第16話

「……クララの気持ちはわかったわ。でも、近づくこともできないあの子と、どうやって友達になるの?」


 コレットが問いかけた。

 魔法を暴発し続けるレイネにどうやって近づくのか。

 携帯電話もないこの世界では、近づかないと話もできない。


 そのための方法は二つある。

 一つはレイネの注意を引かないことだ。

 感情の良し悪しに関わらず、関心を持った対象に魔法が行使されるのなら、存在自体を悟られなければいい。

 事実、レイネの前で一言も発しなかったコレットは、魔法の標的にならなかった。


 だが、この手は取れない。

 私の目的はあの子と友達になることだからだ。

 そのためには、ちゃんと目を見て話をしなければ始まらない。

 いくらレイネに接近で来たところで、意味はない。

 私たちが手をつないで笑っていられるのが目標だ。


 これを叶えるためには、


「コレット、ちからをかして」


 もう一つの解。

 誰かに助けてもらうしかない。

 非力な幼女がなにかを成し遂げるにはテコ入れが必要だ。


「私~? いったいなにをすればいいの?」

「まほうをうちけして。わたしがレイネにたどりつくまでずっと」

「むちゃ言わないでほしいかしら~! そんなことできないわ!」

 

 コレットほどの実力者でもダメなのか。

 でもさっき私を守ってくれたときは、軽々と打ち消していたように見えたけどなぁ。

 ここは探りを入れてみるか。


「ひとよりもすぐれていてもできないの?」

「できない――ことはないけど、非効率的かつ難易度が高いのよ~」


 可能ではあるようだ。

 だったら――お願い! と言いかけたとき、


「あれだけの面倒事、タダで引き受けるほど世の中甘くないわ~。また空を飛ばせてあげるから、それで満足なさい」

「……」


 そう言ってコレットは私の頼みを却下した。タダでは引き受けないと。

 つまりそれなりの対価を示せばいいのか……。

 私がコレットにあげられるもの、なにがあったか。

 ……そうだ。


「おへやにあるようせいのえほんあげるから」

「そんなものいらないかしら」


 ちっ、これを機に処分しようと思ったのに……。

 あれ暗記するほどフレディに読んでもらったからな。

 ほかに私の部屋にあるものといえば、


「おしゃぶりあげるよ」

「いらないかしら」


 固形食を食べられるようになってから口さみしさがなくなったので、あれはもういらない。

 食の喜びを知ってしまったのだよ。

 食べることこそ我が人生。

 今もお城からくすねてきた大きな飴が私の胸に収まっている。

 これは大事なのであげられない。


「えーと、えーとほかにいらないもの……」

「いらないものって……」


 おっと口が滑った。

 気分はショッピングモールの駐車場でやってる蚤の市。

 たくさん並べていればどれか一つくらい引っかかるだろうと。

 そうだ、とっておきのものがあったぞ。


「といれであらった父のおさら!」


 便器の水のなかで念入りに洗ったお皿。

 あのあとメイドさんがちゃんと洗浄してくれたから衛生面はばっちりだけど、精神的に使いたくなくて、私のおままごと用になったんだよね。

 父のお気に入りだったくらいには、高価だそうだ。

 本日最高価格! 判定やいかに!?



