第6話「レールガン先鋭列車」

「で、なんで俺まで同行しないといけないんですかね?」


 翌日。朝っぱらから近代寺に呼び出された俺は、どうしてかともに〈先鋭列車〉へ搭乗することになったのだった。うーん、協力の度合いが思ったより高いぜ。駅を見ながらそうひとりごちた。


「えー、いいじゃないですか風見鶏さん。もうぶっちゃけ働かなくても生きてけるんですから」


 口を尖らせながら近代寺がそのようなことを宣った。だがこの女の行動に一々反応していたらキリがない。何故なら、口ではこう言っているがコイツは俺の金銭事情がどうだろうとここに連れ出していたに違いないからだ。昨日出会ったばかりだが、それだけは確信を持って言えた。


「お前な。依頼人を積極的に同行させるほど寂しいのなら助手を雇いなさいよホント」

「そんなお母さんみたいなこと言わないでくださいよ!」

「何? お母さんにも言われたの?」

「ビクゥ〜ッ! いっ、言われてないですぅ〜!」


 大袈裟なリアクションを体でもとりながら近代寺は答えた。そっか、母親にも心配されていたのかこの女。


「まぁいいよ。実際暇ではあったからな。……で、いきなり先鋭列車に乗ってどこに行くんだ? 紅蓮さんの家ならタクシーの方が早かったと思うけど」


 先鋭列車は、一般市民にとって陸と陸とを繋ぐ唯一の移動手段だ。船が完全に使えなくなったわけではないものの、ノイズに塗れた不明物質でバグった海へわざわざ浸かりに行く無謀者はあまりいないというわけだ。

 結局のところ、海賊を含めた船乗りたちは、どうにかこうにかノイズのない海路を見つけ出し、そこで漁をしたりお宝探しをしたりしていたに過ぎない。最早海は閉じた空間で、空路すらノイズで封じられたこの世界。複数の射出施設レールガンによる中継で目的地まで跳ぶ先鋭列車でなければ、人は海を超えることができなくなっていた。


 そんな先鋭列車システムを発明したのが紅蓮氏だったのだが、紅蓮氏の家は俺たちの住む芸都内に存在する。ゆえに先鋭列車を使わずとも、タクシーやバス、それこそ通常の列車を使えば済む話であった。


 そんな俺の疑問など初めから分かっていたのか、近代寺はしたり顔で答え始めた。


「ふっふっふ、そんなこと承知の上ですよ、ふはは――アッハハハ」

「いいからはよ言え」

「風見鶏さん本当にドライですね。まぁいいです、クイックにお答えしましょう」

 もう全然クイックじゃない。この女、きっとわざとやっている。


「つまりですね風見鶏さん。あなたは今から紅蓮さんの家に行くと思っていたのでしょう。或いは森久保さんの家。そうですね?」

「まぁそうなんじゃないかなと思ってたよ俺は」

「ふっ、甘い。甘いですよ風見鶏さん。具体的に言うと抹茶アイスぐらい甘いです」

「ちょっと苦味あるんだな」

「あなたの態度が苦味ですね」

 上手いこと言ったつもりか?


「ともかく、ともかくですよ。私だってなんの目処もなしに調査を進めたりしませんよ。伊達に探偵やってませんからね。……要はアレですよ。紅蓮さんの取引先に向かうのです。しかもそこはなんと――」

