第15話

 てこてこてこてこ……。


「どうしよう……」

「どうするかしら~」


 私とコレットは二人で山を下りている。私は徒歩でコレットは自前の羽で飛んでいる。

 どちらともなく困ったように顔を見合わせた。

 困っているのだ。


「それもだけど、あのどかーんってなるのなに?」


 なにもない山中に、ぽつんといた白い少女。

 あの子が関係していることは明白だ。

 だけど、指一つ動かすことなく超常現象を引き起こすなんて……それはまるで、


「魔法に決まっているわ~。過程を省略して結果を導き出す方法はそれしかないもの」

「まほう……」


 この不思議な現象はすべて魔法によるものだったのか。

 どうりで現実離れしているわけだ。

 山を下る私たちの上には晴れ間が広がり、雲一つ浮かんでいなかった。

 空には雲がひしめいているというのに、ここ一帯だけ不自然に避けているのだ。

 それは、まだ私たちが魔法の支配下にいるという証で……。


 てこてこてこてこ……。


「コレットはものしりなんだね」

「そんなことないかしら~。まぁ人間種に比べれば優れているように感じられるのも無理はないのよ」

「さすがだね!」

「それほどでもあるわ~」


 高慢な態度にイラっとくるが、おくびにも出さず私はコレットをよいしょする。

 それもすべては貧乏くじを引かせるため。


「そんなあたまがいいコレットにききたいことがあるなー」

「うふふ、なんでもきくといいのよ劣等種!」


 てこてこてこてこ……。



「なんであのこずっとついてきてるの?」


 一人山に佇んでいた、白い髪の少女。

 私が近づくと拒絶し、攻撃を仕掛けてきた子だ。

 それが先ほどから私の後ろを、てこてこ・・・・ついてきている。

 相当に警戒をしているのか、距離が十メートルより縮まることは無い。

 私が足を早めれば、あの子も足を早める。突然止まれば、あの子も止まろう――として、あたふたしてからコケた。

 生まれたてひなみたいだ。


「そんなのわからないわ~」

「なんでもきいていいって言った」


 人間に比べて優れているとっても賢いコレット先輩教えてくださいよ。


「もうっ! なんでついてくるのかなんて、あの子供に直接聞くしかないかしら!」


 そうだよね、直接聞くしかないよね。

 私もそう思う。

 というわけで、


「コレットきいてきて」

「ええっ、どうして私が⁉」

「なんでもするって言った」

「言ってないわ⁉ 嫌よ、私は絶対に行かない!」


 コレットでも怖いのか。姿が見えない妖精でもぺったんこにされるリスクは同じかぁ。


「あんな魔力の塊に近づいたら体が混ざってしまうわ‼」

「それってどういうこと?」


「はぁ~、あの子供魔力の量が桁外れているの。制御しきれない魔力が体からあふれ出て結界を構成するほどに。きっと先祖返りね、ここだけ雨が降っていなかったのも、具現化した濃い魔力が阻んでいたからよ」


 私は空を見上げる。

 コレットの言う通り、雲をくり抜く不可視の結界はあの女の子を起点に円状に発生していた。

 天候を変えるほどの大きな力……。

 

「さっきのまほうも……」

「あふれた魔力が感情によって指向性を持ち、属性魔法として勝手に発動していたようね。制御さえできれば『勇者候補者』になり得るくらいの逸材だったのに……」


 魔法が勝手に発動……。

 私を傷つけようとしたわけではなかったのか。

 嫌われていないと分かっただけで問題はなにも解決していない。

 だというのに、それだけで私の心は随分と軽くなった。


「わざとじゃなかったんだね! わたしもういっかいお話してくる!」

「はぁ。くれぐれも気を付けるかしら~」


 お友達作戦、続行!




「わたしクララ! あなたのおなまえは?」


 少女から十分に距離を取った場所で、私は叫ぶ。

 下を向いたままの少女がびくりとした。聞こえてはいるらしい。


「……レイネ。私の名前……」


 しばらくして返ってきたのは、可愛らしい少女の声。

 通じた! 会話になった!

 距離のせいで小さくて聞こえづらいが、ちゃんと返事をしてくれた。

 この勢いで聞きたいことは聞いてしまおう。


「どうしてついてくるの?」

「……」


 返事はない。

 代わりに山の一角が削れた。

 消しゴムで消したみたいに音もなく消失したのだ、この一瞬で。

 ……大丈夫だ、大丈夫。魔法もここまでは届かないはず。


 レイネを怒らせてしまったのだろうか。

 やっぱり聞き方を間違えたから……。

 なにげに初対面の人に自分から話しかけるのは日本を含めても初めてかも。

 もっと無難な会話から入ろう。

 次に地雷を踏んだら爆発に巻き込まれかねない……。


「そのドレス、白くてすてきだね!」

「……っ! パパとママがわたしにくれたの!」


 声を弾ませるレイネ。

 嬉しそうにぴょんと跳ねる。下を向いているが、その表情はきっと明るいものだろう。

 手ごたえあり。チョイスは間違っていないぞ。


 そして、

 ぴゅーんと青空に火の玉が打ち出された。


(たーまやー)