「いらないわ~!!」


 コレットは両手を振り下ろして絶叫した。


 やっぱりダメか……。

 所有物を譲ってもダメだというのなら、ここは未来の私に負担を強いるほかない。


「あしたおうちででるおやつあげる」

「い、いらない」


 私にとって魅力的な条件を提示するも、にべなく断られてしまう。

 そんな……おやつにつられない生き物が存在するなんて。


「あさってのもあげる」

「そっ、そんなものに私がつられるわけ……ないかしら?」

「わたしのおやつ、みっかぶんあげます」

「ダダダメよつられちゃだめ……しっかりしなさいコレット!」


 ここまで条件を釣りあげても、コレットはまだ頷かない。

 まったくもって手ごたえが感じられないし……。


「それなら――」

「いやぁ――――! これ以上の条件が出されたら、私はどうなちゃうかしら――!!」

「おやつはやめます」

「えっ?」


 別の物で交渉しよう。


「ちょちょちょっ! ちょっと待つかしら? もう少しだけ粘ったらあっさり堕ちるかもしれないわよ?」

「ほかのにする」

「もう一日! もう一日おやつを追加したら、きっと変わるわ~!」


 顔にまとわりついてきたコレット。

 ええいうっとうしい! 

 こうやって私の邪魔をしようとしているに違いない。

 ぺいっと剥がしてから考える。


「わかったわ~、おかしにする!」


 相手の欲しいものを予測するのは難しい。

 心のなかを覗けやしない限り、当てずっぽうで露店のように並べるしかない。

 ……私がお金を持っていれば。

 お金を欲しがらない人なんてめったにいないだろうから。


「おかしー! おかしー!」


 待てよ……。

 どうしてお金なら受け入れられると思ったんだ?

 トイレで洗ったお皿より、コレットは欲しがるはず、絵本と比べてもそうだ。

 どうしてお金は他のものに比べて価値が高いのか。


「わかったわ! 三日分! 三日分にするわ~!」


 それは交換ができるから。

 お金は欲しいものと交換ができる引換券なんだ。

 これに近い物を提示すれば、了承してくれるだろう。


 つまり――未来の私をそっくりそのまま譲渡する!


「なんでもひとついうことをきく券をあげます!」

「――わかった三日分でもいい! って……なんでも、言うこと――聞く券?」

「うん」


 ダメだったら諦めよう。

 そのときは一人でレイネのところまで行くしかない。


「それって――期限はあるの?」

「ないよ!」


 食いついた!

 これは私の誠意を示すもの、だから『~の場合に限る』などのこめじるしはつかないのだ。


「何回まで使えるかしら?」

「いっかいです……」


 さすがに何度も使われては困る。

 一度限り、どんな願いでも叶える券なのです。


「……わかったわ~。今日一日、私はクララのボディガードかしら!」

「やったぁ!」


 コレットは要求を受け入れて、私を守ってくれることになった。

 これでレイネのところまで行ける!



「ちゃあんと約束はまもるのよ~」

「わ、わかってる……」


 コレットは、にたりと笑った。

 一体どんなことを命じられるのか。

 未来の私には頑張ってほしい。


「言っておくけど、あの子に近づきすぎると魔力が制御できなくなって、魔法が使えないわ~。だから近づけるのは途中ま、それでもいいの?」

「うん!」


 それでもいい。今は少しでも距離を詰めたい。

 そしてどうでもいい話をしよう。

 まだ私は、レイネと目すら合わせていないのだから。

 友達になるのはそれからだ。


「そうと決まれば私も本気をだすかしら~」


 コレットの体が淡い緑色の光に包まれる。


「こ、これは――」


 光の粒子が収まったころ、コレットの外見はなんといっていいか分からないほどに――変わっていなかった。


「なんにもなってないじゃん」

「クララからしたらそうね、今の私は実体化しているの。普通の人間たちにも見えてしまう代わりに、いつもより強力な魔法が使えるのよ~」

 

 元から見えていた私には影響がないと。

 言われてみれば、今のコレットはいつもより強そうに見える。

 ……杖を構えているせいか。



「レイネのところにいく」

「フェアリーサークルを繋いでおいたから、輪のなかに入れば一っ飛びよ~」


 コレットが杖の先で指し示したのは、青々と生える草々を押し分けるように咲く花の円。

 私を転移させたこれはフェアリーサークルというようだ。



「コレット、おねがいね」

「まっかせなさい~」



 私は円のなかに足を踏み入れた。

 花びらが舞い、私の体があの枯れた山に運ばれていく。

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