に私はきょとんとした。
レイネも半泣きでこちらを見ている。
「クララちゃん……血がいっぱい出ているよ……」
レイネに指摘されて私は体を確認すると、
余所行きのドレスには無数の切り傷が入り、そこから薄い血の跡が滲んでいた。
純白の生地を点々と染める赤……。
「ひぇ……いちごみるくみたい」
「バカなこと言ってる場合ではないわ! 早く治療を~」
コレットが私のスカートを下からめくりあげる。
レイネが慌てて目を覆った。
「み、見てないから!」
私のぺったんこボディくらい、見られてもどうとも思わないのに。
恥ずかしがるようなお年頃でもないし……。
「傷が治りかけている……⁉」
私をバナナみたいに剥いたコレットが、すっとんきょうな声を上げた。
「……いや、もとから浅かったのかしら」
横腹に入った、ピンク色の線を自分でなぞる。
鋭い氷塊に切り裂かれたところだが、今は傷跡を残すだけになっていた。
再生速度も異常だが、腕に刻まれたものと比べて、腹部の方が明らかに軽傷だ。
頭部に至っては、何度も被弾したはずなのに、血が垂れてくることもない。
まるで私の命を守るべく、急所だけ傷が浅くなっているようだ。
「この変態もそれなりの実力者だったというわけね……」
コレットが地面を睨んでぼそりと呟いた。
なに言ってるんだか……。
「ちがうよ! コレットはへんたいさんじゃないよ!」
自嘲するコレットを私は否定した。
今回のことは、コレットの助力なしに解決できなかった。立役者といってもいい。
その強さと優しさに私は心から感謝している。
だというのに、自分を変態だなんて卑下しないでほしい。
コレットは――私のヒーローなんだから!
「だれが変態よ~!」
そんな思いを込めての発言だったが、コレットはなぜか烈火のごとく怒りだしてしまった。
妖精って分からない……。
「すごい……妖精さんだ……」
宙に浮かぶコレットを、レイネがポカンと口を開けて見つめた。
実体化が解けていない影響かレイネにも見えているようだ。
「こうして話すのは初めてかしら~。私はコレット、とっても優秀なクララの相棒よ~」
「私は、レイネ。クララちゃんのお友達だよ!」
二人は互いに自己紹介した。
普段人前に姿を現さないコレットが誰かと話すのは珍しい。
ずっと一人ぼっちでいたレイネもコミュニケーション能力には期待できない。
このまま続けさせて大丈夫だろうか……。
私はハラハラしながら二人の接触を見守る。
「ええっと、助けてくれてありがとう!」
レイネはぺこりと頭を下げた。
――まずはレイネからいった!
「べつに……私はクララとの約束を守っただけだわ~」
それに対してコレットは腕を組んでそっぽを向いた。
あんまりよろしくない態度だ。
人間をあまり好きではないみたいだから、そうやって拒否しているんだろうけど、はたから見るとツンデレみたいにみえる。
『べ、べつにアンタのためにしたんじゃないんだからネ!』
頭のなかでアフレコしてみた。
ふふっ、これはなかなかしっくりくる。
「ああっ! どうして私を見て笑っているの~⁉」
「なんでもな~い」
「そんなわけないでしょ~!」
疑惑の目を向けてくるコレットに
「この~! こうしてやるかしら~!」
「いひゃい、いひゃい。ひっはらないれ」
私の頬はおもちみたいに引っ張ってきた。
どうにか引きはがそうとコレットと格闘していると、
「二人とも仲がいいんだね。ずっと昔から一緒にいるの?」
レイネが声をかけてきた。
ジトっとした表情。
なにを考えているのか分からない……。
「え~と、どうだっけ」
コレットを剥がしてから、とりあえず答えようと思考を巡らす。
随分と長い間一緒に行動している気がするけど、出会ったのは――
「二、三日前よ~」
そうだった、寝たふりしていたら布団によじ登って来たのがファーストコンタクトか。
思えば短い仲だな。
「みっか、みっかでそんなに仲良くなったの⁉」
驚愕したレイネ。
私はコレットと顔を見合わせる。
そんなに仲良く見えたのだろうか。
まだ『二人は一生ズットモ♡』みたいなプリクラも撮っていないのに……。
女子の交友関係の深め方が分からない。
「まぁ、私とクララの絆は簡単に言葉にできるほど陳腐なものではないのよ~」
「そうなんだ……」
なんやかんやでレイネとコレットが会話をしている。
良い傾向だ。この調子で仲良くなってもらいたい。
「つまりぽっと出のちびっ子が入りこめる余地はないということかしら~!」
「むう……」
かと思ったら、コレットがいきなり挑発し始めた。
頬を膨らませるレイネ。
「私だって、クララちゃんに飴をもらったもん!」
「う、嘘おっしゃい! クララが人に食べ物を分け与えることなんてないわ~! それもおかしを差し出すなんて……」
コレットは目を飛び出さんばかりに驚いた。
