第11話「幕間④/セミファイナル」
幕間・四
高野目が所有する先鋭列車に乗って、風見鶏と近代寺は遥海市への直通船が停泊する港へ向かった。遥海市は基本的に空路から直接向かうことはできない。空を覆う不明物質の分布が複雑であるためだ。
反面、直通ルートとなる海上の航路は不自然なレベルで不明物質の浸食を受けていない。調査の結果、高純度のアンノウン・マグネットが採取されたことからそれによる中和であると考えられているが、そこまで高品質のアンノウン・マグネットがなぜ採取できるのかについては未だ不明点も多い。
魔ッチを使用するとマップ表示を行うまでに一瞬で燃え尽きることから、海上都市直下の海底洞窟に存在する大穴から発生する不明物質の量が膨大なのではないかとも考えられているが定かではない。そのような不明瞭な部分が散見されるが――過去にも現在にも重大事故が発生したという事例が存在しないため、黙認されているというのが実際のところだった。
――などと、遥海市について復習していた道途は、高野目が電話越しに重大な要件を聞いている光景を眺めていた。高野目の表情は普段どおりだが、先刻既に高野目は能力を使い科捜研を透視していたのだ。その際に高野目が目を見開いたところを道途は見逃してはいなかった。どの道、驚嘆の味が高野目から発せられたため気づくことにはなるのだが。
……余談だが、高野目の透視能力は常に使い続けると流石に負担が大きくなる。そのため必要最低限の使用にとどめている。そういった事情があるので、情報の抜けが発生する可能性を考慮して連絡もとっているのだ。ある程度は情報を透視で先取りしているので話自体はかなりスムーズに進む。高野目の動きが迅速なのはこういった理由によるものである。
「高野目さん、どうでした? 電話の方は」
通話が終了するのを確認した道途は、高野目に声をかけた。高野目は微笑を浮かべながら答えた。
「ああ、あのネズミだけどね、ビンゴだよ。やっぱり特異性があった」
「あの……というのはつまり、生き返った方のネズミですね?」
「ああ、そのとおり。生体データを測ったところ、完全一致とのことだよ」
大穴に落ちたネズミ――Aが戻ってきた際、共に出現したもう一匹のネズミ――B。個体識別能力を持つ魔獣喰らいの協力により、そのネズミB個体が以前A個体と共に行動していた個体であることが判明した。どちらも実験に用いられていた個体であったため、より明確な情報源の入手も比較的容易であった。
「死者の蘇生――ですか。あの大穴に、そのような力があったとは」
道途とて大穴が途方も無いものであることは重々理解していたつもりである。だが、よもや死者を蘇らせることすら可能だったとは――と、想像を超える現象に直面し、驚愕したのだ。
「でもね道途くん。衝撃の情報はそれだけじゃないんだ」
「え、これ以上の驚きが本件にあるんですか?」
道途は中々思いつけずにいた。今の情報だけで十分ビッグニュースだったからだ。
「うーん、単純な驚きでは劣るとは思うけど、もう一個の情報には、ちょっと意外な人物が関わっていてね」
意外な人物。それだけではやはりハッキリとは思い浮かばないな……と道途は思った。ヒントがないに等しいため、正直なところ誰の名をあげても意外な人物として成り立ちそうだと彼は考えたのだ。そのことを察した高野目は「しょうがないなぁ」とつぶやき、ネズミに対して行った実験の結果を話し始めた。
「まずは本筋でないところから。……いろいろな実験を試したんだけど、特に特異性は見られなかった。ここはいいね、でも大事なことではある。なんでも試さないとね。……で、特異性が見つかった実験っていうのが『狩り』についてのものだったんだ」
「狩り……ですか」
「うん。狩りの実験は大きく分けて二パターン、一つはネズミにとって狩りが容易な対象。そして重要なのはもう一つ――魔獣の投入だ」
やけくそすぎないか? とも道途は思ったが、大きく分けて二パターンとのことだったので、他にも色々と試したのだろうと納得することにした。
