有紗、気づく
大林と有紗がメールを交わしてから月日が経ち、街行く人々に初冬の装いが見られるようになった頃、一次試験に合格した有紗はすっかり自信をつけて続く二次試験も合格して目標だった採用試験合格を果たした。
だが、結果は嬉しいことばかりではなかった。
「へえ、土本先生はそこの学校に採用が決まりましたか」
昼休み中にクラス担任が何気なく採用試験の事を尋ねると、話題は有紗の採用先に向かっていった。
「はい。採用先がここになるなんて予想もしてませんでした」
二人の会話に登場している学校というのは、有紗が今いる学校とは県の反対側に位置する学校の事だ。
赴任先の事を考えながら、有紗は困った顔になる。
「採用されたのは嬉しいんですけど、引っ越しをしないといけないんです」
「引っ越しの準備なら自分含めここの教師の中で手の空いてる人がいたら手伝ってくれますよ」
「それはありがたいんですけど、私としてはここを離れるのも寂しいんです」
非常勤だったとはいえこの学校で教師をしてきたから、思い入れが強くていざとなると別れるのが辛い。
「それは仕方ないことですよ。公立の教師をやる以上、勤務先が変わるのが避けられませんからね」
「理屈ではわかってるんですけど。やっぱり寂しいです」
寂しいと口にして余計に離任することの実感が湧いてきて、有紗は胸の痛みを抑えようとするように俯いた。
「今からそんなこと言ってるようだと、この先心配ですね」
クラス担任は真面目な口調でありながら気軽さを作るようにキーボードに手を置いて言った。
彼の言葉に有紗は一層落ち込む。
「すみません。心配をかけてしまって」
「自分に謝られても困りますよ。採用が決まった以上、自分がどうこうする訳にもいきませんからね」
「そうですよね、すみません」
気にかけて貰っている申し訳なさで、有紗はしきりに謝る。
クラス担任はちらりと腕時計を見た。
「もうそろそろ昼休みも終わりますね。土本先生、次の授業入ってますよね」
はっとして有紗は自分の腕時計に目を遣る。
「ああ、はい。入ってます」
「今からここを離れる淋しさに心痛めるのもいいですけど、その前に授業はきちんとやらないといけませんよ。先生の授業を待ってる生徒がいるんですから」
「そ、そうですね。ご忠告ありがとうございます」
有紗は椅子から立ち上がって礼を言い、授業に必要な物を揃えて職員室を出ていった。
そして授業を始める際に思い至る。ここの生徒たちともお別れになるんだな、と。
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ここまで読んでいただいて、誠にありがとうございます。
記憶術やメモリスポーツに関することでご質問があれば、どうぞ気兼ねなくコメント欄にお送りください。作者がわかる範囲でお答えします。
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