第10話

「――面を上げろ!」


 静かな謁見の場に、兵士の声が響き渡る。

 

 跪いていた父は、号令の反響が収まるのを待って、ゆっくりと顔を上げる。

 対して私は最初から頭を垂れていなかった。


 この広間に入ってからずっと座禅を組んで王の顔を見据えていた。

 どうせ罪状は決まっている。最後くらいは好きにさせてもらおう。

 この座禅は潔く沙汰を待つ武士を習ってのものだ。

 私はすでに死を受け入れた――わけないよね⁉ 

 こうやって誠実さをアピールして生存率を上げる苦肉の策です。

 うお――! 私は絶対に生きて帰る!


「久しいなエドモンドよ。壮健であったか?」

「はっ、我ら家族は皆健康であります! これもひとえに王の庇護あってのものかと」


 この期に及んで罪が増えても変わらないだろうと私は王の顔をガン見する。

 齢は三十ほど。父に比べれば老けているが、王としては若い。王子様とおそろいのシルバーの髪にかつては浮名を流したであろう美形は理知的な印象を与える。

 そしてなにより驚いたのがそのサイズ、なんと――普通の人間と同じ尺度だった。

 考えてみれば王の子供も私よりちょっぴり背が高いくらいだったし、ビビって損したなぁ。

 でも私を処刑できるくらいの権力はあるはずだから、まったく安心できない。



(いざとなったら私が全員ぶっ飛ばしてあげるかしら~)

 

 重苦しい空気を感じていないらしくゆったりと宙を舞うコレットが、他人事のように言った。

 その姿はこの部屋の誰にも見えていないようだ。王のそばに控えたフルプレートの騎士たちも、誰一人として反応する様子がない。



 王城では、廊下に赤い絨毯じゅうたんがどこまでもひかれ、至る所に飾られた見事な調度品が国の財力を誇示していた。

 そして、その国の顔たる謁見の間は一際豪華だった。

 きらびやかなシャンデリアに、壁面に描かれた天井まで届く壁画。私と父が乗っている絨毯も、きれいな円形をしていて一軒家が丸ごと包み込めるほどの面積がある。



 私たちと玉座には階段が設けられており、今も王は私たちを見下ろして言葉を投げかけている。


「ふむ、やはり魔物が増えているか……。これは『妖精姫』の逸話も作り話だと軽視することはできぬな」

「陛下! よりにもよって我が子の前でそのことを口にされますか!」


 臣下の礼をとっていた父が突然いきり立った。

 壁際で置物となっていた騎士たちが、ものすごい勢いで王の前に並んで壁となる。


「――よい下れ」

「ですが私たちには王を守る責務があります!」

「下れと言っている! もしあいつが本気であれば、おまえたちでは壁にすらならぬ。たとえ丸腰であってもだ……。英雄に相対するということは、軍隊を相手にするに等しいと知れ」


 食い下がる騎士たちに、王が一喝した。

 父が英雄? 王の言葉を信じるなら数十人の兵隊を素手で倒せるほどに強いということになる。


「失礼、感情的になってしまいました」


 父は王に向かって深々と頭を下げた。

 それを見た兵たちは、ようやく元の配置に戻っていく。


「どうか彼らを責めないでやってくれませんか。派閥は違えど私も騎士、主のためにときにはめいに従えぬこともあります」


 父は厚かましくも騎士を擁護した。

 そういった事は自分が許しを得てから告げるべきなのに。

 腹芸をしようとすらしない愚直な人だ。


 そもそも相手の分まで謝るなんて、対等だと思っていたらできない所業だ。かってに謝られた騎士たちは、今にも射殺さんばかりの血走った目で父を睨んでいる。

 王のみならず父にまで低く扱われたんだ。鎧の下にはマグマのような怒りが煮えたぎっていることだろう。

 いいぞーもっと怒れ! 燃え上れ! そして私の罪がうやむやになれ!


「はは、相変わらずの無神経ぶりだ」

「お恥ずかしい限りで……。私もつい感情的になってしまう癖を直そうとはしているのですが」

「そちらではないわ――まあいい、おまえも人の親になったのだな」


 王はどこか懐かしそうに笑みをつくった。

 父と昔からの知り合いなのだろうか……。



「どうだ、これを機に昇爵して腰を落ち着ける気はないか? それほどの実力を持ちながら、いつまでも法衣貴族というわけにもいくまい」


 まさかのこのタイミングで出世のお誘い⁉

 しかし、父は困ったような笑みを浮かべた。


「何度お誘いをされようとも答えは変わりません。フォース家は代々王国の団長を輩出し、王を支えるためにあります。『子は爵位を引き継がず、自らの手で団長の座に上り詰める』この家訓の元、現在まで例外なく実力で団長となり国を守ってまいりました。これが途絶えたとき、我らに半端な地位が残れば心を腐らせるのみ。――ご安心ください、我が息子フレディは必ずや殿下の期待にお応えする立派な将になります」


 うちの子供は女二人に男一人。

 となると次に団長になれるのはフレディだけだ。

 兄が戦う道から逃げたら、建国以来続いてきた伝統が台無しになるとかプレッシャーがヤバすぎる。

 当人の気持ちはないがしろかよ。

 それもこれも周りが血統主義コネ万歳してるなか、うちだけ実力主義をやってるからだ。

 しかし父は、暗に貴族は腐っているという批判までしているから方針を変えるつもりはないのだろう。

 父に少しでも気遣いの心があれば――いや、ないか。

 

「それを青き血の騎士団ブラウブラオの前で言うあたり、学習しないやつだ……」


 ほんとにね。父は意識していないだろうが絶対恨まれているね。

 青き血の騎士団ブラウブラオ? と呼ばれた騎士たちは皆青筋が出ている。それはもうはっきりと浮かび上がっていたので、兜を被っていても分かった。

 いつか父は夜道に刺されかねないよ……。



「さて、そろそろ告げねばならんな……」

「……っ!」


 王は深く息を吸うと、座禅を組んだままの私をギロリと睨む。

 私がご子息にしでかした悪事を忘れてなかったのか。

 場の空気が一段と重くなる。

 今ここで刑罰の内容を言い渡すつもりだ。


(コレットもしものときはお願い)

(うけたまわったわ~)



「クララ・ベル・ナイト・フォースよ! 汝には――」


 とうとう審判が下る。

 全身から嫌な汗がにじみ出て気持ちが悪い。

 もし死刑だったら、物理的に異議を申し立ててやる!



「謝罪をせねばならんな。余の息子がすまなかった」


 王はガバッと頭を下げた。

 なんで⁉ 息子さんの息子を打撃した私にきついお仕置きを突き付けるんじゃないの⁉


 ――ポンッ。


 驚いた勢いで、鼻血止めに差し込まれていた二つの鼻栓が射出された。


「ぐっ、ぶはっ、ぶははっははは――‼」


 一瞬堪えようとしたがすぐに吹き出した王は、玉座の上で腹を抱えて大笑いし始めた。

 私は恥じらいで顔が真っ赤になる。


 どうやら刑罰は逃れたようだが、それなら最初に言ってくれたらよかったのに!


「いやー鼻栓をしているのにいっちょ前に覚悟した顔が面白くてつい引っ張ってしまったわ! まさかあんな隠し玉まで持っているとは――エドモンドよ! おまえの娘は面白いな!」

「そうでしょう、この愛らしさが陛下にも伝わったようで何よりです」


 父は満足そうに頷いた。

 自分の娘が馬鹿にされているというのにまるで気づいていない。


 お咎めがなかった理由は分からないけど、一つだけ分かったことがある。

 ――私この家系きらい!


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