「そ、それで、ネズミはどうなったんですか」
当然のごとくネズミの心配をする道途。だが高野目は頭を横に振った。
「そう言いたくなる気持ちは分かるけどね、固定観念に囚われ過ぎだよ道途くん。本件に関して、心配すべきはネズミの方とは限らないんだよ」
「は――それはその、そのとおりです……」
返す言葉もありませんと、道途は続けようとしたが――その前に高野目が再び口を開いた。
「有り得ないと思いそうな話だけど――ネズミは魔獣を討伐したよ。それも、武器を生成してね」
「……驚きと言えば驚きですね、ネズミが魔獣化せず魔獣喰らいになるというのは」
驚くべきところはそこではないんだよなぁ、と高野目は思ったので、そのまま一気に続きを言うことにした。
「もっと言うとね、武器の生成なんて……私が知る範囲でも使えるのは彼――風見鶏さんだけなんだよ」
「えっ?」
「本当にレア。私の目を持ってしても武器の生成なんてこの二例しか分からなかったよ。世界中見回したのにね」
「えーー……」
――武器の生成。本来であれば蘇生の情報よりインパクトは薄いはずであった。だが、それが希少な能力で、なおかつ他に使える人物というのが――そう、道途がその目で見た、風見鶏ただ一人だと聞かされたならば。思わず絶句してしまうのも致し方ないというものである。実際、道途は「どんな確率ですかそれ……」と思わずこぼした。
「もっとも、ネズミが生成したのは刀とかじゃなくてもっと原始的な……なんというか骨を伸ばした槍みたいな武器という感じのやつなんだけど。……でも重要なのはそこじゃないよね?」
高野目が既におおよその調べを済ませているのだと、道途は気づいた。高野目がこちらを試すかのような口調で話す時とは、基本的に答えが判明している時なのだ。……そして、道途はこの問いかけの答えが分かっていた。
「……風見鶏の来歴に、そのネズミとの共通項がある――というのですね?」
道途の返答に高野目は拍手で返した。
「大正解~。流石だね道途くん、そのとおりだよ。風見鶏さんの過去を調べているとね、たしかに彼は中学三年生の時までは
「一体何が――」
「お山の展望台、この村にあるよね。そこの下にある森に友だちと二人で迷い込んだみたいなんだ。……で、一時行方不明。その日のうちに救助されたんだけど場所は森の入口。どうやって戻ってきたのかも覚えていないどころか、それまでの十五年間を覚えていないという。友だちの方は意識を失って抱かえられていたからやっぱりよく分からないまま。村の人達も、その森は大人でも帰ってこれないと言うので結局調査断念……で、しばらくして風見鶏少年はハンターに弟子入りして村を出たって感じだね。風見鶏さんの両親も村を出ちゃったみたいで、なんだかんだと疎遠だそうな。……複雑なんだろうね、色々と」
「な、なるほど……」
状況整理はできたが、謎は謎のまま。当時、風見鶏の身に一体何があったのか。森の奥には何があったのか。道途は何も分からないと思い、諦めかける寸前で一つの事に気がついた。
「……高野目さん。たしか今から向かう森久保の会社って……その森の近くにありましたよね?」
「うん、そのとおり。もっと言えば大方調べはついているんだ。魔ッチでも図りきれない量の不明物質があの森付近に存在する。……つまり、」
「もしやこの村には——大穴が、もう一つあるっていうんですか?」
道途は、
――風見鶏が何らかの要因で大穴に落下したのではないか――或いは不明物質や魔獣を取り込んだのではないか――さらに言うならば、風見鶏の特異性を考えると、このタイミングで能力発現があったと考えるのが最も自然なのではないか――
と、そのように推測したのだ。大穴が複数あるという仮説の根拠としては、宇井座村の大穴についての図表では、大穴は先鋭列車の車両基地直下に記されているのみだったからという点をあげている。
「有り得るね。おそらく正確には……森久保氏が大穴を活性化させたのだろうけど。休火山のようになっている大穴がこの村にあればの話だけどね」
