第11話


 ぽてぽてぽて。

 私は見知らぬメイドに先導されて、宮殿の廊下を歩いている。

 父と王は込み入った話があるようで、先にゲストルームに帰っておくよう言われたのだ。


 うちのメイドと違ってにこりともしない目の前の女性は、己の職務を果たすことに専念しているのか、さっきから一言もしゃべらずにスタスタと進んでいく。

 私は一歩辺りの歩幅が狭いのでメイドに置いていかれないように、せかせか足を動かしてお尻を追いかける。



(今こそ宝物庫に忍び込むチャンスだわ~)


 頭の上を飛び回る妖精が言い出した。

 ――まただ。

 どうしてコレットは私に力をつけようとするのか。


 宝物庫に保管されている『螺旋の宝玉』。それは触れるだけで、人に先天的に備えられた『ギフト』という力を使えるようになる不思議なアイテム。

 興味はあるが、学校に通ってさえいればいずれは触れる機会がやってくる。

 コソ泥まがいの行為をしてまで、能力を得るべきなのか……。

 私は考える。


(私にまかせて! 宝物庫までの道のりは、すべて頭の中に入っているわ~)

(コレット、わるい子)

(バレなければ罪にはならないのよ~。どんなことをしても、人ごときに私の姿をとらえることはできないから無罪かしら~)


 こいつ退治した方が世のためでは?

 コレットみたいに人から見えなくなる力を持っていては、誰にも裁かれない。

 唯一姿を視認できる私がスプレーでシュッすべきだろうか。

 神よ私にゴキコロリできる能力をください……!

 というのは冗談だが、宝玉に触れたところで望んだ力が得られる確証はない。


(どんな力が手にはいるかわからないし……)

(あら、説明をしていなかったかしら~?)


 コレットは私の顔の前で小首をかしげる。

 そして――


 ででん、

(コレット先生の『教えて! ギフト教室―!』)



 一瞬でぴちっとしたスーツに着替えると、黒ぶち眼鏡を装着したコレットは、指示棒を振りまわして説明を始めた。

 なんだ今の⁉ 


(ギフトと呼ばれている力は、人間種のみが扱う、万能にほど近い魔法です)


 スーツを着ているせいか、話し方まで固くなっているコレット。


(ばんのう?)

(はい。この世界に生きるものなら誰しも使える属性魔法・・・・とは違うのです)


 属性魔法ね……RPGとかでよくある『メ○ミ』みたいなやつだろうか。


(お察しの通りです。風に炎に、水の魔法など……生き物の成り立ちから引き継がれる、五属性の魔法の総称かしら――です)


 今語尾を間違えかけたな……。

 突っ込まれるんじゃないかと、ビクビクしながらこちらを窺う。

 追及しないから続けてくれ――


(これらは鍛錬次第で誰にでも使用できる一方で、決まった結果しか導き出せないという欠点を持つのです)

(けってん?)


 属性魔法があれば十分じゃない?


(現象を引き起こすだけでは、願いを叶えられないこともあります。例えば――そうですね、身体能力を高めたいという願望をどの属性魔法で満たすことができるでしょうか)

(かぜでからだをうごかして――)


 いや、違うな。

 私は思念を送ろうとして途中で首を振った。

 風の力で移動を補助しても、根本的な身体能力の向上とは言えない。

 属性魔法は万能の力ではないというのは、こういうことか。


(お分かりいただけたようですね)


 コレットは目を細めるようにして微笑みかける。

 さっきから気になっていたが、ワイシャツのボタンを開けているのはわざとなのだろうか。その隙間からちらちらと見える鎖骨が、私の教育に悪い。


 バッ――

 視線に気づいたコレットは、顔を真っ赤にして胸元を隠す。

 両手で覆ったまま話を続けるらしい。

恥ずかしいならボタンを留めればいいのにね。


(……つ、つづけますよ?)


 はやく。ゲストルームに着くまでには終わらせてほしい。



(魔法とは本来、人の願いを叶えるために生み出されたもの。ですが属性魔法でそれを賄うには限界がありました。そこで発生したのが『螺旋の宝玉』になります)

(はっせいしたってどこから?)

(さぁ? 気づいたときには人間が囲っていたわ~)


 いきなり適当になったな……。

 まあ螺旋の宝玉がどこから出てきたかなんて聞いても仕方ないことだ。


(宝玉は触れられたときに心を写し取り、その人物が真に望む能力を授けるシステムです。ゆえに能力に強弱こそあれど、願望から逸脱した系統の力を得ることはありません)


 なるほど、心の底から望んでいる能力が得られるわけか……。

 だとしたら今頃世界は億万長者とかで溢れているはずだ。

 みんな好き放題してしまって、国が成り立たないだろう。

 


(その人間の本質から外れた力は十分に発揮できません。金に縁のない人間が硬貨を生み出す能力を望んだところで、小銭くらいしか生み出すことはできませんよ)

(てきせいがないとダメなんだね)


 無理やり習得しても手品レベルの能力に成り下がると。

 だからこそ社会制度が成り立っていられるわけだ。



(――クララさん)


 コレットが学校の先生みたいにさん・・付けで呼んできた。

 それ気持ち悪いからやめろ。


(あなたは宝玉になにを望みますか?)

