第23話

 それにしても不思議なものだ。

 氷塊につけられたはずの傷跡が殆ど治癒してしまっている。

 私は何も纏っていない上半身に触れる。

 やっぱり痛くない。

 思えば、服を擦れる痛みもかなり前から感じなくなっていた。

それ自体は好都合だったが、こうも短い時間で治るのは異常だ。


 傷跡からは、シップとハーブを混ぜたような匂いがする。

 

「それは薬草ね~」


 横からひょいっと現れたコレットが言った。

 私が裸だというのに、配慮する気配もない。

 まあ、妖精だからね……。


「やくそうってあの?」

 

 ファンタジーでよくある回復アイテムの?


「あのって言われても分からないけど、人間がよく持ち歩いている、塗ると傷口がふさがる葉っぱよ~」


 それじゃん、よく冒険者が取りに行くやつじゃん。

 ――だとしたら怖すぎるんだけど。

 私の体内から薬草の成分が分泌されているってこと?

 それとも見えざる誰かが、知らぬ間に塗っていていたのか……。


 私はブルりと身震いした。

 結果的には助かったけど、不気味だ。


「ほら、いつまでも裸でいるから。さっさと服を着なさい」


 私が体を震わせたのを、寒さのせいだと勘違いしたコレットが言った。


「は~い」


 私はいそいそと上から足を通してドレスを身に着けるのだった。




「レイネ、こっちむいていいよ」


 律儀に私の反対方向を向き続けていたレイネは、私の言葉を聞いてからゆっくりと振り返った。

 

「わぁ、すっごく綺麗!」

「ありがと」


 キャッキャッと私の手を引いて踊るように跳ねるレイネ。

 そんなに喜んでくれるならうれしいかも。


「本物の妖精さんみたい!」

「ちょっとどういうことかしら~?」

「あっ、ちがうの。言い間違えただけ……えへへ」


 妖精……か。

 確かに今の私の恰好は、妖精のコスプレをした子供に見えるかもしれない。

 私の体にぴったりの薄い翠色をしたドレスは、私の髪の色とマッチしていて、オーダーメイドで織り上げられたかのようだ。

 絵本に出てくる妖精も確かこんな見た目だったから。


「こら~! 待ちなさい~!」

「きゃあ――――!」


 コレットから逃げ回るレイネの顔はとても明るいものだ。

 よかった。この光景を見られただけで、私はこの世界に来た意味があった。

 なお、ガシャガシャと貴重品が崩れる音は気にしないものとする。



「ふたりとも、そろそろおはなししよう」


 もはや当初の目的も忘れて、追いかけっこに夢中になっている妖精たちに呼びかける。

 私の体はまだ疲労で重いけれど、いつまでもゆっくりしている訳にも行かない。


「そうね~、そろそろ先についての話をしようかしら」


 ようやく戻ってきたコレットが、一息ついてから切り出した。


「螺旋の宝玉……だったよね」

「そうかしら、触れたものに一つ、望んだ力――ギフトを与える不思議な玉。それを求めてクララはこの世界にやってきたのよ~」

「うん、わたしはちからをてにいれる」


 外に出てからの私はずっと力不足を痛感しっぱなしだから。

 その解決法として、ギフトを手に入れることにしたのだ。

 たとえそれが後ろめたいことであったとしても。


「その宝玉が宝物庫のなかにあるってのはわかったけど……いったいどこに?」

「こんなにひろいとみつけられないよ」


 レイネがこてんと首を傾げた。 

 それに私も続ける。

 上空から見た限りでは、野球ドームくらいの広さがあったんだ。

 そして、宝物庫のなかには見渡す限りに宝が敷き詰められている。

 ここから目的の物を探すとなると、恐ろしい難易度になるだろう。

 闇雲に探しても見つからない。



「きっとこの辺にあるかしら~!」


 私たちが立っている辺りを指さして、自信満々に言い張った。

 断定するような口ぶり、何か根拠でもあるのかな。


「どうして?」

「なぜなら宝玉を持ち帰る試練は、王の職務にして、王位継承のための必須条件だからよ!」


 コレットが言うには、毎年学園で宝玉を触れさせるために、王が自ら取りに来ているらしい。そしてその職務を引き継ぐことができると判断されなければ皇太子は王になれないと。

 だからといって、なぜこの辺りに宝玉があると分かるのだろう……


「よ~く考えなさい。自分が毎年宝玉を取りに来ないといけないとしたら、どう思うかしら」

「あっ!」


 レイネが声を上げた。

 なにか気が付いたのだろうか。


「私分かったかも……」

「いってみて?」

「どう思うか、それはね――めんどくさい!」

「はい、正解!」


 コレットが拍手した。

 突然答えるのが面倒くさくなったわけではない、『めんどくさい』というフレーズが答えらしい。

 