「森久保さんの会社かなんかがあるんすね?」

「…………」


 黙り始める近代寺。どうも正解だったようだ。


「……合ってた感じ?」

「……なんで先に言うんですか?」

「いや、なんとなく、こうなのかなぁって思ったから」

「…………」

「…………」


 尚も黙る近代寺。アレか、そんなにも悔しかったのか。そういうことなのか近代寺。


「……まぁいいです。風見鶏さんが美味しいところかっさらっていくタイプなのは分かってましたから。だからもうそういう体で話を進めていきます」


 拗ねてる。近代寺めっちゃ拗ねてる。だが話は進み始めたのでそれで良しとしよう。なんかもうほぼ結論出たような気もするが。


「……で、そのなんだ。その、森久保さんの会社はどこにあるってんだ?」


 俺の問いかけから数秒おいて、ようやく近代寺が口を開いた。どうもクールダウンしていたようである。


「……はい。それがどうも宇井座ういざ村みたいなんですよ」

「宇井座村……」


 そこは周囲を山に囲まれた農村で、正直な話アクセスが悪いところだった。

 ――というのは数年前までの話である。どういうことかというと、突如として先鋭列車の中継施設が作られたのである。先鋭列車において、中継施設とはそのまま駅の役割をも果たす。つまりアクセスがいきなり改善されたのだ。主に主要都市や陸と陸とを繋ぐことが主目的であるにも関わらず——。


 何故その村が比較的優先されて駅を設置されるに至ったのかについてはよく知らなかった。あまり興味がなかったためである。

 が、それはあくまで俺興味がなかったというだけの話。つまり近代寺は興味津々だったようである。


「気になったので調べたことがあったんですよ。そしたらですね、十年ほど前から都市開発計画が始動していたみたいなんです。ちなみに計画の立案自体は更に前……大体十五年前からっぽいですね」

「で、その計画の中心人物が森久保さんだったってわけ?」

「ええ、そうなりますね。その時点で既に紅蓮さんも一枚噛んでいたようですので、この二人は当時からそれなりに親交があったんだと思われます」

「なるほどね……」


 近代寺のコメントから状況を鑑みるに、森久保氏と紅蓮氏はこの時点で宇井座村に先鋭列車を通す算段を立てていたと考えるのが妥当だろう。……いや、むしろだ。最初の先鋭列車が走り始めたのが二十年前だったようなので、そこから察するに――


「なぁ近代寺さんよ。……そもそも順序が逆なんじゃねェか?」


 そもそも先鋭列車は初めから宇井座村へのアクセスを改善するために作られていた可能性さえあるかもしれない。そう思ったのだ。つまり——


「宇井座村直通の高速移動手段を作った結果、世界規模の移動手段が生み出された――と言いたいんですね?」


 俺が考えていたことを近代寺が正確に言い当てて見せた。


「さすが探偵さん。いっそ名探偵を自称しちゃえば?」

「悪くないですねーわはは」


 豚もおだてりゃ木に登るというが、近代寺もおだてると木に登りそうだ。だが近代寺は別に豚ではない。そもそもこやつは普通に木登りが得意な気がする。なぜか自信を持ってそう思えた。そういうパワフルな雰囲気がなんとなく漂っている気がするからかもしれない。我ながらものすごくフワッとした所感である。まぁでも実際近代寺はすごいやつなんだと思う。


「ま、とにかくだ。宇井座村に行ってみたらなんか分かりそうなんだろ? 面白くなってきたぜ」


 などと柄にもなくアクティブな反応を見せてしまったのがミスだった。やる気満々だと近代寺に勘違いされてしまった。


「ふふ、そんなやる気に満ちた風見鶏さんにならこれを貸し出しても大丈夫そうですね……じゃじゃん!」


 などと言って近代寺が例のアレこと〈魔ッチ〉を渡してきた。


「あぁ、これ使うんだ……」

「これすごいんですよー。しっかりとした説明がまだでしたので今からしますねいきますよ! ハイこの商品、マッチと読みを同じくするわけですから当然明かりとして使うのが主目的となります。そのためノイズ化しつつも明かりは灯ったままなんです。しかも状態を制御されたノイズなので浸食リスクもなくさらに燃え移ったりもしません! そしてなんと魔ッチが燃えきらない限り消えないんですよ! そしてそして」

「それライトじゃダメなんか?」

「そしてそしてって言ってるじゃないですか! 更なる機能がものすごいんですって!」


 ウガーと怒り出す近代寺。だが俺はそろそろ切符が買いたかった。


「続きの説明は列車に乗ってからにしようぜ。全体的な滞空時間はまぁまぁあるだろ村までさ」


 距離的に、芸都から新幹線で行った場合大体六時間はかかるだろうが、先鋭列車なら一時間半程度で到着する。まぁそもそも、今は新幹線での移動は路線の一部ノイズ化によって不可能になったので比較するまでもないのだが。……ともかく、一時間半かかる以上、道中で魔ッチの機能説明を受ければいいじゃないのと俺は思ったのである。


