大林、思い悩む

 有紗の離任日へのカウントダウンが徐々に進んでいたころ、大林はようやく有紗に指導する前の生活に戻り始めていた。


 場所法を使用する際に校内や有紗と出掛けたショッピングモールは避け、有紗を思い出したしまいそうなイメージを変更することで集中力を強引に回復させた。

 使い慣れたイメージを変更するのは簡単でなく、変更後のイメージが定着するまでに二週間ほどを要した。

 そんな大林はこの日も学校から帰るなり、自室でのトレーニングに励んでいる。


「ふう」


 目を閉じて、大きく息を吐き、頭から雑念を払い消す。

 三秒ほど黙してから、パッと目を開けた。

 机に置いた数々のトランプのデッキうち一つを左手に掴み、常人では見るだけで精いっぱいのスピードで途絶えることなくカードを左手に送っていく。

 大林の頭の中では目まぐるしくトランプ一枚ずつのイメージが生れ、動く。

 五十二枚のイメージ変換を終えると机にデッキを置き、すぐさま違うデッキに手を伸ばす。

 

 他の事を考えている余裕を与えるな。


 大林はわずかに間に自分にそう言い聞かせ、手にしたデッキでっまたイメージ変換を始めた。

 それもすぐに終え、息つく暇もなく次のデッキを手に取る。

 次から次へとデッキを切り替えて、大林はイメージ変換のトレーニングを続けた。

 だが、シャッフル済みのデッキが尽きると、次のデッキに伸ばしかけた大林の手が中空で止まった。


「もう終わりか」


 大林のレベルになると丹念にイメージ変換をしていても、十個のデッキが十分もせずに後がなくなる。


「めんどくさ」


 一からデッキをシャッフルし直さければならず、大林はため息をつきたい思いでデッキを寝かせるように持った。

 馴染んだ手つきでシャッフルを始める。

 が、途中でカードが山札に引っかかり、何枚かが弾けて飛び散った。


 めんどくさ、と再度口ずさみ、大林は椅子から立ち上がる。

 椅子の周りの床に落ちてしまった何枚かを掴み、元のデッキの上に重ねた。

 机の上で端を揃え、拾い忘れていないか枚数を確認する。

 

 五十一枚、一枚ない。

 

 めんどくさ、と三度口にして大林は椅子の周りに見回した。

 

 あれないな、♡10=ハット(帽子)がどこだ?

 

 周囲に目を走らせていると、机下の椅子を納める穴のような場所に♡の10が落ちていた。

 床に胸をつけるようにして屈み、♡の10に手を伸ばした。

 あ、と大林の口が呆けたように開かれる。

 彼自身わざと忘れていたが、机下に有紗からプレゼントされたマグカップの箱を仕舞っていたのだった。

 トランプを拾おうとしたときにマグカップの箱が目につき、大林は途端に有紗の事に思いが飛んでいった。


 先生は試験に合格したんだけっか。嬉しくて泣いたんじゃないかな。


 喜ぶ有紗を想像して頬が緩みかけたが、ふと合格した後の事態に思い至った。


 合格したってことは、先生は学校からいなくなるのか?


 ただでさえ近頃は妙に恥ずかしくて言葉を交わせておらず、有紗の離任が確定していれば顔を合わせる機会が滅多になくなる。

 床に這いつくばった姿勢のまま、大林は今の自分がどうしようもなく情けなく見えた。

 

 先生は変わって自信をつけた。それに引き換え、俺は記憶以外に何が成長したっていうんだ。

 今もこうしてイメージ変換ばかりして、記憶以外に何も誇るところがないじゃないか。

 だからなんだ、急に先生と喋ると自分が小さく感じるのは。


 大林は自分の小ささに段々と腹が立ち、大林は乱雑にトランプを拾って山札に積み重ねた。

 とてもトレーニングを続けられる精神状態ではない。

 机の上のデッキを全て引き出しに片付けると、苛々とした足取りでベッドに近づき、身を投げ出すようにして倒れ込んだ。

 

 どうすれば自信が持てるようになるんだよ。


 苦しく悩みながら、大林は意味もなくふて寝した。

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