……いったい私を何だと思っているのか。
「くっ、少しはあなた――レイネを認めなければならないわね~」
「私はコレットを追い抜いてクララちゃんの一番になってみせる」
訳が分からないが、変人同士通じ合うところあったのか、打ち解け合った様子の二人。
会話の内容はどうあれ……。
それと、レイネ。
私の一番になりたかったら、追い越すべきはコレットではなくママだからね。
調整ミスったくらいに高すぎる壁だとは思うが。
私たちは土壁から離れて、下山していた。
少し離れたところに設置されたフェアリーサークルまで移動しているのだ。
その道中、思い出したかのように口数が少なくなったレイネ。
表情は陰ってしまっている。
「ゴメンね……わたし、クララちゃんにいっぱいケガさせちゃった……」
私の服に目線をやると、うつむいてしまった。
足元に注意しているわけではなく、後ろめたい気持ちでいっぱいになってしまったんだろう。
私の白いドレスにはたくさん血が付着している。
それを見て責任を感じたんだ。
だけどそれは良くない。そんなこと、だれも望んじゃいない。
私はその顔を両手でつかんで、前を向かせた。
一体何のために私が体を張ったと思っているんだか。
触れたところから、真っ白な肌に朱が差す。
ぼっと火が付いたみたいだった。
「もう、うつむいちゃダメ! ちゃんとわたしのことみて!」
「ひゃっ、ひゃい……!」
だれが見ても分かるくらいに顔を真っ赤にしたレイネは、視線を泳がせて私の目から逃れようとした。
どうして恥ずかしがっているんだろう?
レイネの思考に私が思いめぐらせていると、とうとう観念したようで目線が合った。
「わたしはレイネといっしょにいたいからがんばった。ケガをしたときは痛かったけど、まちがいだなんていちども思わなかったの」
ケガはしたけど、誰一人として失われずにここにいる。
私はそれに満足しているんだ。
「レイネがとなりにいるからこれが
「それで……クララちゃんはうれしいの?」
「うん!」
私の隣でレイネが笑っている方がいいんだ。そのために私もがんばった。
あとはショッピングに行ければ、私の思い描いた理想の世界の完成だ。
「わかったよ……もう落ち込まない。だって誰もそれを望んでないんだから。その代わりね、今度クララちゃんが困っていたとき――私が絶対助けるから!」
それは社会も知らない未熟な言葉。
最初は恩に着せるつもりはないと、レイネの献身を受け取るつもりはなかった。
それが大人として当然の対応だろう。
だが、その発言を戯言だと切り捨てられないほどに、レイネの目は真剣だった。
思いの強さに年齢なんて関係ない。
私の方が精神が発達しているからと保護者のような気持ちでいたが、それは誤りだと気づかされた。
レイネが望んでいるのは対等な友人関係だ。おんぶ抱っこの関係ではない。
だったら返答は一つ。
「――まかせた!」
「うんっ!」
信頼している。
そう伝えると、レイネは嬉しそうに顔をほころばせた。
やっぱり笑っている顔が一番だ。
「そうだ! ……まだお礼してなかったね」
「おれい?」
そんなものいいのに……何をするつもりだろう。
レイネは私の頬に手を当てる。
いったい、なんのつもりだろう……。
そのままスッと距離を詰めてきた。
おでことおでこがくっつきそうになるほどに近い。
レイネの吐息が私の頬で感じられるほどに。
「レイネ。ち、ちかいよ……」
私の言葉にレイネは反応せず、さらに顔を接近させる。
さっきから妙に心拍も早い。顔が熱くなるのを感じる。
私の顔はきっと赤くなっているだろう。
だけどレイネの方がすごい。リンゴみたいに真っ赤だ。
コレットは声も出さずに固唾をのんで見守っている。
「クララちゃん……」
「な、なに⁉」
思わず声が裏返ってしまった。
だってこんなに顔が近いなんて……。
乱れた呼吸を戻そうと、息を吸い込んだ瞬間――顔を引き寄せられる。
一瞬だけ私とレイネが交わる。
「ありがとね……」
――ちゅっ。
頬に柔らかい感触。
私は今、なにされた……?
少しだけ距離を開けたレイネと目が合う。
顔が真っ赤だ……。
きっと私も真っ赤だ。
だれもが無言になった数秒間。
やがてレイネは照れくさそうに笑って、
「きゃあ――――――――――‼」
顔を覆って逃げていった。
私は去り行く背中を呆然と見送る。
「キス、された……」
まごうことなく人生初だ。
どうしよう、このあとどんな顔してレイネに会えばいいんだろう。
私は痛いほどに鼓動する胸を抑えて、コレットを見た。
冷やかしでもいい、なんとかいってくれ。
そうでもないと耐えられない。
「ね、ねえ……」
私が助けを求めると、コレットは鼻血を流して固まっていた。
つ、使えねぇ……。
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