自分には何が残るのか?

 教員採用一次試験の終えた有紗は、帰りの途に就くなり携帯で大林へメールを送った。


『去年よりも手ごたえを感じたよ』


 短文で喜びを伝える。

 有紗からの連絡を待っていたのか、大林からの返信はすぐに届いた。


『それはよかったですね』

『うん。大林君が記憶力を上げてくれたおかげで、覚えたことがスラスラと思い出せたよ。ありがとう』

『思い出せるのは先生が努力したからですよ。俺がどうこうしたわけじゃありません』

『でも大林君に記憶術を教えてもらうまでは思い出すのに苦労してたから。やっぱり大林君に教えてもらったからだよ』


 そうメールを打って、有紗は文面を噛みしめるような気持で見つめた。

 大林君に会えて、本当によかった。


『結果が出るのはいつですか?』


 しばらくして大林から送られてきた。


『十一月ぐらいだった気がする。二次試験もあるからまだまだ先だよ』

『二次試験は合格できそうですか?』


 大林の問いを見て、有紗は自分の心へ訊いてみた。

 私はいける。私は大林君に認めてもらえたぐらいだから。


『どうですか?』

『合格できそう。なんだか自信がある』

『それなら安心ですね。自信があれば結果はおのずと付いてきますよ』

『今まで二次試験にすら進めなかったから、もうなるようにしかならないと思う』

『二次試験も応援してますから、先生頑張ってください』

『うん、いい結果を報告できるように頑張る』


 有紗が返信すると、途端に次の言葉に困ってしまった。

 困ったのは有紗だけでなく、大林の方からもメールは来ない。


 どうしよう。何を話せばいいのかな。また大林君とゆっくり話したいね、なんて恥ずかしくて送れないし。


 なかなか話題が思いつかず、二人のメール間でしばし沈黙が続いた。

 気軽を装って本音を書いてしまおうか、と有紗がメールを打ち始めようとしたとき、大林の方から送信された。


『俺もこれからやることがあるので、メール切りますね』


 あぁ。


 有紗はメールを打つ指を止めた。


 まだ大林君と話していたいよ。


 けれども大林には大林の都合があることも理解し、打ちかけた文面を全部消してから返信のために書き直す。


『うん。じゃあね』


 返信してすぐに既読され、その後の大林からのメールは来なかった。


 大林君は私にばっかり気を遣ってられないよね。


 不音になった携帯をバッグに仕舞った。

 大林とのやり取りの物足りなさを押し殺しながら、駅の昇降階段に足をかけた。



 その頃大林は自室で一人ため息をついて落ち込んでいた。

 彼の手にある携帯の画面は有紗とのメール画面を開いたままだ。


「はあ」


 どうして会話を終わらせるようなメール送っちゃったんだろう。


 大林の本心では有紗とのメールまだ続けたかった。

 しかし恥ずかしさで正直な事が告げられず、まるで忙しい体の文面にしてしまった。


「ほんと俺ってヘタレだな」


 女性遍歴のほとんどない大林にとって、他の女性よりも大分気の置ける有紗が相手でも恥ずかしさを感じてしまう。


 どうして前は気軽に話せていたんだろうな。


 大林の記憶は空き教室で有紗と過ごした日々まで遡る。

 先生に記憶力の上げ方を教えると約束して、それから先生に記憶術の講義をするようになって、イメージ変換表を埋めたり、記憶術で使う場所の検分のために先生の家にお邪魔したり、一緒に場所を巡ったり――。

 有紗との記憶を思い返していると、大林は鈍器で殴られたようなショックを覚えた。


「あー、くそ」


 メール画面を閉じて、机にたたきつけるようにして置いた。

 先生と過ごした時間の全てで俺は記憶力講師でしかなかった。

 ならば俺から記憶力一位の肩書をとってしまえば、何が残るのか。


 ――ない。


 今まで考えもしなかった自分の無価値を思い知ってしまった。


「はあああ」


 所詮は記憶力以外に誇れるものがないのだ。

 男性として先生に会えない。


 こんな魅力のない男性を、先生は受け入れてくれるのか?


 有紗とは反対に自信を無くした大林は、溶けるみたいに机に突っ伏した。

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