実際、政府の調査によって、休火山の如く活動を停止している大穴が全国各地に存在していることが明らかになっている。
ただしその総数は不明であり、何よりも調査するにあたってコストがかかりすぎることもあり進捗は芳しくないのが現状である。
だが道途は、高野目がわざわざそのような話題を振ったことに意味を感じた。というより、休火山を例えに出したあたりから高野目がニマニマ笑っていたので最早道途の味覚能力以前の次元であった。
「高野目さん……」
「なんだい?」
「……透視したんですね、その、休火山的な大穴を」
「そのとおり。しかもその大穴は活動中ときた。だからそれも踏まえて今から森久保さんに挨拶をと思ってね」
……今の会話を以って、道途は高野目が調査だけで話を済ませる気がないことに気がついた。
「高野目さん……もしかして今からやるんですか?」
「うん、突撃かましちゃおう。どうせあっちもその腹づもりだろうからさ」
道途はつねづね思う。――こういう時の高野目さんは特に頼もしいが、同時にものすごく予測不能なバーサーカーである――と。
――そして、道途の予想どおり潤滑に激闘は始まった。
「ほらやっぱり。相手方もやる気満々だねぇ」
そう言いながら両腕にアンノウン・マグネット弾を大量搭載したガトリングガンを装備する高野目――前もって社屋内の
――殺る気で高野目さんに勝てるやつはこの場にいないのでは? と。
かくして、決戦の幕は上がる。彼らの道は、ついに交わるのだ。
◇
殺到する魔獣の群れとの戦いが始まってから数時間が経過した。時間経過から鑑みて、風見鶏たちは遥海市へ到着している頃である。その間、高野目たちは延々と森久保コーポレーションのエントランスで持久戦を繰り広げていた。森久保は未だ姿を見せない。高野目の透視によれば、先刻まで森久保は社内にいたようである。そのため、
――眼前の戦闘は森久保コーポレーションが総力を上げて森久保社長を逃がそうとしていると考えるのが妥当だろう――
と、道途はそのように考えた。
高野目の両腕から放たれる大量の弾丸。風雨のごとく撒き散らされたそれらは、容赦なく魔獣の群れを蹂躙していく。――その中から、弾丸をかいくぐり迫りくる人型の異形が飛び出た。高野目は透視し、それが森久保コーポレーションの社員であると察知した。
人型の魔獣――それを高野目は魔人と仮称した。魔人は時空歪曲を試みる……だがその前にガトリングにより連射された弾丸が直撃し失敗に終わる。
「させるわけないだろう?」
立ち上がろうとする魔人、だがそれすら高野目の攻撃が無慈悲に撃ち貫いていく。
「悪いけど、敵対する以上こちらも手を抜けないからね」
高野目は透視能力をフル活用し、魔人や魔獣の弱点部位を的確に射抜いていく。ガトリングが弾切れを起こそうものなら弾薬補充の意思を強く抱き、即座に時空歪曲を自分自身にのみ行う。これにより、弾薬補充を行ったという流れを予め確定させた上で補充タイミングまでの時間をカットするのだ。自分にのみ時空歪曲を行ったことにより、擬似的な超高速挙動を高野目は行ったということになる。この間、当然だが魔獣たちは何一つとして動く暇は存在しない。……この絶技を多発させることにより、高野目は絶え間のない攻撃を永続的に仕掛けることができたのだ。
刹那を顕現させる絶技を披露し続け、なおも連射を止めることなく高野目はそのまま接近し始めている。その動きは攻撃の動作であると同時に――実のところ、道途を守るための動作でもあった。
「道途くん、味はどうかな?」
高野目は一瞬だけ背後の道途へと視線を送ったが、前方より迫る敵の猛攻を防ぐのに手一杯だったため、すぐさま前のことにだけ集中する方針に戻した。
高野目の背後からは小気味よい金属の音が聞こえ、そして芳しい――肉や野菜を始めとした至高の逸品たちの香りが漂う。咀嚼音は最早狂気を孕み、吐息には絶頂の予兆すら感じられる。
――かつてこれほどまでの美味を口にしたことがあっただろうか?