「王だって毎年宝玉を取りに行くのは面倒くさいのよ。だから歴代の王は入り口の近くに置きっぱにしているの」

「それでいいのか……」


 部外者のコレットに知られている以上、この国はもうだめかもしれない。

 ともあれ、宝玉がどこにあるのかは予測ができた。

 おかげでこの馬鹿広い宝物庫のすべてをひっくり返して探す必要はなくなった。



 だが、見つけられるかという問題は依然変わらない。範囲を絞られただけだ。

 宝玉がどんな大きさをしているのかによって、見つけやすさは極端に変化するだろう。

 仮に野球ボールサイズだったらと考えると気が遠くなる。

 財宝の一番下まで落ち込んでいるとしたら、何日かけても見つけられる気がしない。


 ――王家の人! 貴重品ならちゃんと整理しとけ!

 盗人であることも棚に上げて、私は片付けられない系王家の人々を罵倒する。


「ぜったい下にころがってるよ……」

「どうして?」

 

 大きくため息をついた私に、レイネが反応した。

 私はやさしく教えてあげる。


「ボールはまるいから下にころがるんだよ」

「ほんとうだね! じゃあ宝玉は足のずっと下にあるのかも……」


 私の言いたいことに気が付いたようだ。

 今度は二人分のため息がはき出される。


 どうやら、とてつもない労力を費やすことになりそうだ。

 そんな私たちを見たコレットは、いぶかしげな表情をする。


「探すのは丸いものではないわ~。だいたい螺旋の宝玉が手のひらに収まるサイズな訳ないかしら」


 宝玉って小さいものじゃないの?

 でないと王が持ち運ぶこともできないはず……。


 私の疑問は言葉にする前に返答された。


「螺旋の宝玉は大人より大きくて持ち運べないわ。だから封印してあるのよ~、絵の中に」

「なるほど!」


 私は膝を打った。

 額縁の中にしまえば、軽々持ち運べるわけだ。


「ふちがとびらになってる絵をさがせばいいんだね」

「そのとおりよ~。これだったら簡単に見つかりそうでしょう?」


 簡単ではないと思うけど……。


「レイネ、いっしょにがんばろう」

「うん! 私がんばる!」


 小さく拳を握ったレイネに微笑んで、私は銀色に光る中世の鎧から腰を上げる。

 面倒だけどさっさと終わらせますか――


「あれ……?」


 立ち上がろうとした私は足に力が入らず、そのまま正面に倒れそうになる。

 頭が地面に吸い寄せられているようだ。

 捕まれそうなものも無ければ、踏ん張れそうもない。

 カーペットの代わりに敷き詰められている軍用品はどれも角ばっており、顔を打ち付けたら相当痛いだろうなぁ。

 私は体をこわばらせてせめてもの覚悟をする。


 ――ぎゅうう


 私の背中に後ろから巻き付いた両腕が、転倒する体を支えた。


「クララちゃん大丈夫⁉」


 レイネは踏ん張りを効かせて、私の体を起こしてくれた。


「うん……だいじょうぶ、おかげでたすかった」


 なんとか元の鎧に座った私は、レイネに感謝を伝えた。

 思った以上に疲れていたみたいだ。


「外側の傷は癒えても、体力までは戻っていなかったみたいね」


 駆け付けたコレットが真剣な顔で言う。

 情けないことです……。


「宝玉は私とレイネで探すから、クララは少し休んでいなさい。……そうね、あそこのベッドがいいかしら」

「りょおかい!」


 私の代わりにレイネが返事をすると、背中と両足を挟む感じで私をよいしょと持ち上げた。

 俗にいうお姫様抱っこというやつだ。

 まさかされるがわになるとは思わなかった……。


「じぶんで歩けるって……」


 小さな女の子(といっても私よりは大きいが)に抱っこされている状態は、安全面もあるが、主にメンタル的な負担が大きく、私は下ろしてくれと肩をゆする。

 しかし、使命に燃えるレイネはただ一点のソファだけを見据え、フンスと鼻息荒く進みだした。


 レイネ号が進むこと数十秒、私は柔らかなソファの上にそっと降ろされた。


「あ、ありがとねレイネ」

「どういたしまして!」


 達成感に浸るレイネに水を差さないよう、私は何とか笑みをつくって礼を言う。

 おむつを穿いていた日々よりも大きなダメージを心に負いながらも、疲労に抑えつけられるかのように眠りにつくのだった。

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