「宇井座村は三十分で到着する最短コースがあるんですよそれが」

「きな臭すぎる。つーかそんなあからさまなコース、一般公開されてんの?」


 普通に考えて怪しすぎる。別に村直行コースがあること自体には文句を言うつもりはない。ただ主要都市ですらいくつもの中継施設を経由して運行されているというのに、これでは森久保氏が何かを運ぶために作った専用コースのようではないか。


「調べたらすぐ分かることなんですよ。まぁちょっと検索してみてくださいな」

「そんな都合の良い要素があんのかねェ」


 と言いながら携帯機器をインターネットに接続して検索をかけてみると、なるほどそういうことか――となる情報が出てきた。


「……車両基地なのか」


 宇井座村には国内最大規模の車両基地があったのだ。そのため、優先的に最短距離を跳ばせるようダイヤが組まれていたのだ。


 ◇


「というわけで乗りましたね〜」


 宇井座駅は、別段秘匿されているわけでもなく周辺の散策が可能なため、俺たちは普通に乗車することができた。そろそろ列車がされる頃だろう。最初の駅までは三分ほどで到着するとのことなので、魔ッチの説明はその後で聞くとしよう。とりあえず残りの説明は車内で良いと近代寺も了承してくれたのでオールオーケーである。


「ほころではがひぼいはん」

 一瞬の隙にパンをモッシャモッシャ食べ始めていた近代寺が何かを喋ってきた。おそらく『ところで風見鶏さん』と言ったのだろうが……。


「ちゃんと聞くから食べ終わってから喋れ」

「ふぁい」

 今のは『はい』だろう。……とかはどうでもいい。シートベルトの装着を促すアナウンスがあったので、しばらくトイレには行けなさそうだ。というのも射出直後と駅到着の際には安全のためにシートベルト装着が義務付けられている。そして、最初は三分間程度の跳躍なためタイミング的にシートベルトを外せない。それに加えて、その後は専用コースで無人駅への短時間跳躍を繰り返すとのことだ。先鋭列車における無人駅は、停車駅ではなく射出方向の調整施設や緊急着陸先といったポジションとして扱う方が適当だったりする。そのため何事もなければすぐさま再射出が行われるのだ。ということもあって、宇井座駅までの跳躍でシートベルトを外すタイミングがないというわけだ。シートベルトを外していいのは、跳躍時間が十分以上存在する場合のみだったか。


 などとおさらいをしている内に、近代寺はパンを食べ終わったようだ。


「そのチョコロール美味かった?」

「かなり濃厚で大変よろしゅうございましたよ」

「そっか。買っときゃよかったな」


 あんまり美味そうに食べているものだから、ついつい本題そっちのけで訊ねてしまった。なんというか、近代寺の食いっぷりは謎の安心感を漂わせているのだ。思わず昼寝を始めてしまいそうなほどである。


「それより風見鶏さん。魔ッチの説明より先に言っておくことがありまして」

「何?」


 えらく軽いノリで言ってきたので俺は俺でとてもダウナーな……例えるなら寝起きぐらいのテンションで応えたのだが、


「多分バトる羽目になりますから一応そのつもりでいてくださいね」


 などと、戦闘行為が発生する可能性があることを当たり前かのように伝えてきた。いきなりすぎるぜ。お茶飲んでなくてよかった。噴き出すところだった。後完全に目が覚めた。


「軽いテンションで言うことじゃねェよそれ……」

「常に普段どおりのテンションを維持することも戦いの中で必要になったりするんですよ、多分」

「多分なのかよ」


 この女、やはりいい加減である。だがまあ流石にもう慣れたので、あまり振り回されないよう気をつけるとしよう。

 ……ところで、一つ気がついたことがあった。


「意外と人乗ってんだな」

 空へ向けて射出することもあり、バランス維持のため先鋭列車は一両編成である。その代わり、一両に座席が二百ある。今回の場合は山奥にある田舎の駅に行くのが主目的であるため、いくら会社や車両基地があるとは言えそこまで乗客はいないとばかり思っていた。なのだが、ほぼほぼ満席であった。