(わたしの、のぞみ――)


 最初に思い浮かんだのは、働かなくても収入が入ってくる環境。

 でもこれは望みじゃない。苦しいことから逃れたいと思うのはただの本能。望み以前の話だ。

 じゃあ私の望みとは何か。

 突然聞かれても、他には何も思いつかない。


 ――ああそうか。私は今の生活を気に入っているんだ。

 家族に囲まれたあの家での暮らしが、いつまでも続けばいいと思っている。

 これが私の望みだ。


(ですが――)


 分かっている。居心地の良い環境がいつまでも保たれるなんて夢を見るほどに素敵な前世じんせいは送っていない。

 いつかは外から敵が入ってきて、幸せな箱庭をめちゃくちゃにしてしまう。


 今回は勘違いだったが、あの王子のように私の平穏を脅かす影がこの先付きまとうのだろう。

 だから、


(コレット――)


 玩具の眼鏡を外したコレットは、私の覚悟を確かめるように、じっと見つめ返してくる。


(わたしはちからをてにいれる)


 力が必要だ。

 ついてくる王子を振り払えるほどの力が。

 人に罰を与える、王のような権力者に抗う力が。


(了承しました。あなたの願いを叶えましょう!)


 うやうやしく頭を下げたコレットは――


 ぼふん。


 いつものワンピース姿に戻った。


(螺旋の宝玉までの道案内は私に任せるかしら~!)


 いつもの服に戻ったコレットが得意げに胸を張る。

 やっぱりそっちのほうが似合っているよ。


 ポシェットの持ち手の部分がパイスラッシュしてなきゃコレットじゃない!


(――天・罰!)


 直後、妖精のかかと落としが頭に刺さった。

 その顔は真っ赤だったという。



 メイドのお尻を追いかけるのにも疲れた頃。

 ようやく見覚えのある区域に戻って来た。


 それは来るときに通った大広間。

 吹き抜け構造になっているその広間は、とても天井が高い。

 巨人の住処だと勘違いしてしまった根拠の一つだ。

 壁から掛けられた、巨大な絵画に豪華な壺などの展示されている調度品の数々は、もう見飽きてしまったほど。



 ここまで帰ってきたってことは……。

 もうすぐ私たちのゲストルームに帰り着くということ。


 

 私は悩んでいた。

 宝物庫に侵入すると決意したのはいいものの、どのタイミングで抜け出すか。

 ソフィアに引き渡されてからだと、責任が及んでしまう。その前がいい。

 リミットは父が部屋に戻ってくるまで。それ以上だと捜索されてしまうから。


 これから私は宝物庫に侵入する。

 盗みはしないが後ろめたい行為だ。

 大っぴらになる前に片をつけたい。

 行動するなら早いうち――今だ。


 そう決意したが、メイドを振り切って城内を自由に探索するのは難しい。

 私のことを意に解さぬとでもいったふうなメイドだが、送り届けるという目的を果たすつもりはあるのだろう、たまに振り返っては私が付いてきているかを確認する。

 突然逃げ出したら追いかけてくるに決まっている。


 同世代の王子にも追いつかれた私だ、大人と鬼ごっこをして勝てる気がしない。

 どうにかして隙を作らないと……。

 私がメイドの隙を探っていると、


 ぐらぐらぐらん――


 けっこうな高いところに展示されている絵画が、不自然に揺れた。

 人の心をくすぐるような揺れ方をする額縁は、今すぐ駆けよれば落ちてくる前に受け止められる、そう思ってしまう絶妙なぐらぐら具合だった。

 

 その絵画は、よく見ると小さななにかがわざと・・・らしく揺らしていた。


(コレット!)

(絵が突然落ちても私たちのせいにはならないわ~。だって妖精は普通の人には見えないもの)


 始めは理不尽なポルターガイストに呆然としていたメイドであったが、絵画の下にある高価な骨董品こっとうひんに気づくと血相を変えた。

 どうやら受け止める心積もりのようで、そろりそろりと絵画の下へ慎重に向かっていく。

 

 監視が外れた!


(コレットありがとう!)


 今のうちに逃げよう!

 そう呼びかけたが、コレットは嗜虐的な笑みを浮かべたまま絵画を左右に揺らして楽しんでいる。


(あっちかしら~。それともこっちかしら~)


 慌てて地上を右往左往するメイド。

 まるでフリスビーで焦らされている子犬みたいだ。


 ……まさか本当に落とすつもりじゃないだろうな。

 下にある壺が粉々になったら、一生働いても弁償できない。

 頼むぞコレット――


 ぐーらぐーら、ぽいっ。


 コレットは額縁を投げ捨てた――それはそれは楽しそうに。


「ひぇ~」


 そんな情けない声を出したのは私かメイドかどちらだったか。


(私がばっちり隙を作ったわ~。さあ今のうちに宝物庫に――)


 人が決めた価値など知らないとばかりに自由落下する絵画に目を捕らわれていると、声がした。


(なにをぼうっとしているの! 今のうちにあそこに飛び込みなさい!)


 コレットが指さしたのは壁に掛けられた大きな絵画。青々と生える草原の奥になにか建物が描かれている。

 奇妙な額縁をしていた絵だ。

 それはまるで扉のような――。


(しんじるからね!)


 私はその絵画に向かって突っ走る。

 私の背丈よりも高い、壁みたいな絵画。

 

 ぶつかったときのことを想像して、足がブレーキを掛けそうになる。

 だけど止まらない。ここで止まったら、次のチャンスは遠い未来。

 その間に敵がやってきたら、私は抵抗することすらできない。

 それだけは嫌だ。

 最悪また鼻血ブーして泣いてやる!

 覚悟を決めた私は目をつぶって走る。



 ガシャーン!

 

 後方で数十億円くらいが割れた音がした。それと一緒に甲高い女性の悲鳴も。

 もう引き返せない。

 遮蔽物に風が反射して顔に吹きつける。

 絵にぶつかるまであと一歩。



 私は力いっぱいに跳躍した。


「いっけぇ――――――‼」


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