死闘を繰り広げる高野目を前に、卓上に並べられた究極的なフルコースを貪り喰らう道途はそのような感想を抱いていた。思考が定まらなくなるレベルの高次元的旨味が道途の舌を駆け抜ける。その轍の前に、道途の理性は崩壊しかけ――
「 だが、まだだ……ッ! 」
次なる衝撃的美味を求め、発狂を抑え込み理性をフォークに流し込みながら次々と運ばれる極限的絶品を絶え間なく口に運び続ける。
「 ハァ――ハァ――ッ……うま……美味過ぎる……ッッ 」
だが道途はその発言で静止することはなかった。
――まだなのだ。そう、まだなのだ。ここで此度の食事に結論を出すことはできなかった。食欲を超越し、満腹すら踏破する壮絶にして至上すら弾き飛ばすほど頂上を超常し尽くした食事をここで完結させることはできない。道途は異次元の覚悟で根源的な美食を喰らい尽くすべく努めた。ゆえにこそ、ここで感想を述べ尽くしていけなかったのだ。
永劫すら錯覚するほどの
――ああ、これこそが――これこそが世界の真実――世界のアルファにしてオメガ――全てを内包する、入り口にして出口の大穴――そして、それらを表す無貌の荒野――
限界などとうに過ぎ去っていた。全てを内包した食事を味わった道途は、世界のすべてを理解していた。――これだけの味覚体験があれば、窮地など尽く無に帰すだろう。
「――――――高野目、さん」
道途は虚ろな眼差しのまま高野目の名を呼び、
「大穴まで、拳を貫通させます。――下がってください」
右の拳を固く握り――捻った体の後方へと引き絞った。
「上々――どころか至上だよ道途くん。……これはまた、とんでもない料理人を呼んでしまったみたいだね」
高野目は、この場で食事を振る舞い続けた親しき間柄の料理人を賛美した。
――その名は海老名。全てを理解し、全てを結論づけ、そして他人のためだけに在ることを是とした解析者。
かつて大穴から溢れ出る力を一身に浴びた海老名は、その全てを識った。それにより彼女は全能となった。
……だが彼女はそれで満足することはなかった。それは己だけの優越でしかないと、それが振る舞われるのが己だけというのは看過できないと。全てを視た海老名はその時、エゴの塊となった。だがそのエゴとは、利己的とは対局の、あまりにも利他的なエゴであった。
……この究極の力を、至上の在り方を、
此度振る舞った料理はその力の一端、大穴の先にある〈力〉を、道途は食事を通して一時的に手にしたのだ。
そして、道途の能力発動条件は――
「彼すごいねー、その建物内での味覚を失う代わりに……その建物内で経験した味覚体験を全てエネルギーに変換してぶつけることができるなんてさー」
解析者である海老名ですら目を見開くほどの能力。だがだからこそ、道途の力はここぞという時のために普段は出力を抑えねばならなかったのだ。
「……道途くん、今回は大穴にぶつけてね。でないと森久保コーポレーションどころか星が大変なことになりかねないから」
高野目がそのように忠告するほどの力を、道途は今拳に注ぎ込んでいる。一瞬でも気を抜けば待っているのは壮大なる崩壊。ハイリスクの領域など、最初から超えていた。だが――
――だが。崩壊の可能性などそもそも存在しなかった。
道途は、道を踏み外さぬ――真っ直ぐな男だからだ。
――瞬間。世界が道途の拳に飲み込まれたかのような錯覚が全人類の脳内をよぎる。だがよぎるのみ。余波がその現象を発生させたに過ぎない。実際に直撃したのが大穴だったためにこの程度で済んだのだ。……無論、その直線コースに存在していた魔獣や魔人は存在ごとかき消えたのだが。
――眼前には、地下洞窟に通ずる大空洞。森久保コーポレーションの一階から下は今、大穴の一部となった。
「――はっ! ……俺は一体、何を……」
道途は朦朧とする意識を引き戻し、そして目の前の光景を観測し、そして理解した。
「俺が。これを……?」
「流石だよ道途くん。今の一度きりだけの限定技とはいえ、よくやりきったね」
高野目は称賛する、道途の成した偉業を。そしてそれ以上に賛美する、その凄まじき力を制御した道途を。
「は……恐縮です。……それでその、今からこの先に向かうんですね?」
道途の控えめな問いかけに高野目は「もちろん」と前のめりに答えた。
「あーその、二人とも。行っても最早あんまり意味ないかもだよ」
海老名が口を挟んだ。彼女は解析者ゆえに大穴の状況を察知したのだ。
「たった今、森久保さんの反応が移動しました。大穴内部のパスを用いて――遥海市まで」
最早森久保は人にあらず。大穴の先に在る力を徐々に馴染ませた結果として、彼は究極の存在へと進化していたのだ。
幕間・四、了。
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