「宇井座村をナメない方がいいですよ風見鶏さん。あそこはですね、今ではちょっとした隠れ家的リゾートスポットなんですから」


 なぜかドヤ顔で言ってくる近代寺。その表情はどこか――というかあからさまに誇らしげである。


「あー、地元なのか?」

 すると近代寺は一瞬だけ目を丸くした。


「……おぉ、正解です。おぉ……」

 なんでそんなに語彙力が低下するのか分からないが、とにかく意外だったようだ。なにゆえ?


「俺の推理力、実は高かったりすんの?」

「……あ、あーまぁそうですね。というか、宇井座村の名前を聞いたり駅をネット検索した時に気づかなかったのが謎ですね、どっちかっていうと」

「あー、検索したらリゾート情報も目にしそうだもんな」

「そういうことです。目に入らなかったんですか? 結構有名観光地なんですけど」

「……ああ。不思議とな。検索ワードが『宇井座駅』だったからまっ先に車両基地のことがヒットしたからだろうが」


 これが理由だろう。まあ有名なわりに、俺は今まで駅のこともリゾートのことも全然知らなかったので、よほど俺の琴線に響かなかった情報だっただけなのかもしれない。


「探偵やるならもうちょっと調査を手広くやるといいかもですね」

「まぁ探偵はやんねェだろうからいいよ。たまにくるそれっぽい仕事も迷子のネコちゃん探しぐらいだしよ」


 あの時探し出したダマちゃんという名前のネコちゃん、元気にしているだろうか。珍しいオスの三毛猫だったのでよく覚えている。

 などとついつい回想しそうになっていた俺だったが、ついに先鋭列車が射出される時が来たようだ。アナウンスが発射案内を行っているのだ。発射であり発車。ややこしいものである。


 ――がこんがこん。射出角度を調整する音が聴こえる。列車が設置されているところは線路とほぼ同じようなレール構造になっているため、射出装置をレールガンと呼ぶやつもいる。というか俺も呼んでいる。それで今ふと思ったが、先鋭列車を利用した旅行は全て弾丸旅行と呼称できるのかもしれない。


 徐々に空へ向いていく車両。金属の稼働音とともに角度が変化していく現状は、いつだったかに行った森の、なんでかそこにあったジェットコースターを想起させた。……あれは、本当にいつのことだったか。なんか隣に座ってたやつが泣いていたような覚えがある。その程度の、うっすらとした思い出だ。まあそもそも森にジェットコースターがあるとも思えないので、何かしらの記憶がゴチャゴチャ混線してしまっているだけだとは思う。


「なあ近代寺さんよ。これジェットコースター苦手な人にはオススメできないよな」

「そうかもしれませんねー。でもそもそも、ジェットコースターとか最近ほぼ見かけませんから。例えに出しづらいですね」

「あれ? そんな見ないっけ」


 テレビをつけたらコマーシャルとかやっていたと思うが……どうだっただろうか。急にそのようなことを言われたので、途端に断言できなくなってしまった。


「……あぁなるほど。となると、私があんまり見ていないだけかもですね。今は平気ですけど、昔はジェットコースターとかフリーフォールとかそういう落下系のアトラクション苦手だったので。だから未だに情報をシャットアウトしちゃってるのかもですね」