 どこからかそんな幻聴が聞こえた。遅れて爆音。

 ぶわっと熱気が流れ込んでくる。


「……」


 今のがこっちに飛んできてたら死んでた。



 ……コレットの言ったとおり、感情にリンクして魔法が発動するようだ。

 でもポジティブな感情にすら影響されるなんて……。

 巻きこまれないように慎重に話を選ばなければ。

 会話を続けるには――えーっと、


「わたしとおそろいの白いドレスだね!」

「えっ本当⁉」


 目を輝かせてレイネが顔を上げた。

 その視線が私の体に釘付けになる。

 なぜだか私の額にじわりと脂汗が滲んだ。


 次の瞬間、どこからともなく出現した業火が、真っすぐと私の体へ向かって迫りくる。

 ――しまった!

 避けようとしたが、身を屈めるどころか全身が固まって目をつぶることすらできない。

 最期に見えたのは炎の奥で真っ青になったレイネの顔だった――



「だから気を付けてといったのに」



 私の前に立ちふさがったのは小さな背中。

 蝶のような二枚の羽を優雅にはためかせ、海のようになだれ込む炎を小さな杖を振るって消していく妖精の姿。


 ……助かった。

 コレットがいてくれたら大丈夫かもしれない。 

 そう思った矢先に、私たちを大きな影が覆う。

 反射で見上げて――仰天する。

  

 天から逆さまになった氷山・・が降ってきていた。

 目を疑うような事態だった。

 幻覚かなにかだと思って固まっていたが、接近した氷塊のヒヤリとした冷気に現実へと戻される。

 本物だこれ……。


 マズイ。

 このままだと押しつぶされてしまう――



「一時撤退よ。今の私では・・・・・あれを止められないわ」


 コレットが何か呪文を唱える。

 私の足元をくるりと花々が囲んだと思うと視界が歪み、瞬きする間に景色が変わった。





 気が付くと、私は宝物庫の前に立っていた。

 理屈は分からないけど、コレットが魔法で移動させたようだ。


「散々な目にあったわ~」

「コレット! ぶじだった!」


 私はコレットの体を隈なく見てまわるも、氷に被弾したあとは見当たらなかった。


「よかったぁ。ぺったんこになってたらどうしようとおもった」

「私がそんなへまをするはずないかしら」


 緑光を纏った綺麗な羽で飛び回る姿をみて、私は安堵する。

 さっきのことでコレットが傷ついていたらと心配だったのだ。



 レイネは悪意を持たずとも、対象に興味を引かれただけでそこに魔法が撃ち込まれる。

 現に少し会話をしただけで、地形が変わるほどの大魔法が行使された。


 でも、それはあの子が望んでやったことではない。

 始めにあの子は私たちを追い返そうとしていた。きっと人を傷つけたくない優しい子なんだ。 

 だれも悪人はいない。

 そこに悲しい現実があるだけだ。

 私にはきっと、それを変える義務がある。

 転生やりなおしてまで現実にとらわれてたまるか。




「とにかく、あの子供と関わるのはやめるのだわ~。近づくだけで属性魔法が暴発する人間と友達になれるはずがないかしら」


 結論付けるようにコレットが言った。

 レイネのことはこれでお終い、あの子のことは忘れて平和に生きていく。

 そうするべきだと言ったのだ。

 一番まともでベターな答えだ。だけど、そんな結論認めたくない。

 それに頷かないだけの理由が私にはあったはずだ。


「で、でもしれんが……」


 そうだ、試練だ。

 試練を突破するために、私は友達を連れていく必要がある。

 この世界に人間が一人しかいないのなら、当然切り捨てられるわけがない。


「よ~く思い出すかしら。試練の内容は『友達を連れてきて扉に触れること』であって、新しく友達をつくることではないわ~。ほ、ほら、クララには私という友達がすでにいるのだから」


 コレットが人差し指を立てた。

 言いながら恥ずかしくなったのか、腕を後ろで組んでモジモジし始める。



 目の前にある大きな扉。

 そこに刻まれた老人の顔は、瞳を閉じたまま微動だにしない。

 今これに触れたら、きっと目を覚まして合格を告げるのだろう。

 なぜなら私もコレットのことを友達と思っているからだ。

 条件はそろっている。

 あとは二人で触れるだけ……。


「コレット……」


 だったら、もうあの子に会う理由はない。

 近づくだけで死が隣り合わせの友人関係なんて成り立つわけがない。

 家族に会えないのは不憫だが、助けてあげられる力を持っていないのだから仕方ない諦めよう・・・・


「わたしはね――」


 と、以前のわたしなら言っていただろう。

 己の身を顧みずに、誰かに手を差し伸べるようなキャラではなかった。

 楽な方に流されるだけの人生だった。

 だけど、今は少しだけ違う。

 家族からもらった優しさを、ほんのちょっとおすそ分けしたって罰は当たらないはずだ。


「――あの子と友達になるってきめたの!」


 こんな誰もいない世界で、一人ぼっちにはさせない。


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