第14話

 空中を移動しているうちに湖が涸れ、黄ばんだ草木が占める景色に移り変わっていく。

 頭の上に浮かぶ雲も、ずっしりと重そうな薄墨色が多くなる。


(なんだかこわいね)

「こんな死にかけた土地に住むなんて気が知れないかしら」

(はなしをきいてくれなかったらどうしよう)


 こういった日には悪い想像をしてしまう。

 今から会うのは枯れ果てた土地に住んでいるような偏屈もの。

 顔を見るなり追い出されてしまうかもしれない。

 おなかいたーい。行きたくないなぁ。

 空中で駄々をこねる訳にも行かないので、私は大きくため息をついた。



 しばらく進むと、地上には空からでもわかるくらいに深いひび割れが入っていた。

 不毛の地というのだろうか。

 草の一本も生えていなかった。 

 そのむき出しの地面を数滴の雫が叩き始める。

 ――雨だ。


「まったくツイてないわ~。すぐに到着するから、もう少しだけ辛抱かしら」

「うん」


 コレットが指を鳴らすと、飛行速度が上がる。

 小ぶりのうちに見知らぬ誰かさんのところまでたどり着きたいものだ。




「あそこだわ~!」


 横ぶりの雨のせいで聞き取りづらい。


 しばらく飛んでいるうちに天気は崩れ、すっかり土砂降りになってしまった。

 横を飛ぶコレットが指さす。

 私は雨が目に入らないように下を向いていたが、促されて顔を上げる。

 雨よけに手でひさしをつくって前方を確認した。


(なに、あれ……)


 それは奇妙な光景だった。

 大きな黒土の山の中腹、遠くからでもわかる。


 そこだけ円形に雲がくり抜かれていた。

 雨雲が強引に押し寄せては消えていく。

 こんな自然現象、聞いたことがない。

 その空間では降りこむ雨すらかき消され、透明な円柱のなかは快晴だった。


「あの魔力の中心に人間がいるかしら~!」

(あれをにんげんが⁉)

「このままだと風邪を引くかしら……。ええい、近づけるところまで行ってみるわ~!」


 コレットはそう言うと、私の体を加速させる。

 いまや雷鳴がとどろく豪雨となったなか、不自然にできた安全地帯へと向かう。

 雨風にさらされず、日差しが照りこんでいる穏やかな区域。

 より良い場所に向かうというのに、火事現場に飛び込ませられるような緊張と警戒が収まらない。


「突入~!」


 ――ブオン。


 蜘蛛の巣が顔に張り付いたかのような、ねっとりとした感触。

 私の体が見えない膜を通り抜けると空気が変わった。

 雨音は後ろに遠ざかり、やわらかな日光が冷えた体を温める。

 心地よい場所だ。

 全身に鳥肌が立っているが、さっきまで雨に打たれていたせいだろう。

 変に凝り固まった体をほぐして、私はしばし休息をとる。



「ほら、あそこかしら~」


 温かな陽気が体に馴染んできたころ、私の頭から離れたコレットが声をかけてきた。


「……なにが?」

「友達をつくりにきたのでしょう!」


 そうだった。リラックスしてすっかり忘れていた。

 ここにいる人と友達になりに来たんだ。

 そして試練をクリアしなければ。



 コレットに示した先には――


「おんなのこ……?」


 真っ白な少女がいた。

 年は私より少し上くらい。長い髪から、着ているドレスまでが、白く染められたかのように統一されている。

 見渡す限り黒土が広がる山の中腹にぽつんと佇む白い少女の姿は異様だった。


「こちらに歩いてくるわ」


 地面には、巨人がスプーンでえぐったような跡が、無数にあった。

 過去に大規模な戦闘でもあったのだろうか。生身の人間にできることだとは思えない。




 私が白髪の少女に正面に立つと、少女は驚いたようにピクリとするとその場に立ち止まる。

 意図せず進路を塞いでしまった。


 おどおどした、子ウサギみたいな印象。

 胸の前で小さく握られている手は、少し震えていた。


(こわそうなひとじゃなくてよかったね)

(そ、そうね~。私はあっちから見守っているから)


 コレットはあせあせと羽ばたいて、後方に逃げ去る。

 いったいなんなんだ?


 少女との距離は十メートルほど。

 うつむいているため視線は合わない。

 気の弱そうなだ。グイグイいったらすぐに友達になれるだろう。


 私はとても可愛らしい笑みを浮かべて、近づく。


「こんにちは! わたし――」

「こないでっ!」


 石油の入ったドラム缶が爆発したみたいな音を立てて、目の前の地面が陥没した。

 潰れた地面からは土煙すら立たない。

 この現象は理解すらできないが、もう少し前方にいたら私はプレスされていただろう。


「ひぃ」

 

 悲鳴をあげて後ずさる。

 正面にいる少女は。視線を落としたまま動かない。

 怪しい様子はなかったが、やはりこの子が引き起こしたのか……?


「は、はなしをきいて――」


 バァーン!


 付近で何かが炸裂し、土が舞い上がった。思わずしゃがみ込んだ私は頭を覆う。

 間違いない。

 この超能力はあの子が引き起こしている。

 


 ……会話が成立しない。

 こちらに興味がないのか目線すら合わないので、どういった感情を抱いているのかわからない。 

 これ以上アクションを起こすのは怖い。

 次に口を開いたら、吹き飛ぶのは地面じゃなくて頭かもしれない。


(一度出直しましょ~。相手が会話をする気がないのなら、友達になんてなれないわ~)

(たしかに……)


 コレットの言う通り、出直した方がいいのかもしれない。

 嫌がっている相手と友達になることなんてできないから。


 それでも、私はまだあの子になにも伝えていないことに気づいた。

 自分の気持ちは口に出して初めて伝達する。


 私がなにを求めているのか、その意思だけは伝えておかなければ――そのためにきたのだから。

 


「わたしと――、わたしと友達になって――!」



 おなかの底から声を出した。

 いつの間にか雨音も小さくなって、辺りを静けさが包み込む。

 少女は窺うように、そっと顔を上げた。

 ……どうだ、いけそうか?



 ドォーン! ドォーン! ドォーン!


 地面のあちこちが隆起して、不思議な力でえぐりとられた。

 真っ赤な炎の柱が天に昇り、虚空からスプリンクラーが壊れたみたいに大量の水がまき散らされる。

 

 じ、地獄の蓋が開いた……⁉


(マズいわ! 早く逃げなさい!!)

「たっ、たいきゃくぅ――!」


 私は逃げ出した。

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