「探偵的にそれはいいのか?」

「必要となればちゃんと見ますよ。直視ですよ直視。でもまぁその、見なくていい時は見ない、干渉すると良くないのなら見ない。それだけですよ」


 そう答えた風見鶏の横顔は、どことなく寂しげであった。誰にでもセンチメンタルな気分になる事柄は存在するだろう。この話はあまり振らないように心がけるとしよう。


 そんな俺の決心に呼応したわけではないが、それはそれとして先鋭列車は跳躍を開始した。射出角度・速度ともに精密な計算が行われているらしく、駅に到着する際はジェット噴射を併用しつつ穏やかに着陸するようだ。俺はいまいちそのあたりの仕組みをよく知らないのだが、近代寺が例え話とフワフワした話を駆使して教えてくれた。重力制御の力場も発生しているとか。そこまでくると最早なんのことやらさっぱりである。超技術とかが使われているのかもしれない。


 ◇


 ……とにもかくにも。俺たちは無事、宇井座駅に到着した。道中で近代寺から魔ッチの追加説明を受けたので、あとは実践あるのみなのだが――


「ところで風見鶏さん。せっかくなんでちょっと観光してきませんか? ごはん屋さんとか、あとお山の展望台とか」


 近代寺が駅に着くなりこのようなテンションなのだった。どうした? お前がここに調査に行くと決めたのではないのか?


「何? ほんとは遊びに来たかったのか? つーか里帰りしたかったんか?」

「それもありますけどメインは調査だってことはもちろん分かってますよ〜。ごはん屋さん巡るだけですから。ラーメンとカツ丼と寿司とパンケーキとクレープと、あと……」

「どんだけ食う気だよ!」


 思わずツッコミを入れてしまった。横っ腹痛くなっても知らねえぞ。


「風見鶏さんってばせっかちですね。腹ごしらえは大事ですよ!」

「いやこれから動きまくるにしても腹ごしらえすぎだろ。もはや腹をこしらえすぎて腹ギガストラクチャだよ」

「もー、そこまで食べませんってー。ユーモアの通じない人ですねー」

「お前の発言はどこまでマジなのか分かりづれェんだよ……」

「まぁでも、美味しいごはん屋さん多いのはほんとですから。食べた範囲ではハズレはなかったかと」


 近代寺はそう言いながら周囲を見回し始めた。店を選び始めているようだ。


「ところで風見鶏さんは好きな食べ物とかありますか?」

「ちらし寿司」

「素早い、あまりにも素早いレスポンスです。どんだけちらし寿司好きなんですか」

「お前さんが思っている五億倍は好きだぞ」

「最強すぎますね……」


 あの近代寺が押され気味になっている。やっと俺のペースを展開できた気がする。それぐらい近代寺のマイペースレベルは高いのだ。


「あ、そういえば美味しい中華屋さん知ってるんですけど、そこの店主さんが『たまにちらし寿司を出すことがある』って言ってましたね。なんか常連さんにちらし寿司好きがいるらしいです」

「ん? それって……」


 心あたりがありまくる。その常連ってのはほぼ間違いなく俺だろうし、その店は海老名がやっている〈えびえび飯店〉で確定とさえ言えるのではなかろうか。というか近代寺もあの店に行くことがあったとは。知らないうちに会っていたのかも知れな――


「あ、ここですその中華屋さん」

「は?」


 前を歩いていた近代寺が立ち止まり、右手の店を指さした。……そうか。俺以外にも中華料理店でちらし寿司を頼むやつがいたとは――


「あ??」


 思わず声が裏返った。だがこればかりは仕方がなかった。何故ならそこに在ったのは、個人経営店でありチェーン展開は行っていないはずの――


「なんで海老名の店がここにあんだよ!?」


 なじみの〈えびえび飯店〉だったのだから。


「風見鶏さん、海老名さんのお知り合いなんですねー」

「あ?! マジでここ海老名の店なの!!?」

「そうですけど。というかここ以外にあるんですか? 個人経営店って聞いてますけど」

「??????」

「風見鶏さん!? 急に慌てながら考え始めちゃってどうしたんですか!!?」


 わけわからんことはわけわからん。そういうものだ。とりあえずお店に入って訊いてみようかしら。俺は冷静に混乱していた。だって仕方がないじゃない。人間、誰しもがきっと何かしらそういうトリガーを持っているのだから。そういう時に、可能な限り冷静さを保ちたいと俺は久々に深く深くそう思ったのだった。

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